第73話 夜の帳
「スタちゃん、ただいま……」
「ママ、おかえり!」
離婚の件を知らないスターナは普段通りアーシャさん迎え入れる。
「アーシャ、久々だな!」
「ふふ、ミスティちゃんもただいま」
「シルヴィアと申します……」
「メルフィーです」
シルとメルフィーはそろって気まずそうに頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくていいわよ。
さっそくご飯にしましょうか」
アーシャさんは腕まくりをして、さっそくキッチンに立つ。
その間に、スターナとミスティにはそれとなく離婚の話を伝えた。
「結婚って大変なのね……」
ため息をつくスターナのとなりで、ミスティはしたり顔で頷く。
「うむ……愛とはままならぬものよ」
俺自身も結婚への憧れなんてない。
というか、彼女すらできたことないのに……想像すらできなかった。
でも、バグオラの婚姻システムってのは、意外と悪くないのかもしれない。
打算や駆け引きがなく、純粋に互いの好感度で結ばれるなら、それはそれで幸せなことなのかもしれない。
❇
「今日はクリームシチューよ!」
甘くミルキーな香りが湯気とともに鼻腔をくすぐる。
「わあ! アーシャ様、料理が得意なのですね」
シルが両手を合わせて目を輝かせている。
「シルヴィアさんはお料理はされないの?」
「はい……騎士の家系でして、武と礼節以外は人並み以下なのです」
「へぇ、シルって騎士だったのな」
俺の言葉にシルが横目で睨む。
「私に興味がないダイチ様は、私の素性など覚えていませんものね!」
「うっ……」
シルのやつが一番、先日の一件を引きずってんな。
「ダイチ様、シルは根に持つタイプだから、どこかでフォローを入れた方が……」
メルフィーがそっと耳打ちする。
「てか、元はといえばお前が余計なことを漏らしたせいだろ」
俺はメルフィーの足をぐりぐりと踏みつける。
「いだだだだ……ダイチ様、ごめんってば……」
「ダイチ、食事中に目の前でイチャイチャされては、気になって敵わん。のう、スターナ?」
ミスティがスターナに目配せをする。
「私は……別に……」
なんか、好感度が下がったせいか、俺への風当たりが強い気がする。
俺はみんなのことが大好きなのに……辛い。
「ふふ、なんかしばらく見ないうちに面白いことになっているわね」
アーシャさんがイタズラな笑みを浮かべる。
❇
夜は更け――好感度が下がりきった俺は一人で寝ていた。
ガチャ――
扉が開き、ヒタヒタと足音が近づいてくる。
おぼろげに人の気配を感じるも、睡魔が勝って誰が来たかは確認できなかった。
温かい……背中に温もりが触れる。
誰だ……?
いや、このサイズ的にスターナじゃないな。
誰よりも大きい……もしかして……
「アーシャさん?」
「ごめんね。起こしちゃったね。
一人で寝るの久々だったから……なかなか寝つけなくて……」
「アーシャさんならいつでも大歓迎ですよ」
「ダイチさん……少し見ないうちに逞しくなりましたね」
アーシャさんの指が、俺の背中をそっとなぞる。
「くすぐったいですよ」
「ふふ、ごめんなさいね。
久々にいたずらしたくなっちゃって」
アーシャさんの吐息が、俺の首筋をほんのり濡らす。
「アーシャさん……カーリンとは、これでよかったの?」
「……今は、話したくないわ……」
無遠慮な質問だったか。
「ごめん」
「ううん。いいのよ。
私のことより、ダイチさん……ロザリアちゃんのこと、聞いたわよ。連れ戻さなくていいの?」
「ああ、ロザリアちゃんが選んだ道だ。
俺が阻むわけにはいかないよ」
「うんうん。大人になりましたね」
そう言いつつもアーシャさんは、俺の頭を撫で、子ども扱いをする。
俺は振り向き、アーシャさんと視線が重なる。
合わせ鏡のように互いの瞳を映す。
「……ダイチさん……」
アーシャさんは目を閉じた。
薄暗くてよく見えないが、彼女の唇がかすかに震えている気がする。
これ……いいんだよな?
「アーシャさん……いいんですか?」
彼女は目を瞑ったまま微笑む。
「そういうのは確認しちゃダメなんですよ」
俺はそっと唇を近づけた。
ガタッ! ガタッ! ガタッ!
「きゃっ!」
突然、ベッドが大きく揺れた。
「なんだ、地震か?」
二人で慌てて飛び起きたが、揺れている様子はない……。
「ごめんなさいね。
なんか、私、変になってたみたい……」
ネグリジェ姿のアーシャさんが、そのまま体を隠すようにして、部屋から出ていってしまった。
「あっ……」
俺は去りゆく彼女に手を伸ばすが……届かなかった。
「はぁ……」
誰もいない部屋で、ため息だけがやけに大きく聞こえた。
それにしてもさっきの揺れ、何だったんだ?
今までこんなことなかったのに……。
起き上がり、ベッドに異常がないか、薄暗いなか見渡す。
暗くてよく見えないけど、ベッドの足も破損はしていない。
軽く揺らしてみたが、傾いていたり、特に異常は無いように見える。
耐久値もまだあるしな……念の為クラフトしなおすか。
クラフト→解体→シングルベッド作成
一瞬だけベッドを解体して新たにクラフトし直した。
えっ……かすかな違和感が俺の視界に残像として残る。
解体したわずかな時間……ありえないモノが……映り込んだ気がする。
俺は恐る恐るベッドの下を覗き込む。
闇夜に輝く、白銀の双眸。
「うわっ!?」
ぬるりとベッドの下から彼女が這い出てきた。
「シル……いつからそこに?」
「いつからですか……《《ずっと》》……ですよ」
「ひっ……」
思わず情けない悲鳴が漏れる。
「ダイチ様が、先日ミスティ様を部屋に連れ込んでいたので、万が一に備え、あの日から毎晩ここで寝泊まりをしております」
それが、何に対しての万が一なのか、俺には分からなかった。
「その……シル……せっかくだから隣で寝るか?」
「それはアーシャ様との行為がうまくいかなかったので、私で代替しようという腹づもりですか?」
「そ、そんなわけ……」
ないとも言い切れなかった。
俺の唇は未だに人の温もりを求めて、乾いている。
「誰かの代わりは嫌です……」
シルは当然のように再びベッドの下に潜り込み息を潜めた。
こんなの……怖くて眠れない……。
彼女の気持ちは俺には理解できなかった。




