幕間 人の居場所は結局誰かの隣なのかもしれない
エレノアが小屋に来て、4日が過ぎた。
さすがに、いつまでも泥のついた赤いドレス1着で暮らさせるわけにはいかない。
屋敷へ戻ったついでに麓の町の古着屋へ寄り、簡素なワンピースやシャツ、スカートを何着か、それに外套を1着買い込んできた。
ついでに下着も数組。
12歳の少年が女性物の下着を選んでいる光景は少々怪しかったらしく、店の女主人には随分と生温かい目を向けられた。事情を説明するわけにもいかないので、「屋敷の使用人に頼まれた」と押し通した。
幸い、この世界は妙に女性向けの衣料品が充実している。
ブラジャーもストッキングも既製品が普通に売られているし、庶民向けの下着には、伸縮性のある布を使い、紐で大きさを調整できるものもある。細かな寸法を知らない男でも、これなら大外れはしない。
乙女ゲームじみた世界の恩恵を、こんな形で受けるとは思わなかった。
買ってきた服を広げると、エレノアは地味な古着を複雑そうに眺めた。
「……これを、私が着るのか」
「赤い絹のドレスで薪を拾いに行きたいなら止めませんけど」
「着る。ありがたく着させてもらう」
そうして袖を通した薄茶色のワンピースは、華やかさこそなかったが、不思議とよく似合っていた。
本人は「町娘のようだ」と落ち着かない様子だった。
山でワンピースというのも、どうなんだとは思う。古着屋だからなのか、乙女ゲームじみた世界観のせいなのか、女物は裾のひらひらした服ばかりだったのだ。
それでも、赤いドレスよりは遥かに動きやすい。
エレノアはワンピースの裾をつまんで足を動かし、何度か屈伸してから、小さく頷いた。
「悪くない。これなら、山も歩けそうだ」
「裾を踏んで転ばないでくださいよ」
「子どもではない」
「落とし穴から拾い上げられた人が言っても、説得力がありませんね」
「……一言多いぞ、君は」
睨まれた。
だが、赤いドレスを着ていた時よりも、少しだけ肩の力が抜けて見えた。
◇
その翌朝、目を覚ますと、エレノアがいなかった。
ベッドは空。暖炉の火も消えている。
机には昨夜使ったカップが2つ並んだままで、昨日買ってきた外套だけがなくなっていた。
「……あの馬鹿」
逃げた。
最初に浮かんだのは、それだった。
俺を信用できず、1人で山を下りたのか。
あるいは、俺が寝ている間に誰かと接触したのか。
公爵令嬢を巡って、どんな連中が動いているのかもわからない。エレノア本人が無実だとしても、俺を巻き込まないために黙って姿を消すくらいは、やりかねない。
面倒ごとが自分から出ていったのなら、喜ぶべきだ。
これで元の生活に戻れる。
そう思ったはずなのに、俺はベッドから飛び起き、短剣と上着を掴んで小屋を出ていた。
地面には、まだ新しい足跡が残っていた。
1人分。
山を下りる方向ではなく、森の奥へ続いている。
「何をしてるんだ、本当に」
俺は足跡を追った。
獣に襲われた形跡はない。誰かと合流した跡もない。
ただ、途中から足跡の横に、何かを引きずったような線が加わっていた。
しばらく走ると、斜面の下から枝の折れる音が聞こえた。
「エレノア様!」
「トーリ?」
いた。
薄茶色のワンピース姿で、両腕いっぱいに枝を抱えている。
足元には、枯れていると思って引きずってきたらしい細い倒木があった。根元が斜面に引っかかり、今にも谷へ転がり落ちそうになっている。
「動かないでください!」
「何を――」
倒木がずれた。
エレノアの足元の土が崩れる。
俺は地面を蹴り、土魔法で斜面から壁を生やした。
倒木が土壁へ食い込み、エレノアの体が大きく傾く。
その腕を掴み、こちらへ引き寄せた。
抱えていた枝が、ばらばらと地面へ落ちた。
「何をしてるんですか、あなたは!」
無事だとわかった途端、怒りが噴き出した。
「勝手に小屋からいなくなって、こんな山奥まで来て! 俺が起きた時、どれだけ――」
「私は囚人ではない!」
エレノアも声を荒らげた。
「どこへ行こうと、私の勝手だろう!」
「限度があるでしょう!」
「ならば、最初から鎖でもつけておけばよかったではないか!」
「そういう話をしてるんじゃない!」
声が森に響いた。
エレノアは唇を噛み、顔を背けた。
「……薪が、減っていた」
「薪?」
「私は食事を作ることもできない。水も、寝床も、何もかも君が用意している」
エレノアは、足元に散らばった枝へ視線を落とした。
「せめて薪くらい集めようと思った。それだけだ」
「だからって、黙って行く必要はないでしょう」
「言えば、君は必要ないと言うだろ」
「言いますよ。倒木を1人で引きずる必要はない」
「そうではない!」
エレノアが俺を睨んだ。
青い瞳が、不安に揺れていた。
「何もできず、ただ食べて眠るだけの女を、いつまで置いておくつもりだ」
声が小さくなる。
「君が親切なのはわかっている。だからこそ、その親切が尽きる前に、何かできるようにならなければならない」
ようやく意味がわかった。
エレノアは薪が欲しくて森へ入ったわけではない。
ここにいてもいい理由を、探しに来たのだ。
「……俺が、追い出すと思ったんですか」
「思わない理由がない」
エレノアは自嘲するように笑った。
「父も、婚約者も、家の者たちも、必要がなくなれば私を捨てた。君だけは違うと、どうして言い切れる」
すぐには、何も返せなかった。
当然だ。
会ってまだ数日。
本人の前で何度も厄介事だと言い、陰では転移の経緯まで疑っている。
俺だって、エレノアを完全に信用しているわけではない。
この人も同じなのだ。
誰かを信じて、また裏切られるくらいなら、最初から疑っていた方が傷は浅い。
「言い切らなくていいですよ」
「……何?」
「今すぐ俺を信用しろとは言いません。俺も、あなたの話を全部信じたわけじゃない」
エレノアの表情が強張った。
言い方を間違えたかもしれない。
だが、都合のいい言葉で誤魔化したくはなかった。
「だから、見ていればいいでしょう」
「見る?」
「俺があなたを売るか追い出すか。それとも明日も飯を出すか。言葉を信じるより、自分の目を信じてみてくださいよ」
俺は散らばった枝を拾い上げた。火に焚べるには、良くない枝だ。何の知識もない小娘が拾い上げた湿った小枝。
「あなたも同じです。俺を裏切らないと言うなら、黙って消えずに、帰ってくればいい」
「……帰る?」
「小屋にです」
言ってから、少し恥ずかしくなった。
まだ数日しか一緒に暮らしていない場所を、帰る場所のように口にしてしまった。
エレノアは目を伏せた。
「君は、私がいなくなれば安心するのだと思っていた」
「安心なわけないでしょ」
「……そう、なのか?」
「こんな何も知らない小娘、どうして山に放り出せますか。あなたはさっき滑落する所だったんですよ? 山で怪我をする事がどういう事なのかわかってないでしょ?」
睨まれた。
「だから、もう少しここに居ればいい。王都が落ち着くまで」
エレノアが勢いよく顔を上げ、髪の毛がふわりと広がる。彼女はしばらく黙っていた。
「いいのか?」
「いいです」
「面倒ごとなのに?」
「面倒ごとですよ。今朝なんて、起きてからずっと最悪です」
「では、なぜ探しに来た」
その質問には、すぐ答えられなかった。心配だったからと、何故か言えない自分がいる。
「……何ででしょうね。獣に襲われて食い散らかされたあなたを見たくなかったんでしょうね」
「なんだそれは?」
「夢見が悪いと言ってるんです」
エレノアの肩から、少しだけ力が抜けた。
俺は腰の袋から、小さな木笛を取り出した。
罠の見回りで従者と合図を交わすために作ったものだ。
「これを持っていてください」
「笛?」
「森で迷った時や、何かあった時は3回鳴らす。聞こえる範囲なら迎えに行きます」
「必ず?」
「聞こえたら」
「そこは必ずと言うところではないのか」
「聞こえないものは無理です」
エレノアは呆れた顔をした。
それでも笛を受け取り、大切そうに握った。
「では、聞こえるところにいる」
「そうしてください」
「それと、次からは出かける前に君へ伝える」
「助かります」
「君もだ」
「俺も?」
「屋敷へ戻る時は、いつ帰るのか言え。黙っていなくなるのは、君も同じだろう」
今度は俺が黙る番だった。
エレノアも、俺が帰ってこない可能性を考えていたらしい。
「……わかりました」
「ああ」
エレノアは、ようやくいつもの調子で答えた。
俺たちは散らばった枝を拾い、2人で小屋へ戻った。何だか彼女を意識して、沈黙が気まずかった。
すっかり忘れていたが、持ち帰った薪は当然湿っていて、火をつけると盛大に煙を吐いた。
「げほっ、げほっ……エレノア様、これ枯れ枝じゃないですよ!」
「地面に落ちていたから、乾いていると思ったんだ!」
「触ればわかるでしょう!」
「君も拾っていただろう!何でその時気づかなかった!?」
「それは……っ!」
エレノアにばかり意識が持ってかれたとか言えるか。思春期か! ……そう言えば俺12歳だわ。思春期だわ。
慌てて窓を開け、2人で咳き込みながら薪を外へ放り出す。
やがて、どちらからともなく笑いが漏れた。
「次は、乾いたものを教えてくれ」
「次も行く気なんですか」
「当然だ。今度は君と一緒に行く」
明日の予定を、当然のように2人分で考えている。
何だかなぁ、俺ってやつは。どうしようもなく男なのかな。言われて嬉しい自分がいる。
「では、明日の朝に」
「ああ。明日だ」
その言葉が、約束のように小屋へ残った。
◇
エレノアが小屋に来て、1週間が過ぎた。
朝、目を覚ますと、テーブルの上に木のカップが2つ並んでいる。
どちらからも湯気が立っていた。彼女が沸かした湯だ。
床は掃かれ、薪は積まれ、洗った食器が窓辺で乾いている。
……この公爵令嬢、働き者になってしまった。
頼んでいないのに、朝から何かしらの仕事を探しては手を出す。
掃除。水汲み。薪運び。
覚えたことは2度と間違えず、失敗しても顔色1つ変えずにやり直す。
感心していた。
その日、彼女の手を見るまでは。
「エレノア様。手を出してください」
「ん? なんだ、藪から棒に」
「いいから」
嫌がる彼女の手首を掴み、手のひらを開かせる。
白かった手のひらは赤く腫れ、ところどころ血が滲んでいた。水仕事でふやけた皮膚には、薪のささくれが刺さった痕まである。
気づかなかった。
庶民なら当たり前の傷ではある。だからといって、唾をつけておけば治ると片づけていいものでもない。
「なんで黙ってたんですか」
「大したことではない」
「痛むでしょうに。薬草を塗りますから、座ってください」
「必要ない。これしきの傷――」
「ほら」
「っっっっつぅうううっ!!!」
傷へ消毒薬を塗り込んでやったら思ったよりでけぇ声が出た。いやまぁ痛いだろ。怪我なんて慣れてないだろうし。
「痛っ! イタタタっ! 痛いぞトーリ! ちょっと待て!」
「待ちませんよ」
エレノアが喚いて体を捻って逃げようとするが、氣で強化してる俺から逃げられるはずもない。さっさと処置してしまう。モンスターの素材で消毒薬作ってるし、貴族なので清潔にしてる布もある。というかちゃんと救急箱作ってある。山でちょっと引っ掛けたりして怪我するのなんて当たり前なんでね。
最後にグルっと包帯巻いておしまい。
「……あのですね、エレノア様。別に、働かなくてもいいんですよ」
「働く。居候だからな」
「気持ちはありがたいですよ。だからって働いてないから追い出したりしません。正直、怪我される方が嫌ですよ」
顔を覗き込むように見ながら言うと、エレノアはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと口を開いた。
「……役に立たなければ、居場所はない。私は、そう教わって生きてきた」
彼女は、自分の手を見つめていた。
「公爵家の娘は、家の役に立つから娘でいられる。王子の婚約者は、務めを果たすから婚約者でいられる。役目を失えば、居場所も失う。……現に、失っただろう?」
包帯を巻き終えた手を、両手で包んだ。
「ここは公爵家でも王城でもないです。役に立つとか立たないとか、やめてくださいよ。そんな寂しいこと」
「……寂しい、か」
「寂しいですよ。役に立つからその人と一緒にいるなんて」
「私は、寂しい女なのだな」
「寂しかった女ですよ。今は俺が居るでしょ」
エレノアは呆れた顔をして――それから、ふ、と息を漏らして笑った。
包帯だらけの手で、頬にかかった金髪を掻き上げながら。
「妙な少年だ。本当に」
「はいはい。よく言われます」
◇
その夜から、俺は寝る前の時間に、ある物を作り始めた。
彼女がここへ来た日のことを、覚えている。
裸足の足に、ドレスの裾を破いた布切れを巻いていた。
今は俺が適当に編んだ草履もどきで過ごしているが、小屋の周りならともかく、川へ行くにも山を歩くにも、あれでは足が保たない。
狩った獲物の革は、なめして貯めてある。
木底を削り、革を裁ち、蔦の繊維で縫っていく。
前世の動画の記憶と、この数年の工作の経験があれば、できないことはない。
大きさは、今履いている草履を型にした。
多分、合う。
4日かけて、革の短靴が1足できあがった。
「エレノア様。これ」
朝、テーブルへ置くと、彼女はきょとんとした顔で靴を見て、俺を見て、もう1度靴を見た。
「……靴か?」
「靴です。山歩き用に、底は厚くしてあります。大きさが合わなかったら直すので、履いてみてください」
エレノアは靴を手に取った。
ひっくり返し、縫い目を撫で、底を確かめ――それきり動かなくなった。
「エレノア様?」
「…………」
「もしかして、出来がお気に召しません? 職人の品と比べられると困りますが」
「違う」
遮る声が、少し掠れていた。
「……違うんだ」
「そりゃ、今まで履いてきたような靴とは違うでしょうけど」
彼女は靴を胸に抱えるように持ち、俯いた。
金髪が顔を隠し、表情は見えない。
「屋敷にはな、私の靴が100足はあった。ドレスに合わせて、季節に合わせて、1回しか履いたこともない物もある」
靴を抱く指に、わずかに力が入った。
「だが、違うんだ。私のための靴ではない。『公爵令嬢』のための靴だ。サイズはピッタリだったがな。エレノアのための物ではなかった」
顔を上げた彼女の目は、少し赤かった。
「これは、私のための靴だ。……初めてもらった。ありがとう、トーリ」
「……どういたしまして」
まいったな。
靴1足で、そんな顔をされるとは思わなかった。
彼女はその場で靴を履き、小屋の中を歩き回り、何度か飛び跳ねた。
「ぴったりだ!」
革の短靴1足で、子どものように喜んでいる。
その姿を見ながら、俺は思った。
この人が今まで与えられてきたものは、全部「役目」への支払いだったのだ。
ドレスも、宝石も、靴も。
役目を果たす限り与えられ、役目を失えば取り上げられる。
対価のいらない善意を、この人は受け取ったことがなかった。
……ずるいだろ、そんなの。
そんな人生を送ってきた人が、靴1足で笑うなんて。
◇
数日後の夜。
物音で目が覚めた。
暖炉の火は落ち、小屋の中は薄暗い。
耳を澄ますと、衝立の向こうのベッドから、押し殺した息遣いが聞こえた。
浅く、速い呼吸。
悪い夢を見ているのは、すぐにわかった。
やがて小さく跳ねるような気配があり、呼吸が変わった。
目が覚めたらしい。
それきり、寝返りの音もしない。
暗闇の中で、じっと天井を見ている気配だけがあった。
声をかけるべきか、迷った。
何の夢かは、訊くまでもない。
あの夜会か。公爵家か。
この人が置いてきたものは、昼間は笑顔の下に沈んでいて、夜になると浮かんでくるのだろう。
慰めの言葉は持っていない。
大丈夫ですか、は違う。大丈夫なわけがない。
話してください、も違う。話したい夜なら、向こうから話す。
だから俺は何も言わずに起きて、暖炉へ薪をくべた。
火が熾きる。
橙色の明かりが、小屋の中に戻ってくる。
水魔法で水を出し、湯を沸かし、屋敷からくすねておいた茶葉をティーポットに放り込む。
カップを2つ。
彼女に気を遣わせないように、いつも通り意識せずに出来ただろうか?
衝立の向こうで、身を起こす気配がした。
エレノアは毛布を肩に巻いたまま、のそりと出てきて、暖炉の前の椅子へ座った。
俺は何も訊かず、カップを1つ手渡した。
彼女も、何も言わなかった。
2人で火を見ながら、お茶を飲んだ。
薪の爆ぜる音だけが、時折、沈黙の上へ落ちた。
カップが空になる頃、エレノアがぽつりと言った。
「……訊かないのだな」
「訊いてほしいなら、訊きますけど」
「いや」
彼女は首を振った。
「訊かれたくない。……よく、わかったな」
「なんとなくです」
「なんとなく、か」
エレノアは空のカップを両手で包み、火を見つめた。
「不思議なものだ。王城では大勢に囲まれ、いつも誰かに見られていた。なのに、誰も私を見ていなかった」
火明かりが、彼女の横顔を照らしていた。
「ここには君しかいないのに、君は、私が言わないことまで見ている。靴のことも。手のことも。今夜のことも」
しばらく炎を見つめたまま、エレノアは尋ねた。
「なあ、トーリ。私は君を、信じてもいいのだろうか」
「重い話なら、朝にしてください。眠いので」
「こら。人が真面目に話しているのだぞ」
「……信じるかどうかは、エレノア様が決めることです。俺が言えるのは、1つだけ」
カップを置き、俺は伸びをした。
「明日も、明後日も、お茶は2つ淹れます。それだけです」
エレノアは目を丸くした。
それから、今夜初めて声を立てて笑った。
「ふ、ふふ……なんだそれは。プロポーズか?」
「違います。プロポーズってそんなのでしたっけ? 貴族のってそんなんじゃなかったですよね?」
「毎日、同じ食卓で茶を飲もうと言っているのだろう?」
「……どこで覚えたんです? それ庶民のヤツですよ」
貴族は自分でお茶を入れない。俺は例外。
「ふふ。内緒だ」
彼女は笑いながら、目元を拭った。
夢の名残か、笑いすぎたのか。
どちらの涙なのかは、訊かなかった。
◇
翌日の夕方、俺は屋敷から食料を抱えて山道を戻った。
出かける前には、昼を過ぎる頃には帰ると伝えてある。
少し遅くなったが、エレノアが木笛を鳴らして探しに来るほどではない。
小屋が見えてくる。
窓には灯りがともっていた。
扉を開けると、暖炉の前からエレノアが振り返った。
テーブルには、カップが2つ。
どちらからも湯気が立っている。
俺の帰る頃を見計らって、淹れたらしい。
「おかえり、トーリ」
不意打ちだった。
屋敷へ戻れば、使用人が「お帰りなさいませ」と頭を下げる。
だが、誰かが俺の帰りを待ち、名前を呼んで迎える声は、それとはまるで違って聞こえた。
「……ただいま、です」
「うむ。……なんだ、その間は」
「別に。慣れないだけです」
「ふふ。ならば、慣れるまで毎日言ってやろう。おかえり、トーリ」
「……ただいま、エレノア様」
荷物を降ろしながら、俺は顔を背けた。
にやけているのを、見られたくなかったからだ。
カップの湯気が、2つ並んで立ち上っていた。
明日も、明後日も、この小屋にはお茶が2つ淹れられる。
俺が屋敷へ行けば、彼女が待っている。
それだけのことが、いつの間にか俺の日常になっていた。
そして、その日常はなぜだか無性に、守りたいものになっていた。
これが幕間はチャッピーにおかしくね?って言われた。まぁ、AIにはわからんよな。私にもわからん




