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六 破滅の虚像

「何を根拠にそんなことを……」

 カウムはズタズタの腕から流れた血を、舐めてみせる。勝ち誇ったように。

 リチュームは対照的に血の気が引いている。

「いつ上村様に手を出した!」

「うーん、いつだったでしょうか。一週間ほど前に、あなたが寝ていたときです」

「あの、血を舐めるのって、そんな大事なのか?」

 状況の呑み込めない上村。

「説明がなく、すみません。血を舐めると、その人の魔力が分かるのです。今日飲んでいた血のワインは、とても痺れる魔力を感じましたね」

 カウムは、上村をぎろっと見た。

「上村さんの血は、飲みやすかったです」

「それは、ありがとうございます?」

{ソーメ・ポルンノア}(回復の魔法)

 カウムが詠唱すると、腕が瞬く間に治った。上村は話を進めようとする。

「どうして、カウムが森で」

「忘れたか!」

 今度の重苦しい声はより響き、上村は床に倒れた。

 カウムに肩を揺すられる。

「大丈夫ですか~」

「ああ、うん。ごめん」

 こうして近くで見ると、まだ高校生くらいの幼さに見える。人間よりも寿命が長いのだろうか。

「契約、忘れていましたね。はい」

 カウムに小指を出される。

「契約、破棄しましょう」

「でも……」

「私に、殺されるのが嫌ですか。分かりました。殺さない条件は、残しますから」

 上村は指を差し出す。青白く光る。

「便利だな、その『契約』は。悪魔はみんな使えるのか」

「はい。少なくとも、私たちは契約を破れません。破るのはいつも人間です」

「それで」

 リチュームは笑っていなかった。杖をまた、カウムに向けている。

「破滅の魔法を使えないことが分かって、何が嬉しいのですか」

「いえいえ」

 カウムはゆっくり立ち上がる。余裕のどこまでもある顔でたたずんでいた。

「私は争いを好みません。むしろ逆です。破滅の魔法を、人類も悪魔も、共に廃棄することとしましょう」

 リチュームはその提案に驚いていた。

「なぜ、救世主が居ないと分かった時に、破滅の魔法を使わずに、捨てようとするの?」

「私たちは、別に人間を恨んでいませんし、殺そうとも思っていません。破滅の魔法を使ったら、餌が減ってしまうではありませんか」

「あなたたちは私たちを食料だとしか考えていないのね」

「はい」

 即答。

 上村は何とか話を続けようとする。

「悪魔は、人間を食べるんだろう? 破滅の魔法を捨てたら、どうするんだ」

「正確には、人間以外の動物も食べるのですが……人間に、毎年私たちが生きていくのに必要な分だけ出してもらいます」

「人の命を軽々しく!」

 再びリチュームがカウムに近づくも、上村が両腕を後ろから抑える。

「落ち着け! ここで殺したら、もっと多くの人が死ぬ!」

 リチュームは生気を失ったように座り込む。

「そうだ、他の動物を食べるのはどうだ? 人間以外にも、育てれば肉が手に入るんじゃないか」

「あの動物を食べるのですか?」

 猫をカウムは指さした。

「この子は、見る用だ」

「あと、その子の餌は肉よ」

 リチュームが答える。

「じゃあ、繁殖向きではないですね」

「そうだ。食事会の時に出してくれた肉は何だ?」

「ああ。この世界でも有数のおいしさの、ドラゴンのものです」

「ドラゴンは食べられないのか?」

 カウムに呆れられる。

「人間の方が、数も多く、狩りやすいです。ドラゴンを主食にしたら、それこそ餓死してしまいます」

「とにかく、私は反対よ。人間を餌だと思わないでほしいわ」

「しかし、今の平和は私たちの我慢で成り立っているものですよ」

 カウムの方も、杖をリチュームに向けだした。

「破滅の魔法を握っていることを、お忘れなく」

「あのさ」

 今気づいたことを口にしようとした上村。タイミングを間違えたと後悔するものの、二人の険悪な視線はこちらを向いている。

「魔法が使えないなら、俺、要らないんじゃ……」

『要ります!!』

 二人して上村に詰め寄る。杖を向けられ、生きた心地のしないまま両手を挙げた。

「あなたが居ないと、人類が攻めてきて、面倒なことになります」

「ここはカウムさんの言う通りよ。あなたは人類の希望の星なの」

 上村は涙ぐむ。

「俺だって、もう一か月以上閉じ込められて、夏休み終わっちゃうよお~」

「その、夏休みよりも、人類の平和の方が大事よ」

「転送魔法を使えるのは、多分私とリチュームさんだけです! 安心してください」

「安心できないよお」

 上村は、魔法の使えないばっかりに、平和の象徴としてはりつけにされた己の身を恨んだ。


「では、私はここらへんで」

 カウムが杖を持って帰ろうとしている。

 結局、何も決まらなかった。当然だ。リチュームは人間の提供に最後まで首を縦に振らなかったし、悪魔の性分的に、肉を食べなければ生きていけない。

 これからも、両者の緊張関係は長く続くのだろう。

「なあ」

 上村の呼びかけに、カウムが振り返る。

「どうしましたか」

「また、この部屋に来てくれないか」

「上村様、いけません!」

 声を張り上げるリチューム。まあ、怒るのも無理はない。

「どうしてですか」

 理由を聞いたのはカウムであった。

「俺は、何の魔法も使えないかもしれないけど、この国の人たちからの人望は多少はあるし、悪魔と人の、橋渡し役になれると思うから」

 少しずつ、日も暮れてきて、カウムの背中に西日(この世界の太陽が西に沈むかは知らない)が差した。

「ふふ、ありがとうございます……言われなくとも、また、来ますよ」

 カウムは転送魔法でふわっと消えた。

 リチュームも、やれやれといった感じで、疲れて部屋から出てしまった。

 これから、俺は魔法の使えない大魔法使いにならなければいけない。

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