第63話 空白
緊迫した――空気が痛いほど張り詰めている。
「シルヴィアさん……先ほどは、名前を忘れていて誠に申し訳ございません」
流れるような銀髪の美女を崇めるように、俺は床に膝をつき土下座をしていた。
「藩主様なんて、知りません!」
かなりご立腹のようだ。
「シルヴィアさん……」
「どうして、以前のようにシルと呼ばないのです!
どうして、そんなに他人行儀なのですか!
私とは行きずりだけの関係だったと?」
俺……この人とそういう関係だったの?
ストーリーがスキップされたせいで、俺が彼女とどういう関係を築いたかさっぱりわからん。
「シル……俺、記憶がないんだ」
「私の記憶だけないんですか?」
「う……」
「馬鹿にしないでください!
記憶にも残らない遊び相手だったのでしょ?」
だめだ、これ以上弁明を続けても余計に怒らせてしまうだけだろう。
次元斬時にはぐれた仲間を探すには、ルミナ組の協力が不可欠だ。
たぶん、メルフィーやシルヴィアは重要キャラだ。
なんとしても関係を修復したい。
打算的な自分が嫌になるが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「シル……俺を許してほしい」
「……奪っておいて……」
「えっ?」
「私の純潔を奪っておいて!」
シルヴィアは勢いよく、扉を開き小屋の外へ出ていってしまった。
純潔って……つまり、そういうことだよな。
どうやら、いつの間にか俺はチェリーから、クラスチェンジしていたようだ。
初体験の記憶がないまま、卒業……。
俺は何か大切なものを失った気がした。
何やってんだよ俺!
信じられないが、空白のチャプターでスターナとリリムを喪い、自暴自棄になっていたなら……手を出した可能性もありえる。
ここで、挫けるわけにはいかない。
レベル1の俺は無力だ。誰かの助けが欠かせない。
今まで、どれだけ仲間に助けられていたか、身に沁みて分かる。
外に出ると、針葉樹の葉の間を抜けた雪が、シルの体を冷やしていた。
彼女の透き通るような肌がより一層、白く見えた。
「シル……ごめん……」
謝ることしかできなかった。
彼女の肩は静かに揺れている。
「藩主様……いえ、ダイチ様。
私は、あなたが助けなければ、貴族の家に奴隷として売られる寸前だったのです。
貴方への恩義は生涯をかけても返せるものでは、ありません。貴方にとっては数いる女性の一人かもしれませんが、私には貴方しかいません」
彼女の一途な想いは俺には届かない。
俺はまだ、シルのことを何も知らないから。
「……」
「すみません。今のは私のわがままです。
――恩義を返すため貴方にお供します」
「ありがとうシル……そして、ごめん……」
振り向いた彼女は、笑っていたが……頬に一筋の涙が伝う。
❇
シノメちゃん、シル、メルフィーを率いて、再び都を目指す。
おっさんは次元斬使用時のMP消費から使用可能な回数を割り出し、罠を張っていた。
これは、ステータスを確認できる主人公にしか成し得ない芸当だ。おっさんは本当に帝国サイドの主人公なんだろう。
このゲームは本来MMORPGだ。
プレイヤー同士をストーリー上で殺し合わせるなんて、えげつないクソゲーだ。
本来、PKは、プレイヤーの好みが別れるため、実装していても棲み分けができるように工夫されているゲームが多い。
制作陣は面白いと思って詰め込んだ要素がプレイヤーに刺さらないのは、ままある。
「藩主様ー! 難しい顔してどうしたんです?
それに、シルヴィアもシノメさんも全然しゃべんないし! メルフィー、退屈なんだけどー」
メルフィーはウサ耳をぴょこぴょこさせながら、雪上で地団駄を踏む。
慣れないパーティーってのもある。
何を話せばいいか分からなかった。
「シノメちゃん。寒くない?」
「はい……大丈夫です」
「ダイチ様……私の心配はしないんですね……」
しまった、またシルの地雷を踏んでしまった。
「寒いだろ……せめて手だけでも温めよう」
俺はシルの機嫌を取ろうと手を差し出した。
「嫌です……ついでのようにそんなことをされても、嬉しくありません」
女心は難しい。
「なら、メルフィーでいいや。
手をつなぐ?」
「でいいやってなんですか!
ダイチ様ってそんな、軽い男なんですか?」
メルフィーの機嫌まで悪くなってしまった。
やばい、空気を和ませようと思っただけなのに。
結局、それからひと言も話さないまま、俺たちは首都ガルデルドに到着した。
洞穴を抜けた先、鉄の門の小窓から、男が睨んでくる。
あっ、そう言えばここ、合言葉が必要じゃなかったっけ?
やべっ、おっさんのセリフ、覚えておけばよかった。
「開けてよ」
メルフィーが門番に声を掛けると――ゆっくりと扉が開いた。
「えっ、メルフィー……ここって合言葉が必要じゃあなかったっけ?」
「なんですかそれ? そんなのないですよ」
「あっ!」
シノメちゃんが小さく声を上げる。
「シノメちゃんどうしたの?」
「すみません。若様のせいですね。
ここの門番……声さえかければ開けてくれるんですけど……若様がふざけて合言葉風に言っただけなんです」
シノメちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。
「あの、おっさん……いい歳して、なにふざけてんだよ」
❇
また、ここに戻ってくるとは……
「よっ!」
門を潜ると――見たくもない顔が待ち構えていた。




