第52話 国宝
あれ……ここは……。
肌にまとわりつくような湿気に、カビの臭い。
冷たく湿った石畳の上で目覚めた。
「みんな……」
周囲は薄暗く、松明の弱々しい灯りが明滅していた。
「鉄格子……牢屋か?」
「ダイチさん。大丈夫ですか?」
通路を挟んで正面の牢から、ロザリアちゃんの声が響く。
「ああ……いったい何があったんだ?」
「ナージャ王女を載せていた馬車が……突然爆発したんです」
「爆発!? それで、ナージャ王女は?
スターナとミスティは?」
「……亡くなりました。あと、コルドー大魔導師も……」
ナージャ王女が……亡くなった?
その後も、ロザリアちゃんが何か話していたが、
何も耳に入ってこなかった。
「ダイチさん! ダイチさん!」
「あ、ああ……」
「スターナとミスティさんは無事です。
隣の牢に入れられています」
「そうか……よかった」
「妾がそう簡単にくたばる筈がないではないか」
隣の牢からミスティの声が響く。
「ちょっと、ダイチ! なんで、ライドウくんは心配してあげないのよ」
「ああ、そういえばいたな」
「ダイチくん……あんまりだ」
みんなの声を聞いて安心した。
「おい! 貴様ら、うるさいぞ!」
通路に男の声が響く。
「ちょっとちょっと……君たちあんまり牢番を刺激しなさんなって」
聞き慣れない男の声が響く。
「私、ロザリアって言います。
おじ様は誰ですか?」
ロザリアちゃんが律儀に挨拶する。
「あれま。おじ様は酷いんじゃない?
こう見えて、38歳よ」
低く渋い男の声……38歳って十分おっさんでは?
「こう見えても何も、暗くて見えねえんだよ」
「ははは、しかしこんな若人たちがナージャ王女との暗殺犯とはねえ……世も末だよ」
「はっ? 私たちが暗殺犯?
何言ってのよ!」
スターナがおっさんに噛み付く。
「何を言っているのはそちらさんでしょうが。
捕まっているって状況を見ればわかるでしょ。
それにしても、国宝を殺すなんて……罪深いねえ」
確かに、俺たちが犯人扱いされているなら、この状況にも説明がつく。
「国宝ってなんだ?」
何かの比喩か?
「あらら……そんなことも知らないで……」
「恵みをもたらすマナは本来、陸、海、空が生み出す――ただし……稀にマナを生み出せる人間が存在する……」
ライドウの説明でなんとなく分かった。
「それが、国宝であり、ナージャ王女ってわけか。その国宝が亡くなるとどうなる?」
スターナの質問におっさんが答える。
「そうだねえ……恵が失われる。
土地は痩せ、雨も減り、厳しい寒さ……《《冬》》の到来さ」
「ガルデルド帝国のように……か」
ようやく、話がつながった。
ガスタージャが、ナージャ王女を攫った理由……自国に恵をもたらすためだったのか。
むしろ、ナージャ王女そのものが戦争の火種だった。
でも、その王女も……死んでしまった。
「貴様ら、いい加減にしろ!」
足音が通路に響く――牢番の男がこちらに近付いてきた。
「貴様ら、痛い目を見ないとわからないようだな。お前らのリーダーは誰だ?」
牢番が鋭い目つきで俺を見下ろす。
まずい、これはリーダーが懲罰を受ける流れだ。
「そこの牢のおっさんです」
「うん。おっさんがリーダー」
よし、スターナも話を合わせてくれた。
「ちょ、何言ってんのよ。おっさんはリーダーじゃないよ」
自分でおっさんって言ってるけど……まあ、それどころじゃないんだろう。
「皆さん、嘘は良くないですよ……」
ロザリアちゃんがフォローに入る。
「よっ、おっさんリーダー!」
ミスティも便乗する。
「まったく……」
ライドウのため息が聞こえる。
牢番は、おっさんの牢の前で止まる。
「ちょ、おっさんは無関係よ。
投獄された時期も違うじゃない?」
「おい、おっさん!」
牢番は、慌てふためくおっさんに凄む。
「部下から一人選べ。そいつに懲罰を与える。
ただし、そいつには生まれてきたことを後悔させてやる」
これは、話の流れが変わってきたぞ。
「ほほう。一人、選んでいいと……。
さて、誰にしたもんか」
「おじさん! 今日も素敵ね!
私、おじさんみたいな男性に、憧れていたの!」
スターナが手のひらを返し、ゴマをする。
「おい! スターナ、裏切るのか?」
「なによ、私、懲罰なんて嫌よ!」
「妾も嫌じゃ! おっさん、妾もいいことしてあげるから見逃してくれ!」
「いいこと……♡」
おっさんがミスティの甘言に乗せられる。
「……」
ライドウは何も言わない。たぶん、標的にならないように無言を貫いている。
「皆さん、こんな時に止めましょうよ!」
聖人のロザリアちゃんが声を張る。
そうか、ロザリアちゃんがいた。
「牢番の旦那……前の牢にいるロザリアちゃんがおすすめですよ。彼女、真性のマゾでして、痛めつければ痛めつけれるほど甘い声を漏らし……乱れますぜ」
ゴクリ……牢番の生唾を飲み込む音が聞こえる。
「ちょっと、ダイチさん! 適当言わないでください!」
ロザリアちゃんが反論する。
「ダイチくん! 妹を売るのか!
いくら、親友といえど許さないぞ!」
ライドウがさすがに割って間に入る。
「なら、ライドウが代わりに懲罰受けてくれよ。
親友と大事な妹のために」
「それは……」
ライドウは言い淀む。
「よしっ、ロザリアといったな。
お前を懲罰する! これは、職務だ!
欲望に屈したわけではない!」
牢番はおっさんの言葉を待たずしてロザリアに狙いを定める……必死に言い訳をしながら。
「えっ、ちょっと! おっさんまだ決めてないよ!」
「う、うるさい。ここでは決定権は俺にある!」
牢番がロザリアちゃんの牢に入る。
「や、やめてください。お兄様、助けて!」
「ロザリア……すまない」
ライドウは諦め、言葉を飲み込む。
「ぐへへへ。ここの牢は封魔の術式が施されている。魔法は使えない。無駄な抵抗は止めることだな」
牢番の下卑た笑い声が響く。
「いやっ!」
「ぐわっ!」
牢番が叫び声とともに壁に激突する。
ロザリアちゃんが突き飛ばした。
さすが、怪力娘! 作戦通りだ!
「よしっ、ロザリアちゃん。鍵を奪って!」
ロザリアちゃんは一瞬俺を睨み、牢番の腰から鍵束をとる。
それで、おっさん以外の全員を解放してくれた。
「ロザリアちゃん……作戦だったんだ。
牢番を倒すには、この中で一番物理の数値が高いロザリアちゃんが適任だったんだよ」
「ダイチさんなんて嫌いです!」
ロザリアちゃんが顔を背ける。
「ちょっと、遊んでないでおっさんも助けてくれ!」
「ぬし様……どうする?」
「うーん。迷うなあ。可愛い女性ならいいんだが……ぐっ……」
スターナの肘打ちが横腹に刺さる。
「ライドウくん、どう思う?」
スターナがライドウに話を振る。
「うーん。この人、ここに囚われているってことは何かしらの罪を犯したんだろ?
なら、解放はあまりお勧めしないね」
「いやいや、おっさんは無罪、冤罪よ!
君たちと同じ!」
ボサボサした黒髪のおっさんが泣きながら懇願する。
「はぁ、仕方ねえ」
俺はおっさんを牢から解放した。
「ダイチ……いいの?」
スターナがライドウの隣から心配そうにこちらを見ている。
「ああ、おっさんキャラは役に立つってのが、ゲームでの相場だからな」
この選択が正しかったのか、分からないが……。




