第64話 選択
「若様……」
「おっ、シノメ! 元気そうでよかった!」
おっさんは、あの時のことなんてなかったように、軽く手を上げる。
「……」
シノメちゃんは口を一文字に閉ざす。
「貴様!」
シルがロングソードを抜き、
俺を庇うように前に出る。
「ちょい待ちって!
俺っちもこんな往来で事を構える気はないわよ」
おっさんは飄々とした態度で手を振る。
「俺の仲間は?」
俺も魔剣ヨグ=ソトースを抜き、シルの隣に並ぶ。
「はぁ、これだから若人は余裕がなくて嫌だねえ。
青年の仲間たちはカーリア組に捕らえられているぜ」
「えっ、あの時逃げられたんじゃないのか?」
「くくく……俺っちが焚き付けて乗り込ませた」
「お前……どこまでも……」
我慢できなかった。気づけば、前に踏み出し、おっさんの頬を殴りつけていた。
俺のへなちょこパンチなんて、簡単にかわせるだろうに、おっさんは避けなかった。
「ストーリー外で殺しても意味ないぜ?」
おっさんは笑ってはいたが、琥珀色の目の奥は虚ろに沈んでいた。
「おとりこみちゅーのとこ、悪いんだけど、結局、オルヴィエート藩主は何が目的なのさ?」
ここまで、様子を見ていたメルフィーが間に入る。
「俺っちの目的は変わらない。
元の世界に帰ることだ」
「元の世界だと……?」
シルやメルフィー……シノメちゃんにその話をしても、訳が分からないだろう。
俺の横を風が通り抜けた。
「若様……!」
シノメちゃんが、おっさんを抱きしめた。
「私を……このシノメを置いて行かないでください!」
嗚咽を漏らし、彼女はおっさんの服を掴んだ。
これまで冷遇されていたのに……これが、主人公補正のせいだなんて思いたくなかった。
いや、今は俺もいるから、補正は相殺されているはず。
シノメちゃんはそんなものがなくなって、
おっさんを選んだんだ。
……少しだけ、胸の奥が軋んだ。
おっさんは横にだらりと垂らした手をシノメちゃんの頭の上まで持っていった……。
一瞬、おっさんの瞳が揺れる。
おっさんは――再び手を下ろした。
「シノメ……先刻のような命令違反は許さない。
《《私》》とダイチ……どちらか選べ」
おっさんは一人称を素に戻した。
その言葉は本音だ……そう、信じたい。
「シノメちゃん……」
彼女に手を伸ばす。
俺だって、おっさんには負けたくない。
今まで誰からも選ばれなかった。
だから……せめて、シノメちゃんだけでも、俺を選んで欲しい。
情けない……思わず自嘲する。
シノメちゃんは一瞬、俺の目を見た……。
その時わかった。彼女はもう選んだんだと。
シノメちゃんはおっさんの服を握り締めて離さなかった。
「シノメ、お前の本心はわかった。ありがとう」
おっさんは、シノメちゃんの小さな肩を掴みそっと引き離した。
「若様……すみません……」
シノメちゃんは冷静になったのか、
気恥ずかしそうにおっさんの背後についた。
俺は差し出した手をいつ仕舞えばいいか分からなくなっていた。
「まったく……ダイチ様は……。
想い人が目の前で、別の女の尻を追っかけているのを見せられる私の身にもなってください」
シルは俺の手を掴み、そっと下ろしてくれた。
「私からの用件は一つ……仲間の命を助けてほしければ、ダイチの命を差し出せ。約束してくれれば、カーリア組からの仲間の救出を手伝ってやる」
「「断る!」」
シルとメルフィーは俺の意見も聞かずに、おっさんの取引を撥ねつける。
まったく、うちの女性陣は気が強いのが多くて困る。
「頭の硬いおっさんに俺からも提案だ。
この世界の攻略ルートは複数存在する。
だから、何も俺を殺すルートだけじゃないぜ」
「ふっ、出任せにしては随分手が込んでいるな」
「俺は、おっさんと違って嘘はつかないからな。信じようが信じまいがどちらでもいい。
ただ、これだけは言わせてもらう。
このゲームをクリアするのは俺だ」
「ふっ……それなら、何のためにここまで手を汚してきたというんだ」
おっさんは膝から崩れ落ちた。
「何のために……何のために……!」
おっさんは何度も拳を地面に打ちつける。
雪が交じる地面に血が滲む。
「おやめください!」
シノメちゃんがおっさんの拳を止める。
俺にはこいつに同情してやる義理も、選択を理解してやる気もねぇ。
「甘えんじゃねえよおっさん!
大人なら、自分のケツは自分で拭くんだな」
俺はそれだけ言い残し、街中へ進んだ。
❇
「ダイチ様ってば、怒った姿も可愛いね」
メルフィーはどこかズレた感性をしているな。
「こら、メルフィー! 藩主様をからかうでない」
「二人とも、カーリア組のアジトは知っているか?」
「うん。アルミナ寺院ね」
メルフィーがあっさりと答える。
「エマ藩主がいた青い寺院か……」
なら場所は分かる。
三人では心もとないが――俺は寺院の扉を勢いよく開く。




