第72話 秘訣
俺はまだまだ甘かった。
このままじゃ俺はダメだ……彼女すらできたことのない俺が所帯を持とうなんて。
結婚という壁が絶望となって立ちはだかる。
ここは先人たちに師事を仰ぐべきだ。
今まで避けていた。
アーシャさんを奪われた劣等感、喪失感から……俺は二人を敬遠していたのかもしれない。
アーシャさんが結婚して、初めて二人の新居を訪れた。
この国ならどこにでもあるような、二階建ての西洋風の建物。
白基調とした石壁に緋色の鮮やかな色彩を放つ屋根。
庭には花や野菜が植えられていた。
綺麗に整えられた花壇は家主の性格を体現しているようだった。
ふぅ……ノックしようとするが、思わず手が止まる。
震える拳を握り締めて樫の扉を叩く。
「どちら様……ん?」
そこには奴が立っていた。
「カーリン……久しぶりだな」
「おおっ、ダイチ殿……久しいな。
アーシャなら今出ているぞ。今日は如何様で?」
アーシャさんはいないのか……。
いや、この際アーシャさんを射止めたカーリンから話を訊くのも大事だな。
「カーリン!
あなたを一人の男として、頼みがあります!」
こいつに頭を下げるのは屈辱だが……プライドだけで結婚どころか彼女すらできねえ。
「ふむ。とりあえず立ち話もなんだ。入りたまえ」
❇
カーリンとテーブルを挟んで向かい合う。
昨日の経緯を掻い摘んで説明する。
「なるほど……結婚をして、好感度を維持するには……か。分かった。話を聞く限りダイチ殿はボロさえ出さなければ、好感度は高いのだろう?
それを維持する方法を学ぶ方が早い」
「確かに」
「いいか、結婚とはいかにイニシアチブを握るかが大事だ。隙を見せたら、相手をつけ上がらせてしまう」
「ふむふむ――というと?」
「まずは、こっちから相手の顔や機嫌を窺うな。強気に一方的に命令して、従わせろ」
「それが、通じなかったら?」
「夫の地位がいかに高いか懇々《こんこん》相手に説き、自分と結婚できていることがいかに幸せかを理解させるんだ」
「俺……地位なんて……何もないけど……」
「大丈夫だ。その場合でも、相手よりも優れている部分を押し通せ。相手のできないところを突き、そこを責めるのだ。ダイチ殿なら大丈夫だ。英雄という称号は何よりのステータスだ」
「なるほど。相手を下げて、相対的に自分をよく見せるってことだな」
「そういうことだ。
もうすぐアーシャが帰ってくる。私が見本を見せてよう」
「ありがとうございます! カーリン師匠!」
目から鱗だ。結婚とは一種の決闘――永遠の死闘なんだな。
❇
「ただいまー……あら、ダイチさん?
いらしてたのね」
アーシャさんは相変わらず綺麗だ。
流れ星のような金髪に慈母のような微笑み。
未だ衰えない彼女の輝きに思わず目を奪われてしまう。
「おい、アーシャ! 今朝の朝食どういう了見だ?主菜以外に副菜を三品作るだけではダメだ。質も担保して初めて役割をこなしたといえる」
「……はい」
アーシャさんが力なく返事をする。
これがイニシアチブってやつか。
「それに、部屋が汚れているぞ!」
「申し訳ございません……」
アーシャさんの声のトーンが以前より低い気はするが、二つ返事で従っている。
さすが、師匠……やっぱり結婚できる男は違うな。
「……ったく、使えない奴だ。そんなんだから人としても魔術師としても半端者なのだ。少しは私を見習うといい。私は先日も、王女から栄誉賞をいただいたのだぞ?」
これが相手を下げて、自分の地位を誇示するってやつか。
「はい……」
【アーシャからカーリンへの好感度が減少し30%を切りました。好感度が不足しているため離婚が成立しました】
「「えっ……」」
カーリンと俺の声が重なる。
「カーリンさん。今まで我慢してきましたが、あなたとはもうやっていけません。ダイチさん、一緒に《《我が家》》に帰りましょうか?」
「あ、ああ」
状況を飲み込めず、短い返事を返すことしかできなかった。
「アーシャ、何を言う……お前の家はここではないか?」
「カーリンさん。あなたと私はもう、《《他人》》です。気安く話しかけないでいただけますか?」
「アーシャ、待ってくれ……私が悪かった。
私を見捨てないでくれ……」
「大丈夫ですよ。あなたとの婚姻は解消されましたが、同じギルドメンバーです。これからは、仲間として、あなたを支えますよ」
アーシャさんは笑顔を保ったままだったが……目の奥は笑っていなかった。
俺はアーシャさんに手を引かれながら、愛が壊れる瞬間を目の当たりにした。
カーリン……もしかして、お前は俺のために反面教師を演じてくれていたのか……
すまない。お前の犠牲を無駄にはしないから。
俺は唇を噛み締め、アーシャさんとともに、家を後にした。




