三 二人の大魔法使い
相変わらず、リチュームに許可を取らなければ外出もままならない。しかし、暮らし向きは格段に良くなった。本をたくさん置いてもらえて、猫と一緒に暮らせている。ぐずった甲斐があった。
読書家になった。電波がないせいで、転送させてもらったスマートフォンはカメラと電卓に成り下がっていたし、他のゲームも一人では持て余す。充電もできないからだ。
「今日は外へ行くので、お昼ご飯も置いていきますね」
リチュームは出かけのようである。一人で行くということは、広場での交流ではないのだろう。日々の生活に余裕が生まれたのもあって、少し気になった。
「どこへ行くんだ」
「魔法の練習です」
本当に、リチュームは魔法使いだったのか。
「俺にも、魔法を見せてほしいな。それに、そろそろ練習をしないと、救世主にもなれないだろう」
「……そうです、ね。それでは、付いてきてくれますか」
着替えも、何着か取り寄せてもらった。まだ、こっちの風俗で暮らす勇気はない。欲しいものを言うにつけ、つくづく転送魔法は便利だと感じる。俺も早く使えるようになりたい。
また馬車に乗せられて、どこかに向かう。
「転送魔法で一瞬じゃないのか」
「大変なんですよ、あれ。急ぎでないときはあまり使いたくありません」
「大変な魔法なんだな」
「最初は、簡単な魔法から教えますから、安心してください」
のんびりと馬車に揺られていると、すっかり人気のない川辺に着いた。広い原っぱもあって、ここなら練習も広々とできそうだ。
リチュームの持つ杖は、上村のものよりも一回り小さい。
「そっちの方が小回り良くて使いやすそうだな」
「救世主様には箔が必要なのです。良いですか、こうです」
リチュームは杖を前方の大樹に向けて構えると、
{バルネ・ソーメ!}(火の魔法!)
と叫び、直後、小さな火の玉が杖の向く先に現れた。
ボンム!
大樹に当たり、煙が晴れると、大きな傷跡が幹に残っていた。
「お、俺も、使えるのか」
「練習してください。バルネ・ソーメです」
「ばるね、そーめ!」
杖に力を込める。すると……
何も起きなかった。
この後、三十分ほど続けてみたものの、何も起きない。
「疲れたな……」
そろそろ骨折り損に感じてきて、杖を突こうとすると、
「熱っ!」
杖の先端が結構熱くなっている。
「凄いですよ! 魔法の力です!」
リチュームはまるで世界を救ったかのように跳び上がって褒めてくれた。いや、確かに現世では考えられないことではあるし、自分でもびっくりはするが。
これが、救世主の魔法?
「いったん、一休みしましょう」
リチュームにせかされ、川でお昼を食べることにした。
「今日はおにぎりか。いや、凄い美味しいんだけどさ、お肉は無いの?」
ここ最近、和食は出るものの、どれも精進料理のようである。
「すみません。とても貴重なもので」
青い空を眺めながら、リチュームも包みを開く。
「そちらの世界では、あのネコを食べるのですか」
「いや、ネコは食べない。かわいそうだろう」
リチュームは、少しぞっとしていた。話を無理に戻していた。
「近いうちに、悪魔との交渉があります。人類の代表として、上村様にも参加してもらいますから、そこで美味しい料理もたくさん食べられます」
「そこでも、救世主として振舞うんだな」
「ええ、そうです」
少し長い沈黙が流れる。雲の動きを呆然と見ていた。
「俺さ、救世主の才能、多分無いよ」
「いえ、あります」
そこは断言するリチューム。
「私も、昔は救世主だと思っていたのですが、なれなかったのです。異世界から転生したあなたなら、きっと」
「なれなかった?」
「ええ。大魔法使いに、です」
「大魔法使いって?」
「人類と悪魔には、大魔法使いが一人ずつ居ます。彼らのみが、破滅の魔法を使えるのです」
「大魔法使いって、そんな召喚するものなの?」
「いいえ。今までは、先代が死ぬときに方角を遺言に残すと、この世界から新しい子供が破滅の魔法を持って、生まれてきていました。私も、先代の遺した方角の村の生まれで、人一倍魔法が使えたので、都に行き、ちやほやされていたのですが……」
リチュームの顔が曇る。
「私は、いつまでも破滅の魔法が使えなかったのです。だから、線を伸ばした先にある、異世界の日本から、あなたを転送しました」
「俺は、これからその、大魔法使いになれるのか?」
「はい。今は破滅の魔法が使えませんが、使えるようになれば、本当に大魔法使いになれます」
「じゃあ、みんなの前で、嘘をついてたってこと?」
「ええ、まあ」
大魔法使いになるという重圧に、俺が耐えられるかは分からない。
ただ、これからも努力を積み重ねていこうと、そう思えた。
空をぼんやりとみていると、リチュームはいつの間にか幹に寄りかかって寝ていた。無理もない、やっとのことで異世界から救世主を見つけて、ここまで頑張りすぎていたのだろう。
適当に原っぱを散歩するか。
「かみむらさまぁ」
どことなく、幼い声が聞こえた。森の入口の方に目をやると、外套を羽織った高校生くらいの女の子がいた。髪色は濃い紫で、このレインボー髪の毛の異世界では、結構落ち着いた方であった。
「大丈夫かい? こんな森に居て。帰り方、うっ!?」
少女の近くに寄ると、いきなり上村は左腕に噛みつかれた。歯を歯とは思えない、むしろナイフに近い鋭さで、激痛が走った。
地面に倒れこむと、おびただしい出血で地面が赤く染まっているのが分かった。
「大丈夫ですか?」
無垢なふりをして、少女は聞いた。




