第62話 主人公補正
突然、物凄い力で後方へ引っ張られる。
この膂力は、
「ロザリアちゃん……じゃない」
俺を引っ張っている何かに目を向ける。
――兎の耳と手足を除けば、人間そのものだ。
なんだ、この謎の生物は?
彼女は桃色の髪を弄りながら、おっさんと対峙した。
「藩主様、ご無事でしたか?」
大きな栗色の瞳が俺を見下ろし、藩主と呼ぶ。
「藩主様……って俺?」
「獣族……ルミア組の連中だな。あと少しだというのに」
おっさんが、俺たちと距離を取る。
だめだ、状況が理解できない。
「ルミア組の藩主を狙うとは、
我らと事を構える気か?」
吹雪になびく銀髪――銀のロングソード……品性をまとった女性がもう一人。
「銀閃――シルヴィア……これは、少し分が悪いな。シノメさえ邪魔をしなければ」
おっさんはそれだけ言い残すと、吹雪に紛れ消え去った。
「藩主様! ご無事でしたか!」
ウサ耳娘に思いっきり抱き締められる。
白くフワフワの毛並みが心地よい。
「おい、メルフィー、再会の抱擁は後にしろ。
藩主様、この忍はどうされますか?」
「頼む……助けてくれ……」
銀髪の女性はシノメちゃんを肩に担ぐ。
俺は、メルフィーと呼ばれたウサ耳娘に抱えられ、雪が被る森に連れてこられた。
針葉樹に囲まれた木々の合間に、無数の小屋が建ち並んでいた。
「ここがルミア組の拠点集落か……」
「おーい! 藩主様のお帰りだぞー!」
メルフィーの一声で、人々が群がっていた。
俺たちを囲み、謎の歓迎ムードだ。
だめだ……疲労で視界が……。
瞼が落ち、微睡みの中に意識が沈む。
❇
目覚めるとふかふかのベッドの上に寝かされていた。
なんだか心地よい肉感に包まれている。
……隣にはタンクトップに下着姿の銀髪美女!?
「うおっ!」
「あっ……ダイチ様……お目覚めになられたのですね」
この人は誰だ?
「ど、どうして隣に?」
「冷えた体を温めるのは人肌が良いかと……出過ぎた真似をしてすみません」
「キミは……名前は?」
「そ、そんな……私の名前を忘れたなんて……ダイチ様……あんまりです!」
彼女は涙を振りまきながら、飛び出していった。
いったい、なんなんだ……。
隣のベッドではシノメちゃんが静かに寝息を立てていた。
俺は、震える足腰で立ち上がり、
彼女の小さな手を取る。
「……ん……若様……」
寝言か。
シノメちゃん……見捨てられたというのに、未だにおっさんを慕っているのか。
おっさんは帝国サイドの主人公って言ってたな。
それなら、シノメちゃんは彼のヒロインなんだろう。
今、思えば……ロザリアちゃんの好意がおっさんに向いていたのは、おっさんの主人公補正と俺の主人公補正が打ち消し合っていたせいなのかもしれない。
純粋な人としての魅力勝負……引きこもりのブ男VSイケオジか……俺がおっさんに勝っているのは若さぐらいしかないな。
それで、スターナの好意はライドウへ向き……ミスティも俺なんて眼中になかった。
いや、これ以上考えるのはよそう。
正気を保てなくなりそうだ。
……俺って魅力ないんだな。
❇
気づけば部屋の中は真っ暗になっていた。
シノメちゃんがいつの間にか、俺のベッドに潜り込んでいた。
「ダイチ殿……」
シノメちゃんの腕が、俺の胸へと伸びる。
彼女の好意も主人公補正のおかげかと思うと……少し寂しくなる。
今は難しいことを考えるのはよそう。
ともかくまずは……みんなを探し出さないと。
❇
【オルヴィエートと決別したため正史ルートに変更されました】
【チャプター7-3 ルミア組】
目覚めると体がやけに重い……。
なんか、女の子が増えてんだけど……。
俺の上にメルフィーが乗っかっていた。
ウサ耳が鼻をくすぐる。
「ぶえっくしょん!」
「きゃあ!」
俺の盛大なくしゃみでメルフィーが飛び起きた。
「――敵襲か!」
シノメちゃんはベッドから飛び起き壁際で苦無を構えている。
「俺のくしゃみだから……」
「もう、ダイチ様……驚かさないでください」
「ダイチ殿……これは、どういう状況ですか?」
「ルミア組が助けてくれたんだ」
「……なぜですか?」
シノメちゃんの言う通り、俺もそれが知りたかった。
「メルフィー……俺がルミア組の藩主になった経緯を知りたいんだけど」
「えっ? いいですけど……ルミア組はザルマーという前藩主がいました。表向きは富を集め、貧しい民に再分配する藩主でしたが、実のところは人身売買を生業としていました。
ルミア組のほとんどは元奴隷です」
「無謀は起こさなかったのか?」
「ダイチ様はザルマーの残虐性を知らないから……彼は逆らう者をあらゆる方法で金に変えてきました……解体して売られた者や売春や性奴隷として売り捌かれた者も少なくありません……うっ……」
メルフィーは口元を抑え、嘔気を押し殺す。
「ごめん……つらい話だったね。
それでザルマーはどうなったんだ?」
「ダイチ様もよくご存知だと思いますが……ナージャ王女を手中に収めたザルマーをダイチ様が単身で倒しました……ダイチ様は私たちを解放してくれた救世主なんです」
そうか、そういうことか。
ようやく話がつながった。
スターナの話では、スキップされたストーリーでは、ナージャ王女がルミア組に攫われたらしい。
流浪の旅人がルミア組の藩主を倒した。
この流浪の旅人って俺のことだったのか。
その流れでナージャ王女を助け出し、俺がそのまま新藩主になったと。
スターナとリリムは、ルミア組との一悶着のどこかで俺を庇って物語から退場していたってことか。
当時の俺は、バグでレベルがリセットするまで物理特化だったから、ザルマーを単身で倒せたのも納得がいく。
レベル1の今は、無謀もいいとこだ。
「ありがとう。メルフィー……少し、考え事をしたいから、席を外してくれないか?」
「はい! 何かありましたらいつでも呼んでください。あ、あと……シルヴィアに何かしました?
さっき、泣いてましたよ」
「いや、特には何もしていないけど……」
「シルヴィアってば、ダイチ様が戻る日を待ち焦がれていたので……」
「また、後で声をかけてみるよ」
「はい、お願いします!」
それだけ言い残し、シルヴィアは軽快な足取りで部屋から出ていった。
「……私、若様の元に戻りますね……」
シノメちゃんはそう言って、部屋から出ていこうとする。
「ちょっと待てよ! あんな奴のところに戻るのか? キミを見捨てたんだよ?」
「それでも……私の帰る場所は若様のところしかありませんから」
部屋から出ようとするシノメちゃんを背後から抱きしめた。
「ダイチ殿……」
「シノメちゃん、行かないでくれ……俺がシノメちゃんの居場所になるから……頼む!」
「ダイチ殿……私を困らせないでください」
「いやだ!」
「はぁ……子どもみたいですね」
彼女は諦めたように俺の手を握った。
「シノメちゃん、お願い!」
「もう……わかりましたから」
泣き落としなんて我ながら情けない。
彼女の好意が例え主人公補正だとしても、シノメちゃんを繋ぎ止めたかった。
彼女を雑に扱う、おっさんの元へは返したくなかった。




