第69話 代償
「ぬし様……いつまで妾を抱きしめてるのだ」
「一生離さない」
「それに、泣きながらはやめてくれ、ドレスに鼻水が付くではないか」
ベッドの上で、ミスティの温もりを肌で感じる。
喪っていたことすら忘れていた。
それが、こんなにも恐ろしいことだとは……。
難易度変更のログなんて正直どうでもよかった。
今は、ミスティがここにいることが全てだった。
「まったく、仕方のないやつだの」
ミスティはため息をつきながら、俺の頭を撫でてくれた。
「ミスティ……もう、どこにも行かないでくれ」
「ぬし様、それ以上はやめてくれ。妾のことを好きでもないのに……」
「何を言う、ミスティのこと、大好きだぞ」
「なら、結婚できるのか?」
「う……結婚……?」
話が飛躍しすぎていないか?
「ぬし様は、やはり勇者と同じだ。妾は裏切りは許さぬ。だから、その気もないのに惑わすようなことはよすのだ。ぬし様にはスターナもリリムも、あのシルヴィアとかいう者もおるではないか」
「別に誰とも付き合ってないしなあ。
それに、この世界って一夫多妻制なんだよな?
全員、俺の嫁じゃだめなのか?」
「それは、ここ数百年の話だ。妾が生きていた千年前はそのような婚姻制度はなかったぞ」
「時代に合わせないと、お婆ちゃん」
「やっぱり、ぬし様は嫌いだ!
勇者と一緒でデリカシーもないし!」
「でも、その勇者をミスティは一度は好きになったんだろ?」
「むっ、むきぃぃぃぃ!」
ミスティがとうとう暴れ出した。
「ふっ、レベルは圧倒的に差があるが、物理ステータスでいえば、俺とミスティはさして変わらない。無駄な抵抗はやめることだ」
「はなせー! はなせー!」
ミスティのつんざくような悲鳴が屋敷中に響き渡る。
「ダイチ様! 何事ですか!」
部屋の外で、シルが扉を激しく叩いている。
まずい!
クラフト:鉄の扉(鍵付き)
冷たく閉ざされた鉄の扉でシルの侵入を防ぐ。
「ちょっと、ダイチ様!
これは……どういうことですか!」
「シル! 今はミスティとのイチャイチャタイムだ。邪魔しないでくれ!」
「こらっ! ぬし様、適当なことを言うでない!」
「そんなの、このシルヴィアが許しません!」
なんか、扉の外からけたたましい金属音が響いている。
……シルヴィアのやつロングソードで壊そうとしてないか?
まあいい。
それを無視して、ミスティを落としにかかる。
「ミスティ……俺のこと嫌いか?」
「むぅ、そういうわけではないが……」
ガキン!
とうとう鉄の扉が不協和音を奏でながら崩れ落ちた。
「ふしゃー! ふしゃー!」
そこには獰猛な獣のような息を漏らす、シルヴィアが仁王立ちしていた。
まずい!
俺は、慌てて窓を開き外に飛び降りた。
「あっ、ダイチ様! 待ちなさい!」
シルヴィアの声が背後に響く。
とりあえず、梓のところにでも逃げるか。
久々に彼女に会いに行こうと思ったら、視界の端に黒い影がよぎる。
「えっ?」
黒いローブで全身を覆い隠した何かがそこに立っていた。
手には錆びた剣が握られ、顔を覆い隠したフードの奥には、暗い虚無が広がっていた。
なんだこいつ……敵か?
そいつはゆっくりと俺に歩み寄ってくる。
ステータスを確認する。
プレイヤー名:番人
レベル999999
HP ????????? МP?????????
物理 ????????? 魔法?????????
防御 ????????? 速度?????????
たぶんやばい!
本能がそう告げていた。
スッ――
黒い影が俺の顔を覗き込む。
「ぐっ……」
それは一瞬だった。
気づけば、胸に錆びた剣を突き立てられていた。
❇
「はぁはぁはぁ……」
ベッドでリスポーンするとミスティとシルが心配そうに俺を覗き込んでいた。
「ぬし様……今、何に殺されたのだ?」
「二階から見ていましたけど、ダイチ様が突然倒れてそのまま死亡していました……二階からの落下ダメージですか?」
どんだけ軟弱なんだよとツッコみたくなったが、今はそれどころではない……もしかして、あれがmod対策の敵なのか?
二階から下を覗くと、あいつは玄関の前で立ちつくしていた。
俺に気づくと、黒い影は二階の窓を見上げた。
真っ暗で何も見えない顔……それなのに、じっとりとまとわりつくような視線を感じる。
あいつの標的は明らかに俺だ。
「くっ……」
家には入ってこないようだけど、このままじゃストーリーどころじゃない。
“魔剣ヨグ=ソトース”
俺は時空の狭間に入り、王都周辺の森の中にファストトラベルする。
「なんで……ここにもいるんだよ」
黒い影はそこにいた。
まるで俺の移動に合わせて待ち構えるように……。
「ぶっ飛べぇ!」
“次元斬”
次元の狭間で番人を飛ばそうと試みる。
「なんなんだよ、お前は!」
番人は周囲の空間を掴むようにして、狭間に吸い込まれる力に抗う。
バキッ!
「嘘だろ……」
空間を掴み、この場に留まった。
そして、片手で次元の裂け目を掴み、引き寄せるようにして閉じた。
「うぁぁぁぁぁ!」
剣で斬りかかるが、魔剣ヨグ=ソトースが弾かれ、空に舞う。
「ぐっ……」
再び心臓に錆びた剣が食い込む――。
❇
「ダイチ様!」
シルがベッドの上で俺を抱きしめている。
「シル……筋肉痛なんだ。あんまり抱きしめると痛い……」
「あ、申し訳ございません」
「どうすればいいんだ」
ここに来て、俺は再び家から出られなくなってしまった。




