第55話 雪化粧
「梓、行ってきます!」
「ふぁー、気をつけてね。行ってらっしゃい」
夫を仕事へ見送る新婚夫婦のような別れを告げ、
俺は皆の下へ戻った。
家に戻ると……俺抜きで楽しそうに朝食を食べていた。
「ダイチさん。おはようございます!」
ロザリアちゃんが俺に気付き手を振る。
「ぬし様、どこに行ってたのだ?」
ミスティの言葉に、正直に答えるのは恥ずかしかった。さすがに、梓に寂しくなって梓に会いに行ってたなんて……言えないよな。
「ああ、少し見回りに……」
「へぇ、あんたってそんな気が回るんだ?」
「別に、いいだろ?」
うっ、スターナめ……図星だけにまともに言い返せない。
「まあまあ、ダイチくん。ありがとう」
ライドウの笑顔が眩しい。少しだけ罪悪感に苛まれた。
「さて、鉱山を抜けたら、ハリス村で休もう」
おっさんが、食事を平らげ背筋を伸ばす。
案内役がいるってのは便利だな。
今まで、目的地すら分からなかったから助かる。
❇
……真っ白だ。
坑道を抜けると一面の銀世界が広がっていた。
「うわぁー! 綺麗! うっ、てか寒っ!」
スターナが自分を抱きしめるように震える。
「感情の忙しいやつだな」
クラフト:ポンチョ
頭から被る布地の衣装を皆に一括で装備させる。
「そっか、おっさんはパーティーじゃないから反映されないのか」
「おっさんは帝国体質なんだろ?
寒冷耐性が高いから問題ないと思うぞ」
ミスティが説明してくれる。
「おおー、嬢ちゃん物知りだねぇ」
「こ、こら! やめれー!」
おっさんはミスティの頭をガシガシ撫でる。
おっさんは、すっかりこのパーティーに溶け込んでいる。
ちぇっ……。
――雪を踏みしめる感触が懐かしい。
雪なんて子供の時以来だ。
「スターナちゃん。大丈夫?」
雪に足を取られているスターナに、ライドウは手を差し出す。
「うん。ありがとう」
スターナはライドウの手を取る。頬が赤かったの寒さのせいだと思いたい。
「ロザリアちゃん。おじさんが抱っこしようか?」
「大丈夫ですよ。雪なんて障害になりませんから」
ロザリアちゃんは、厚い雪を難なく踏み抜いて行く。
さすが、物理特化の女だ。
てか、皆してラブコメしやがって。
俺だって……
「ミスティ……」
俺はミスティに手を差し出す。
「ぬし様、妾は浮遊魔法で地形条件を無効化しているから問題ないぞ」
「っておい! その魔法、俺たちにも掛けろよ」
「いやだ。MPがもったいないのだ」
ったく、こいつは相変わらずだな。
❇
「ほら、お前さんたちハリス村が見えたぞ!」
おっさんの指し示す方角に無数のかまくらが連なっていた。窓代わりに嵌め込まれた氷の板からは、うっすらと灯りが漏れていた。
【新クラフト:かまくらを習得しました】
謎のログが流れてきた。
俺のクラフトは基本的には建築関連の物が大半だ。
スキルポイントが余っていたのはこういうことか。
せっかくなんで、かまくらシリーズを一通り解放する。素材は雪と氷だから無限に造れるな。
「じきに日が暮れる。今夜はここで泊まろう」
おっさんが、俺に目配せする。
さっそく、二人用のかまくらハウスを三つ建てる。
もちろん、家族用もあるが、ラブコメイベントを発生させるには二人用がベストだ。
「さあ、皆、二人一組で拠点を使ってくれ」
「ねぇねぇ、どうする?」
スターナがロザリアとミスティに、女子特有のひそひそ話を始めた。
「私、オルヴィエートさんともっとお話ししたいです」
ロザリアちゃん聞こえているよ。
「妾は一人がいい!」
「私はライドウくんと一緒がいいかな」
スターナ……俺は?
「でも、誰かダイチと一緒にならないと……」
女子三人が俺の顔を一瞬見る。
俺は精一杯の笑顔で返すが、内心泣きそうだった。
思い出した……2人組というワードは、俺にとってはトラウマだった。学生時代、よくあぶれて先生とペアを組まされていたっけ。
三人はジャンケンを始めた。
「やったー!」
スターナがガッツポーズをする。
「ライドウくん。私と泊まろうよ!」
「あ、ああ……ごめん、ダイチくん」
ライドウは俺に謝りながら、スターナに手を引かれ、かまくらに入っていった。
止めてくれ……謝られたら俺が惨めすぎるじゃないか。
次はミスティが勝利する。
「うーむ……仕方ない。おっさんで我慢するか……」
「おっ、ミスティちゃん。お目が高いね」
おっさんとミスティがかまくらに入る。
俺は仕方ない呼ばわりされた、おっさんよりも下なのか……。
「なら、私は……」
ロザリアちゃんと目が合う。
「俺で悪かったな……」
「いえいえ、ダイチさんでも嬉しいですよ!」
「でもってのが、引っかかるけど……」
正直泣きそうだった。
NTR作品を楽しんでいた時期もあったが、いざ自分の身になってみると辛すぎる。
俺が男として優れていたわけじゃないんだ。
今までは、単純に男性が少なかったのと、主人公補正が効いていただけだったんだ。
でも……なぜ主人公補正が薄まった?
梓との関係は今まで通りだったのに……帝国という土地柄の問題か?
❇
かまくらの室内には、こたつとみかんが置かれていた。
床は毛皮のようなものが敷き詰められていて、
ゲーム世界だからかなのか、不思議と湿ってはいなかった。
「めちゃくちゃいいじゃん!」
「これ……どうすればいいんですか?」
「足をここに入れるんだよ」
こたつに先に入ってみせる。
ロザリアちゃんは恐る恐る足を入れる。
「あっ、暖かい……これ、なんだか落ち着きますね!」
ロザリアちゃんが官能的な声を漏らす。
「ロザリアちゃん……本当はおっさんのほうが良かったんだろ」
我ながら女々しい。いつまで、引きづっているんだ。余裕のある男でいたいのに……頭で分かっていても、言葉にせずにはいられなかった。
「ダイチさん。もしかして、拗ねているんですか?」
ロザリアちゃんが微笑む。
「別に拗ねてなんか……」
「ふふっ、意外ですね」
「意外?」
「ダイチさんって、私のこと眼中にないのかと思ってました」
「そんなこと……」
確かに今まで、ロザリアちゃんやスターナを雑に扱ってきたかもしれない。彼女たちなら多少、わがままを通しても許してくれると……。
「そんなこと?」
「ロザリアちゃん。ごめん!」
「もう、聞き飽きましたよ。ダイチさんは、謝っても変わりませんから」
そう言って、ロザリアちゃんはみかんを頬張る。
行動が全てか……全部、日頃の行いが帰ってきたにすぎないってことか。
無条件で愛される人なんていない。
血の繋がっている親でさえ、俺には愛想を尽かしたんだ。
まさか、ゲームでそのことに気付かされるなんてない。
うつむいた顔を上げられない。ロザリアちゃんの顔を直視できなかった。
ちょんちょん――ロザリアちゃんが、こたつの中で俺の足を軽く蹴る。
「ロザリアちゃん……」
「ダイチさん。私のことを好きなら……好きにさせ続けるよう努力してくださいね」
確かに、俺の心はいつも複数ヒロインたちで揺れていた。
俺……誰が好きなんだろう。
この世界は一夫多妻制は認められている。
だから、マルチヒロインでも問題はないが……彼女たちはどう思うのだろうか?
そもそも、相手が俺を選んでくれるとも限らない。
「ロザリアちゃん……俺、頑張るよ!」
「わかりました。でも、私もいつまでも待つだけの女じゃないですからね」
「はい……肝に銘じます」
氷の板の窓越しでスターナがライドウと楽しそうに談笑しているのが見えた。
俺に誰かを選ぶ資格があるのだろうか。
降りしきる雪のように、解けない想いが募っていった。




