第58話 尼僧
【チャプター 7c-1 カーリア組】
ようやくストーリーが進んだ。
これだけでも、自分の選択が間違いじゃないと思える。
早朝、再び客間におっさんが現れた。
「昨夜はよく眠れたかい?」
「……お陰様で」
「どうも俺っちが信用できないようだねぇ」
「そんなことありません!」
ロザリアちゃんが食い気味に反応する。
「はは、ありがとうロザリアちゃん」
「カーリア組の情報がわかったの?」
「ああ、スターナちゃん。ナージャ王女の件は正直わからない。だから藩主を直接尋問するのが早いかと思うんだよね」
「それは、いささか強硬手段がすぎるね。
オルヴィエートさんの立場も危うくならないかい?」
「優等生くん。分かっているじゃないか。
藩主の誘拐に、俺っちは直接関与はしない。やるなら君たちでだ」
「結局、妾たちが頑張らないといけないのかのう……」
ミスティは気だるそうに肩を落とす。
「シュラ組の拷問部屋を貸してやるよ。
今は使われてないが……防音もしっかりしているぜ」
「ご、拷問……俺、そういうニッチなジャンルは苦手なんだけど……」
サデスティックな梓ならワンチャンやれるかもしれんが……くっ、人選をミスったか。
「青年、何も拷問しろと言っているわけじゃない。吐かせることができるならどんな手段でも構わんよ」
「それで、カーリア組の藩主って誰なのよ?」
「詳しくはシノメに聞いてくれ――まずは、拷問部屋に彼女が案内するよ」
「承知いたしました。若様――」
シノメちゃんが箪笥の影からすっと現れた。
夜を切り取ったような軽装のくノ一装束は肩と太腿を大胆に露出し、動きやすさを重視した造りだ。
腰には短刀と苦無を携え、口元を覆う黒い布の奥から鋭い紫の瞳だけが静かに獲物を見据えていた。
❇
「ついてきて……」
彼女は屋敷を出ると闇夜に紛れた。
チリン、チリン。
かすかに鈴の音が聞こえる。
――この音を辿ればいいんだな。
彼女の姿は見えないが、音を頼りに街中を歩き続けた。
街の隅に地下へと続く仄暗い穴がぽっかりと口を開けていた。
鈴の音は下へと俺たちを誘う。
道中は皆、無言だった。言いしれぬ緊張感が漂う。
スターナがきゅっと俺の服の袖を掴む。
彼女の手が震えている――俺はそっとその手を握った。
「ここが拷問部屋――」
シノメちゃんが短く説明する。
殺風景な石畳の部屋だ。今は物置になっているのか、物が煩雑に置かれているだけで、かつての名残は感じられない。
「よし、場所はわかった。それで、標的は?」
「カーリア組の現藩主――エマ・キサラギ。
アルミナ寺院で尼僧をしてる。苔みたいな髪色の女」
「苔って……女性ならもう少し可愛らしい例えにしません?」
ロザリアちゃんらしいツッコミだ。
「それで、どうやって攫うのだ?」
「ミスティ……俺に作戦がある。
目的地には俺一人で行くよ。みんなはここで待ってて――」
仲間を危険に晒す必要はない。
これなら失敗しても犠牲になるのは俺だけで済む。
俺は作戦の概要を皆に伝えた。
「ダイチ……」
スターナと目が合う。
「大丈夫。エマって奴を連れてきたら、みんなが捕まえてくれ」
「ダイチさん。お気をつけて……」
ロザリアちゃんの言葉を背に受け、再び鈴の音を追う。
❇
しばらく進むと青い石を積み上げた簡素な建物の前で音が止む。
路地の合間からシノメちゃんが手招きしていた。
きゅっ……えっ?
突然、シノメちゃんから手を握られた。
「これ……」
シノメちゃんから白い玉のような物を手渡される。
大きさはピンポン玉ぐらいだ。
「これ、なに?」
「煙玉――もし、失敗したらこれで逃げて……」
「わかった。ありがとう」
シノメちゃんが木箱に上り、屋根の上へと跳んだ。
俺も後に続くと、岩の隙間からかすかに中の灯りが漏れていて一人の尼僧が箒で掃いていた。
「あれがエマさん?」
シノメちゃんがコクリと頷く。
屋根の上で身を伏せたシノメちゃんのお尻が、ふと目に入った。
……ん? なんだ?
シノメちゃんのお尻から時々、熊のイラストが見え隠れしている。
黒い布地の短パンを履いているのに……もしかして、バグで下着が貫通しているのか……にしても、
「くまさんパンツってのは、中々良いギャップだな……」
えっ!?
次の瞬間、俺は地面に押し倒されていた。
喉元に冷たい金属のような物が触れる。
「貴様――なぜ、それを……」
しまった、声に出していた。
「今すぐ殺してやりたいが……」
そっか、おっさんの命令には逆らえないのか。
勝手に俺を殺したらまずいもんな。
この状況でつい嗜虐心がくすぐられる。
「シノメちゃん。くまさんパンツ、似合っているよ」
「貴様――まだ言うか!」
「ぐへっ!?」
シノメちゃんは俺の首根っこを掴む。
「あれれ、俺にそんなことしていいのかなあ。
若様に知られたらまずいんじゃない?」
「くっ……」
シノメちゃんは手の力を緩める。
やばい、楽しい。
こんなことをしている場合じゃないのはわかっているが、謎の全能感が俺を支配する。
「シノメちゃん。よく見たら可愛いね」
「そ、そんなことは……」
「若様とはどこまで進んでいるの?」
「貴様が邪推するような関係ではない」
「そうなの? でも、シノメちゃんが、くまさんパンツを履いているのを知ったら、若様は幻滅するだろうな」
「くっ……た、頼む……若様には黙っていてくれ」
「シノメちゃん。その代わり今度、俺とデートしてくれたらいいよ」
最近、スターナもロザリアちゃんも相手にしてくれないからな。俺だって、たまには女の子と二人で遊びたい。
「誰が貴様なんかと……!」
「くまさん」
「く……卑劣な奴め!」
「さて、どうする?」
「わかった……だが、この任務を終えてからだ」
「よしっ!」
「貴様――いつか後悔することになるぞ」
シノメちゃんの紫色の瞳が俺を睨む。
「大丈夫。後悔なら十分にしてきたから」
❇
さて、息抜きはこれくらいにして、作戦に移るか……と言っても俺の役目は大したことはない。
俺は寺院の門を叩いた。
「おはようございます。門徒の方ですか?」
濃い緑色の長髪を白い頭巾の下へ流した尼僧姿の女性で、大きな翡翠色の瞳と長いまつ毛が穏やかな印象を与えている。
白と深緑を基調とした和装の法衣を優雅にまとい、数珠を手に静かに祈る姿は神聖さそのものだった。
まあ、一言で言うなら――可愛い。
こんな人がナージャ王女の暗殺を仕向けたとは、到底思えない。
「いいえ、違いますが、向こうで子どもが倒れてて……」
「まぁ、それは大変! すぐに行きます!」
俺は暗い裏路地にエマさんを誘導する。
「どちらですか?」
暗闇に目を向ける彼女の背後で、
俺は魔剣ヨグ=ソトースを振る。
彼女の足元に空間の裂け目が顕れる。
「きゃあ!」
エマさんは、次元の裂け目に吸い込まれていった。
俺もすぐさまあとに続く。
行き先はもちろん拷問部屋だ。
裂け目を潜ると、ロザリアちゃんのヘッドロックにより、既にエマさんは絞め落とされていた。
「よし、ここまでは作戦通りだな」
彼女を拘束して尋問の準備に取り掛かる。




