変身
「……なるほど。《ヴィツィオ》首領の息子。そりゃあ、あのトルギスも執拗に狙うわけだ」
「人類という常識に逆らおうとした変わり者の父を好きになった母も、またかなりの変わり者だった。それでも、二人は俺を愛してくれていた」
父は《ヴィツィオ》の首領として何を望み、何をしようとしたのか、それを知っているとしたら今の父さんしかいないが……わざわざ知りたいとは思わない。
肉親に愛してもらっていたという心地よさが、既に俺の中に残っているから。
「……君はどうしたいの?」
「何がだ?」
「……この先の事だよ。落ち着いたけど、君にはまだ迷ってるのが顔によく出てるよ」
そう言われると、鏡で顔を見たかったな。
俺は何をしたい。どうしたい? 少し前の俺だったら、無理を承知でヒーローになりたいと答えていた。
だがどうだ? 柚子にバレそうになって、首を絞めた愚か者はもはや悪人以下だ。何者にもなれなかった骸か、それとも焦がれ堕ちた灰かもしれない。
「俺は、何かになりたかった。その何かになれるほど、俺は大した人間じゃなかった。三歳の頃、俺は己が何者か自覚した。そして、それでも二人は俺に何も望まなかった」
もっと両親が悪ければ、昔のうちに《ヴィツィオ》の首領の息子としての役割を求められてたはずだ。
その理由は両親が俺を愛していたという理由だと聞いたが、昔から俺はどうしてか、それを俺が必要とされていないって感じていた。
「俺はいつも、全てには理由があると勘違いしてた。二人が亡くなった後、俺は何か生きる理由が欲しくて……多分だからヒーローという象徴に縋り付いた」
そうだ。全てのきっかけは、そこだった。
「焦がれて、焦がれて、焦がれて……でも、憧れには遠すぎるっていつも分かって、そもそも怪人なんかがなっていいものじゃないって思って」
「……それで?」
「多分、諦めるよ。最悪、死ぬかもね」
死んだ方がいいって頭では分かっていても、どうしても生にしがみついてしまうのが俺という存在だ。
死ねよ。死んでみせろよ。
「……君は、もうちょっと自分を買い被ってみたら?」
「無理だよ。俺には、そんなこと出来ない。というかそもそもあんたには関係のない話だろ⁉︎」
「あるよ。私が君を助けた理由、もう一つある。君は気づいていなかったかもだけど、私がトルギスを蹴飛ばす前、あの時君は絶望しながらも……立ってたんだよ?」
「え……?」
全然、気づかなかった。あの時は絶望で周りが何も見えてなかったし、自分が立ち上がってたなんて思いもしなかった。
「あの時君は、絶望の中でも立ちあがろうとしてた。憧れには遠すぎるって言ってたけど……諦めたらさ、それこそヒーローには永遠に届かないからね?」
「……確かに、そうかもしれない」
「もし、ヒーローに資格があるのだったら、それは大切な何かの為に諦めずに立ち上がる事なんじゃないかな」
溶けていく音がした。いや、実際には何も音は鳴っていないのだろうけど、俺の中が何かあったかいもので埋まっていくような、そんな気がする。
「……良いのか? 俺は、どうしようもなくて、何するにしても不器用で、明るく誰かの太陽にもなれない性格で、それでも良いのか……?」
「大丈夫だよ。だから……立ってよ。私達のヒーロー‼︎」
そういえば今朝、いつかの夢を見ていた気がする。
明るく眩しい公園で、その時はまだ誰も友達がいなかった。鬼ごっこをやってみたかったけど、夢のまた夢で。ただ一人、砂浜で遊んでいた。
ああそうだ。俺たちはそこで――。
『至急‼︎ 至急‼︎ 世田谷で怪人被害。怪人は、かの首領の息子を要求している模様。至急、応援願う』
「……トルギスが暴れ出したみたい」
ミナスさんが向かおうとしたその時、俺は咄嗟にその手を掴んでいた。
「俺も行きます。多分これは、俺の問題です。それなら、俺がちゃんと終止符を打ちたい」
「分かった。行こう‼︎」
そうして廃墟から飛び出そうとすると、そこには幸多がいた。目の辺りが腫れていて、泣いた跡なのがよく分かる。
「……許してくれなくてもいい。柚子の首を絞めて殺しかけたのは俺だし……いや、まずは違う。俺の正体をずっと黙ってて、すまなかった」
俺は出来る限り深々と、頭を下げた。
土下座の方が誠意が伝わっただろうか。まだ、そこまで考えが回らないな。
「最近、なんか考え込んでるのは分かってて、でも無理に聞くのも悪いと思って言わないでいたんだ。でも、少し不安だった。お前がどこか行っちまうんじゃないかって」
「……やっぱり、俺は隠すのが下手だな」
「うん。下手。なんかはあるって思ってた。でも実際に目にしたら……たまらなく、恐怖を感じた」
「そりゃあ、怪人だもんな。人じゃないもんな」
「いや、違うんだ」
「……ん?」
「俺の親父さ、怪人の攻撃に遭って死んじまったんだよ。それで、ずっと恨んでた。お前には言ってなかったけど、それで偶に暴走しかけて、それをお前らが止めてくれた」
多分、無意識だろうけど。と付け足されたが、本当にその通りで、たまに怪しげな宗教の勧誘を受けてて、そういうのはやめとけって柚子と共に言ったが、あれは対怪人の過激派団体だったのか。
「俺も、誰だって、一つや二つくらい秘密を抱えてるもんなんだよ。それが当然で……だから、あの時化け物なんて言ってごめん。信じてやれなくて、ごめん」
「……お前は、悪くないよ」
「ずっと一緒で、ずっと互いに信頼し合ってたはずなのにあんな時に限って信じてやれなかったのは俺だ」
「……俺は、お前に信頼されて良いような人間じゃなかったよ。ずっと」
「でも……」
「だから、見ていてくれ。俺はもう逃げないから」
「ああ、わかった。ちゃんと見てる。頑張れ‼︎」
幸多に見送られながら、俺とミナスさんは世田谷の方面へと走った。
ミナスさんは移動系の力は持っていないらしく、とりあえず俺の家で自転車を調達した。
「……行くのか」
父さんが、ベランダの窓からひょっこりと顔を覗かせていた。説明したいところだけど、説明は後だ。
「もってけ」
「⁉︎ これってまさか……」
父さんが投げ渡したのは、かつてヒーローとして戦ってた時に変身するために使ってたアイテムだった。老朽化で酷い事になってるが、一応まだ使えるとは聞いていた。
「お前の親として、やれる事はやってきたつもりだった。だが最低限じゃ駄目だと気づいた頃には、お前はもう俺より大人の顔をしていた」
「父さんは、父さんのままでいいから。いつまでも、俺のヒーローでいてください」
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
ありえないほどの速度で自転車を飛ばしてって、十分足らずで世田谷についた。だが街は、随分と酷い有様だった。
だが、たかが十分。されど十分だ。
怪人のような超常的な存在は、十分もあれば街一つ壊滅出来る。トルギスのような強い存在であれば、ヒーローと戦闘しながらでも可能であろう。
「ミナスさん、救助をお願い」
「……君は?」
「終わらせるよ。ここで」
「分かった。行ってらっしゃい」
張り詰めた空気が、頬をヒリヒリとさせる。
激しく音を立てながらビルは倒れ、潰されたヒーローをミナスさんが助けるのを確認しつつ、俺は音の聞こえる場所へと向かった。
「……最後に、もう一度聞きます。私の仲間になってくれませんか? 私には、貴方しかいないんです」
「……思い出したよ。元々あんたは、子供の俺を育ててくれた事があった。《ヴィツィオ》の首領秘書って所か」
「あの時からずっと、輝いてた貴方を見ていた。同じ怪人として、貴方とだったら同じ景色が……同じ世界が見えるんだと信じてました」
「俺は、変わるよ……いや、最初から変わっていないのかも。俺は人の善性を、信じ続けたい。何が変わっても、変えても、それだけは変わってない」
「やはり……無理でしたか。残念です」
人の善性を信じ続けるのは変わらない。なら、俺は何を変えるのか。変わったのか。それを今一度、俺本人に問いかけてみる。
いつか、夢を見ていた。
俺が小さい頃、一人ぼっちで遊んだ公園。そんな時、二人の姉妹と男の子が遊びに来て一緒に遊んでくれた。
しばらくして、俺達の前に《ヴィツィオ》残党が現れた。俺は、勇気を振り絞ってそいつの前に立ち塞がった。
ただのヒーローの見様見真似だった。
だけどそいつは、俺を見るとすぐに逃げて行った。俺が首領の息子だと気づいたのかもしれない。
ほぼほぼ首領の息子というのに助けられてるけど、多分初めて何かを守れた瞬間だったはずだ。
「そうだ。俺は、変わってしまったんだ。怪人と人間の狭間で葛藤してる間に、大切なものを守りたいという心を」
いつかは持っていたものを、いつか忘れてしまった。
どれだけ焦がれ堕ちても、また諦めずに手を伸ばせばいい。回帰する。俺はもう、二度と諦めない。
なら変わるのは、変えるのは、人と怪の狭間で言い訳を続けた自分自身だ。
俺は人として生きる……もう狭間で彷徨わないように。
「さあ始めよう……変身‼︎」
何か別の存在に変わるのを変身というのなら、まだ俺は変身し終わっていない。
「さあ、決着をつけるぞ‼︎」
怪人を倒すのも……ヒーローだろうから。
ちゃんと決着つけないと、自分は変われたって言えないのなんか妙に律儀ですよね。
変な真面目さというか。




