第70話 めしうま
二階の窓枠から街路を見下ろすと、黒い影が朝から晩まで揺れていた。
……“番人”が、俺を出待ちしている。
これが、美少女ならどんなに嬉しいか。
……幸か不幸か他の仲間には番人が見えておらず、触れることすらできない。
なぜか家の中には入ってこられないみたいだが、
このままだと家から出ることすらできない。
皮肉なもんだ。
前世では意地でも家から出たくない引きこもりだったのに……出たくても出れなくなるとは。
家から家へとファストトラベルはできるが、どうしたものか。
ひとまず、王都で一番の戦力に相談するか。
俺は魔剣ヨグ=ソトースでレメリアとリリムの自宅へ飛んだ。
「うおっ!? なんだ……ダイチか……」
家の中に突然現れた俺を見て、レメリアが一瞬、目を見開く。
「お邪魔してます」
「うおー! ダイチー!」
リリムがいつものように飛び込んできた。
――窓の外に視線を向ける。
……やっぱり、《《いる》》な……“番人”が窓の外から家の中を覗き込んでいた。
フードで顔は隠れ、人の顔をしているのかすら分からない。
「なんだ、こいつは……」
「レメリア……見えるのか?」
「ああ……」
「二人とも何を言ってんのさ?」
リリムには見えていない。
どういうことだ?
「たぶん、こいつは……魔族だ……」
「レメリアは何で見えるんだ?」
「私は、魔王軍幹部になり、魔人の力を得ている……そのため魔族の血が混じっている」
「それが、関係していると……」
番人の素性がわかったところでどうしようもない。
レメリアでもレベル差がありすぎて倒せないだろう。
というか、そもそもこの“番人”は倒せるように設計されていない。
よくあるチートを扱う者にゲームをプレイさせないための仕様だろう。
ともかく、小難しいことを考えても仕方がない。
「リリム!」
「うむ!」
「遊ぶぞ!」
「イヤッホー!」
俺とリリムは久しぶりにじゃれ合っていた。
「……ったく、こんな状況だったのに呑気だな」
レメリアがため息とともに頭を抱える。
「レメリア、腹減った。
早くまずい飯を作ってくれよ」
「はぁ? 誰の飯がまずいって?」
レメリアの額に血管が浮かぶ。
「確かに、ママの飯――まずい」
「ほらみろ、愛娘が涙の告発をしているぞ」
「おい、リリム、そんなに言うなら、ご飯作ってやらないぞ」
「ママ、冗談だって! 許して!」
リリムがレメリアに飛びつく。
「はぁ……ったく……」
レメリアはため息をついていたが、
その表情は満更でもなさそうだった。
……やっぱり、親子っていいな。
❇
レメリアの焦げた炒飯が机に並べられる。
レメリアの料理は、とにかく火力が強い。
刺し身、サラダ、ユッケなど
なまもの全般に火を通す。汁物は汁が蒸発し具材の炒め物になるほどだ。
調理はすべて強火で、しっかり目に焼き色というか、炭火焼きにするというか……そういうタイプのメシマズだ。
「いただきまーす!
ぐっ……苦い……」
焦げすぎて、炭を食っているみたいだ。
「にゃははは、ダイチ、おもろっ!」
俺の苦悶の表情を見てリリムが爆笑している。
「お前ら、人が作った炒飯で遊ぶな!
ったく……こんなに美味しいのに……」
レメリアが真っ黒な炒飯を頬張る中、
視界の端に違和感を感じる。
ふと、窓を見ると、浅黒い肌に灰色の髪の少女が、よだれを垂らしながら、窓ガラスに張り付いていた。
視線は明らかに炒飯に釘付けになっていた。
こいつ……番人だよな……集中するあまり、フードが脱げているのに気づいていない。
フードの中身は厳ついおっさんを想像していたから、拍子抜けというかなんというか。
「レメリア……あれ、どう思う?」
「ええっと……お腹空いてんじゃない?」
「まあ、そう見えるよな」
俺は残りの炒飯を持って窓を空けた。
「おい、大丈夫なのか?」
「ああ、こいつ、なぜか家の中まで手出しはできないみたいだから」
俺は炒飯の乗った皿を番人に見せつける。
「食べたいか?」
謎の少女は、無言で何度も頷く。
「ほらよ」
炒飯をスプーンですくい、彼女の口元に差し出した。
番人はあーんと口を開ける。
ギザギザの刃が視界いっぱいに広がる。
「あーん」
俺は彼女にあげると見せかけ、自分の口に炒飯を運んだ。
「むっきぃぃぃぃ!」
“番人”が外で地団駄を踏んでいる。
「ふっ、番人とやらも大したことないな」
こいつには2回殺された恨みがある。
「ダイチ、誰と遊んでいるのだ?」
「リリム、外にお化けがいるんだよ」
「ひっ! お化け……」
「大丈夫だ。その魔除けの炒飯を窓に差し出してみ?」
「おい! 誰の炒飯が魔除けだって?」
レメリアのツッコみをスルーして、リリムは恐る恐る炒飯の皿を窓の外に、差し出す。
――一瞬だった。
“番人”が勢いよくリリムの皿を奪い取る。
「ひぃっ! ホントだ! お化けがいる!」
見えないリリムからしたら、完全に恐怖体験だよな。
番人はお皿を両手で持ち、口を直接皿に近付け、焦げた炒飯を貪る。
「ふげっ!」
番人は白目を剥いて、その場に崩れ落ちた。
よほど、まずかったのだろう。
【番人を撃破しました】
「よしっ、さすが退魔の炒飯!」
「ダイチ……さすがの私も……泣くぞ?」
なんとか番人を撃退したが、レメリアの心傷は深いだろう。




