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異世界転生した俺の前に悪役令嬢が転移してきた件  作者: 雪下おかか


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外伝Ⅲ 遺された翼

私の三男坊は、死んだ。


書面の上で、私が殺した。勘当し、他国へ逃がし、葬式まで出した。あれを生かすには、それしか道がなかった。王家と公爵家と伯爵家を敵に回した子どもを守れるほど、この小さな子爵家に、力はなかったのだ。……守ってやれなかった、と言うべきか。


だが、あれは、妙な置き土産を残していった。


裏山の、あの狩猟小屋。息子の秘密基地。あれが消えたあと、私は1人でそこを訪れた。何を探すでもなく。ただ、あれの生きた痕跡に、触れたかったのかもしれん。


そこで、見つけた。


地下に隠された工房に、それはあった。金属と木材と、見たこともない魔導回路で組まれた、奇妙な機械。鳥のような、蜻蛉のような形。傍らには、握りの中に水晶を嵌めた、制御の魔導具。そして、几帳面な息子の字で書かれた、分厚い手記。


『もしこれを見つけたのが親父なら、どうするかは任せた。――魔法で飛ばして、遠くから操る道具だ。名付けて"鴉"。魔力さえ流せば、素人でも動かせるように作った。使う日が来ないのが一番だけど。まあ、この国、いつ何が起きてもおかしくないからさ』


私は、しばらく、その手記を握りしめて、動けなかった。


この子は。この馬鹿は。放蕩三昧に見せかけて、こんなものを。国が傾いたときのことまで、見越して。


その日は、来てしまった。


偽りの聖女が暴かれ、公爵と第二王子の反逆が露見し、王が捕縛を命じた――その報せの直後だった。追い詰められた逆賊どもは、大人しく縛につかなかった。かねて備えていた牙を、剥いたのだ。


クーデター。ルクレール公爵と、第二王子と、そしてゴードン伯爵。この3家を筆頭に、私兵をかき集めた反乱軍が、決起の狼煙を上げようとしていた。狙いは、王都への電撃。王が正規軍を整える前に、玉座を、王の首を、一息に獲る算段だ。


急激に力をつけ、公爵とのパイプを強固にしていたゴードン伯爵は、その反乱軍の、重要な一翼だった。欲した繋がりが、そのまま、あの男の首に縄をかけていた。悪事に塗れ、後には引けぬ男だ。公爵と心中する以外、道はなかったのだろう。


反乱軍の集結地は、王都の南、1日の距離。決起は、明朝。そう掴んだとき、王都の守りは、まだ間に合っていなかった。決起を許せば、内乱だ。国が、割れる。


――間に合う者が、1人だけいた。


偶然にも、反乱軍の集結地は、我が領地の目と鼻の先。そして私の手元には、死んだ息子の遺した、空を征く"鴉"が、数十羽。


私は、老従僕のハンスを呼んだ。


「じい。無茶を、手伝ってくれるか」


「……坊っちゃまの、置き土産でございますな」


「ああ。人の悪意ではなく、親を信じてくれた、あいつの鴉だ」


守るために動く価値など、家にはない。ずっと、そう算盤を弾いてきた。だが今日ばかりは、違った。国が割れるのを、指をくわえて見ているのは、あの息子が遺したこの翼に、あまりに、申し訳が立たん。


決起前夜。


私は、丘の上に立ち、水晶の魔導具に、魔力を流した。


工房から運び出した数十の"鴉"が、一斉に、闇夜へ舞い上がる。羽ばたきの音もなく、月明かりを裂いて、音もなく滑空していく。手記の通り、素人の私でも、水晶に念じるだけで、群れは意のままに動いた。あの子は、本当に、そう作っていたのだ。誰でも使えるように。


眼下に、反乱軍の陣が広がっていた。決起を待つ、数千の兵。篝火。天幕。そこに、空から迫る脅威に、気づいている者は、1人もいない。この世界の軍に、空を見上げる習慣などない。


人間同士の戦いにおいて、空から攻められることなど、誰も、想像したことがないのだから。


私は、静かに、念じた。


――堕とせ。


夜空から、無数の魔法弾が、豪雨のように降り注いだ。


武器庫が、炎上する。指揮官の天幕が、吹き飛ぶ。軍馬が暴れ、兵が逃げ惑う。反撃しようにも、敵は空だ。届かぬ。見えぬ。何が起きているのかすら、わからぬまま、反乱軍は、決起する前に、崩壊していった。


剣も、魔法も、届かぬ高みから、一方的に。まるで、天罰のように。


私は、指揮系統だけを、正確に潰していった。無用な殺しはせぬ。あの子の翼で、無駄な血を流したくはなかった。逃げる兵は、逃がした。捕らえるべき首魁だけを、地に縫い留めた。


夜が明ける頃、反乱軍は、決起の一撃を放つことすら叶わず、四散していた。


ゴードン伯爵は、崩れた陣の中で、みっともなく喚いていたそうだ。捕縛の兵に引きずられながら、こう叫んでいたと。


「あと少しだったのだ! 公爵家との縁さえあれば、私は、私は……!」


欲した繋がりが、その男を、反逆者の列に並べ、断頭台へと引いていった。飼っていた家令は、真っ先に寝返り、主人の悪事を洗いざらい吐いたという。殺された妻たちの縁者も、堰を切ったように、告発に名を連ねた。積み上げた悪事が、雪崩となって、あの小物を呑み込んだ。


誰かに討たれるまでもない。あの男は、自分の欲で、自分を、滅ぼしたのだ。


反乱は、決起前に、潰えた。内乱は、起きなかった。


王は、いたく喜ばれた。玉座を狙う剣を、たった一夜で、一領地の子爵が、砕いてみせたのだから。


トーリントン子爵家は、伯爵家に列せられた。没収された、かつてのゴードン領の一部が、我が家に下賜された。……皮肉なものだ。あの男が命を懸けて欲した繋がりの成れの果てが、我が家の、褒賞となった。


英雄、と人は言う。空を駆ける翼で、国を救った、老いた英雄だと。


――違う。


英雄は、私ではない。


私は、ただ、死んだ息子の遺した翼に、魔力を通しただけだ。国を救ったのは、あの、放蕩三昧に見せかけて、国の行く末まで見据えていた、私の、馬鹿な三男坊だ。


その名を、私は、誰にも告げなかった。あれは、死んだことになっている。死んだ者に、勲功はいらぬ。栄誉は、生きている私が、代わりに背負っておく。


叙爵の式を終えた夜、私は1人、裏山の狩猟小屋を訪れた。空になった工房で、南の空を見上げる。あれが、女を連れて消えていった、あの方角を。


「……見ていたか、トーリ」


誰にも聞かれぬよう、私は呟いた。


「お前の翼で、国を守ったぞ。お前が守りたかったものも、たぶん、まだ、この国のどこにも、汚されずに残っている。……よくやった、と。1度くらい、面と向かって、言ってやりたかったな」


風が、工房を吹き抜けた。


達者で暮らせ。息子よ。お前の遺したもので、この老いぼれは、少しだけ、いい親になれた気がするよ。

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