第76話 雪は静かに降る
雪か……夜空を見上げると月明かりに反射して、星々が落ちてきたような錯覚に陥る。
季節の存在しないこの世界で雪が降るということは、マナが枯れてきているということ。
ナージャ王女が王都から消え、魔王となってから、
早くも一ヶ月が経とうとしていた。
窓枠に手をかけ、これからの道筋を思案する。
「ダイチ……」
スターナの冷えた手が俺の手の上に重なる。
「ナージャ王女を連れ戻した方がよさそうだな」
「でも、魔王になったんだよ?
連れ戻せても……王城ではさすがに暮らせないよね」
「なら、《《ここで》》一緒に住めばいいさ」
「また、簡単にそんなこと言って、
ダイチ……手を出さない?」
スターナの目線が窓外の暗い路地へと落ちる。
「俺からは手を出さないよ。
ただ、ナージャ王女が噛みついてくるかもな」
冗談交じりに笑ってみせる。
「もう……そんなことばっか言って。
……ほら、寒いから窓を閉めて……そろそろ、寝ようよ」
スターナは指先が隠れるほどの長めのセーターの袖を垂らし、俺の裾を引っ張る。
スターナと寝るのは久しぶりだ。
ようやく好感度が回復してきたかな。
冷えた空気から逃げるように二人でベッドの中に潜り込む。
言いしれぬ不安感とともに彼女を抱きしめた。
❇
【チャプター8-3 王】
翌朝、俺の決意に呼応するようにストーリーが進行する。
【魔界へのルートを開拓せよ】
※パーティー制限はありません。
――皆を集め、屋敷の長机を囲み、神妙な面持ちで互いに視線を交わす。
「俺はナージャ王女を連れ戻しに魔界に行く。
以前、俺とミスティは床抜けバグで、魔界に到達したことがある。一度訪れた地点であれば、俺のヨグ=ソートスで飛べる」
「魔界か……妾はもう行きたくはないが……」
排泄物まみれになったミスティからすれば、あまり良い思い出はないだろう。
「強制はしないが、レメリアには同行してほしい。
魔界で魔王軍幹部を務めていたんだ。
生きた案内人がいるのは心強い」
「私は構わないが、リリムは置いていってほしい」
「ママ、みんな行くならリリムも行くっ!」
「ダメだ!」
レメリアの怒声にリリムの肩がビクッと震える。
……レメリアの様子を察するに魔界はやはり並大抵の土地ではないということだ。
それに、パーティー制限がないってのは、裏を返せばそれだけ高難易度ってことでもある。
ファフニール戦みたいにデス制限がある可能性も否定できない。死んでもリスポーンできる保証はない。
「リリムちゃんとスタちゃんは、
私とお留守番してようね」
アーシャさんが柔和に間を取り持つ。
「ダイチが行くなら私も行くから!」
スターナがアーシャさんに食い下がる。
「スターナ……もし、再びキミを喪うようなことがあるなら……俺は……」
「スターナさん。ダイチ様には私が付いています。あなたがいなくても差し支えありません」
シルがキッとスターナを睨む。
「あらら、バチバチだあ」
場を和ませようとしたのか、メルフィーが茶化す。
「なら、俺とレメリア、シルにメルフィーで決まりだな」
「ダメよ!」
バンッとスターナが勢いよく机を叩き立ち上がる。
「危ないんでしょ?
なおさらみんなで行かないと!」
「スタちゃん……」
「このままだと埒が明かない。
ダイチがリーダーだ。お前が決めろ」
レメリアの赤い瞳が、情けない俺の顔を映す。
「わかった。参加希望者は……明朝……屋敷前に集合してくれ。各自、自己責任だ」
全員が決定を飲み込めていないのは、表情で分かった。特に、レメリアとアーシャさんは気が気じゃないだろう。
❇
――翌朝、ミスティとレメリア、シル、メルフィーを従え、屋敷の前で最後の支度を整える。
「梓……損な役回りをさせちまったな」
「ううん。別にいいわよ……」
梓は青髪を耳にかけて軽く微笑む。
「スタちゃんとリリムちゃん……起きたら怒るわよね」
アーシャさんがため息混じりに屋敷の中に視線を向ける。
梓の魔法で、リリムとスターナを眠らせてもらった。
「まあ、私が怒られてあげるから、早くナージャ王女を連れ戻してきなさい」
梓らしい、激励だな。
「さあ、そろそろ発つぞ」
レメリアに背中を叩かれ、魔剣を召喚する。
「ああ、行くぞ!」
俺はヨグ=ソートスを振り、魔界へと飛んだ。
❇
――その後、ダイチ一行は消息を絶った。




