第80話 乙女心
みんな、俺たちのために駆けつけてくれた。
旅の疲れもあるだろうからひとまず、
仮拠点の屋敷を増設して休息をとってもらう。
……スターナはあれから口を利いてくれなくなった。
チャンク抜けで《《裏世界》》から出られなくなったんだから、仕方ないじゃん。
魔剣ヨグ=ソートスでも、外に出ることはできなかったのに、スターナの拳で透明な壁が開通した理由はよく分からない。
このバグまみれの世界に理屈を求めたところで、
俺たちに分かる筈もなかった。
「はぁ……」
テラスの柵に肘をつき、昼夜すら分からない魔界の空にため息を飛ばす。
「青年、若いうちはたくさん悩むといい」
見たくもない顔が隣に立っていた。
「おっさん……
スターナは、どうすれば許してくれるかな?」
「スターナちゃんは別に怒ってないさ」
「そうなのか? なら、なんで無視されんだよ」
「ま、乙女心ってやつさ」
こいつが何を言っているのかよく分からないが、
ここは俺より人生経験豊富なおっさんに頼るしかなかった。
「おっさん……何か秘策はないか?」
「仕方ない……ここはおっさんが一肌脱いであげようじゃないの」
「おおっ!
さすがおっさん、伊達に齢食っているわけじゃないのな」
「ダイチくんはあれだね……言い回しが絶望的に終わっているね。これは、スターナちゃんも怒るわけだ」
「そんなこと言われても……」
正直、自分では何が悪いか分からなかった。
「そうだね。そこを一朝一夕で直すのは難しい。
手っ取り早い仲直りの方法は、贈り物とともに一途さと誠実さを持って謝罪するといい」
「贈り物? でも、ここいらに店なんてないぜ?」
「青年は、時々鈍いねぇ。
君にしかできないことがあるじゃないか」
おっさんが流し目で微笑む。
「俺にしかできないこと……」
「そうか、わかった! さっそく試してみるよ!」
「ふっ、青年のいいところは素直で思い切りのいいところだ」
「おっさん、ありがとな!」
「なに、これで少しでも借りを返せれば安いもんさ」
「借りなんてあったか?」
「……それもキミの良さの一つだったね」
おっさんに別れを告げて、
小走りにスターナの部屋へ向かった。
思い立ったら吉日。
俺はさっそくクラフトメニューを開き、お目当てのモノを作成してスターナの部屋をノックする。
「スターナ……俺だ……」
「……」
部屋の中から人の気配はする……でも、返事はなかった。
「スターナ……入るよ……」
扉を開けると、スターナがベッドの上で布団に包まっていた。
「スターナ……助けに来てくれてありがとう」
スターナが来なければ俺たちは永久に《《裏世界》》に閉じ込められたままだった。
「……」
「スターナ心配させてごめん」
床に両膝をつき土下座した。
どうしたら誠意が伝わるかなんてわからない。
でも、これが今できる精一杯の謝罪だ。
❇
どれだけ時間が経ったか分からない。
スターナが寝ているか起きているかも……
ランタンに照らされた薄明かりの中、スターナの布団が動いた。
「ダイチ……もういいよ……私の方こそ意固地になってごめん……ダイチは悪くないよ」
「本当にごめん……」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「っつ……」
やばいっ、足が痺れて思うように立ち上がれない!
バランスを崩した俺は、そのままスターナをベッドの上に押し倒した。
スターナの青紫の瞳が、ランタンの明かりを受けてかすかに潤む。
「わりぃ」
彼女の上からどこうとした時、スターナに服の袖を引っ張られる。
ん……勢いのままに唇が重なった。
スターナは服の袖を離してくれなかった。
俺も彼女の体温に体を預け、そのまま抱きしめた。
二人はそのまま言葉もなく寄り添った。
❇
翌朝――隣にはスターナが静かに寝息を立てていた。
彼女の前髪をそっとかき分ける。
俺のことをこんなに心配してくれるのはスターナだけだ。
いや……本当は色んな人から好意を向けられていたのかもしれない。
かつての俺は人からの視線を避けていた。
自分を好きになる人なんていなかったから。
俺に向けられたのは嫌悪感……無関心……皮肉……だけだった。
この世界に来て、俺への好意はシステム上のものだとばかり思っていた。
でも、スターナは補正抜きでも俺のことを見てくれる。
今、わかった。
俺……スターナのことが好きだ。
「スターナ……愛している……」
まだ、夢の中の彼女に向けて告白する。
実際に対面したら、俺は想いを伝えられないだろう。
「ふっ……」
彼女の頬がかすかに緩んだ。
「私もだよ」
「えっ……スターナ、起きてたの?」
「うん……もう少し、ダイチの隣で寝ていたかったから……」
「スターナ……昨晩は渡しそびれたけど……これ……」
俺はリボンでラッピングしたプレゼントを手渡す。
俺のクラフトできる物で一番スターナに似合うと思ったから……
「えっ、ありがとう。開けてもいい?」
「ああ」
彼女は体を起こして、ベッドの上で丁寧にリボンを解く。
彼女の喜ぶ顔が容易に想像できて、俺の頬は緩みっぱなしだった。
スターナは中のプレゼントを取り出し、広げた。
「ダイチ……これ何?」
想像に反して彼女の顔が引きつっている。
「えっ……見てわかんない?」
薄ピンクにレースの布地。
朝日に透ける薄ピンクのレースの下着がスターナの手に広げられていた。
「ダイチ、一応言い訳を聞いてあげるわ。
なんで下着なの?」
「えっ……か、可愛いだろ?
俺のクラフトできる中では最高級の素材だったんだよ!
市場に出回れば800万円の価値はあるぜ?」
「ダイチの……バカっ!」
「いだっ!」
俺の頬に熱が走る。
スターナにビンタされたのだと遅れて気づいた。
女心は難しい。
くそっ、おっさんに騙された。
贈り物と誠実さだけじゃ、どうにもならないじゃないか。
せっかくいい雰囲気だったのに。
スターナの部屋から追い出された俺は、泣きながら自分の部屋に戻った。




