第50話 遠い日
最近、レメリアの姿を見ない。
もともと、家にいない日も多かったが………
彼女に聞かなければいけないことがある。
「リリム、レメリアはどこにいるか知らない?」
「むー……ママなら、家にいると思う」
「家って、リリムの家だよな?」
「うん!」
「サンキュー!」
❇
王都郊外のリリムの家に向かう。
ここに来るのも久しぶりだ。
墓前に彼女はいた……確か、リリムのお父さんの墓だ。
解いた赤毛が、風に揺れている。
彼女は目を閉じ、届かない祈りを捧げているようだった。
「おい、ジロジロ見られるのは好きじゃないんだ」
彼女は目を開かずに低い声を飛ばす。
「なんだ、気づいてたのか」
「なにか用か?」
「少し、聞きたいことがあって……立ち話もなんだから家に入らないか?」
「お前なあ……ここは、《《私たち》》の家だぞ」
レメリアはため息交じりに部屋へ通してくれた。
椅子に腰掛けると、香り立つ紅茶が前に差し出された。
「最近、屋敷にあんまりいないみたいじゃん。
リリムが寂しがってたぜ」
「ああ……どう接していいのか分からなくてな」
「俺で良ければ、話聞くけど?」
「せめて、そのセリフが似合う男ならよかったのだが……」
「悪かったな、イケメンじゃなくて」
「いや……顔もそうだが、中身もなあ……」
「うぐっ……」
ダブルパンチで傷つけられた気がする。
そうは言いつつも、レメリアは遠い目をしながら語り始めた。
「あの人と幼かったリリムを抱えて、王都郊外の森を歩いててな……その時、地面が……その、すり抜けて……。
すまない、自分でも変なことを言っているのは分かっている。だが、気づいたら魔界にいたのだ」
「ああ、信じるよ」
俺も同じ床抜けバグで魔界まで落とされたからな。
「落下する瞬間、私は手を伸ばすリリムを突き飛ばした」
彼女は自分の手をさすりながら、話を続けた。
「魔界は地獄だった。高レベルのモンスターに魔王の幹部たち……それでも、夫と娘に会うために死に物狂いで生き抜いた」
「それで、気づけば幹部まで上り詰めていたと……」
「ああ、だが……それでも……地上に帰ることは叶わなかった。魔王が封印されている今、誰も地上に出る方法はわからない」
「魔王か……その件でファフニールと対峙した時、かすかに魔界特有の不穏なマナを感じた」
「ほう、鋭いな。
ファフニールは魔王の体の一部だ」
「体の一部?」
「……魔王は勇者との戦いに敗れ、体を七つに裂かれた。そして、その内の一つがファフニールだ」
「あれ、倒して良かったんだよな?」
「……七つ全ての魔王の欠片を倒した時、魔王の封印は解き放たれ、完全復活する」
他に倒されてなければ、残りの封印は六つ。
なら、復活する恐れは低いか。
それに、ファフニールレベルのモンスターを倒せる奴なんてそうそういないだろう。
「ファフニールを王都に送ってきた何者かがいそうだな」
「魔王復活を目論んでいる者がいる……か」
この世界が少しずつ紐解かれてきた。
今までの、歴史や背景、世界情勢なんて全くわからない。
でも、ストーリークリアを目指すなら……知っておく必要がある。
「レメリア、ありがとう」
「なんだ、聞きたいことってそれだったのか?」
「そうだな。今後のストーリー展開をある程度予想しておきたかったから」
この世界ほど、予想が無意味なものはないが……行き当たりばったりで挑むよりはマシだ。
❇
「ただいまー!」
話し込んでいるとリリムが玄関の扉を開け放つ。
「おっ、リリムじゃん!」
「ダイチー!」
リリムが俺に飛び込んでくる。
「レメリアの方には行かないのか?」
「うっ……ママ、ただいま……」
「ああ……おかえり……」
なんだか、ぎくしゃくしているな。
仕方ない、ここは一肌脱ぐか。
「あー、俺ってばお腹空いたなあ。
誰かの手料理がたべたいなー」
レメリアとリリムを交互に見る。
「はぁ、わかったよ。作ってやるよ」
レメリアが俺のわざとらしい棒読みにのってくれた。
「リリム、ママを手伝ってやりな」
俺はリリムにそっと耳打ちする。
リリムはレメリアの元へいそいそと歩いていく。
レメリアのラバー素材のショートパンツの裾を引っ張る。
「ママ……リリムも手伝う……」
「ああ、頼むよ」
初めは会話のなかった二人だったが、少しずつ、言葉を交わし始めた。
❇
「お待たせ!」
レメリアがドンッと鍋を置く。
鍋の中身は……真っ赤だ……グツグツと煮えたぎる液体は溶岩のようだった。
「これ……食べれるの?」
「なんだ、ダイチ! 好き嫌いはよくない!」
リリムがバンバン机を叩く。
「好き嫌いってか、そういう次元を超えている気がする」
漂う湯気が俺の鼻腔を灼き尽くす。
これは、食べてはマズイやつだ。
リリムとレメリアは器によそって、美味しそうに頬張っている。
この親子は……。
「おい、貴様が食べたいって言ったんだぞ!
箸をつけないとはどういう了見だ?」
レメリアの鋭い眼光がこちらを睨みつける。
「いただきます……」
俺は意を決して赤い何かを一口……あれ?
「うまい!」
甘辛い口触りに……って辛っ!
「うごぁぁぁぁぁ! リリム、水、水!」
遅れて辛さが襲ってきた。
「はい!」
リリムから木のコップに入った水を手渡される。
ごくっ、ごくっ、ごくっ。
喉を鳴らし勢いよく水を飲み……
「ぎゃぁぁぁぁぁあ」
思わず水を吐き出した。
「なんだこれ、辛い……ってか、痛い!」
「ああ、これは私が作った唐辛子水だ」
「なんだその危険な飲み物は……」
「これ、うまうま!」
リリムは勢いよくコップの中の唐辛子水を飲み干す。
この親子……イカれてやがる。
「カタール家ではお残しは許されない……」
レメリアが唐突に俺を羽交い締めにする。
「ダイチお兄ちゃん! あーん!」
レメリアが甘い声で囁きながら、激辛鍋を俺の口に運ぶ。
「や、やめてくれ……た、頼む……」
赤い悪魔に挟まれ、俺の意識は限界を迎えた。
❇
目覚めると俺はベッドの上に寝かされていた。
周囲を見渡すと、リリムはレメリアの膝を枕にしてソファで眠っていた。
レメリアはリリムの頭をそっと撫でていた。
「ようやく、親子らしくなったな……」
「ああ……」
リリムが少しだけ羨ましい。
俺は親との記憶は、怒鳴られた記憶しかないからな。
いや、それしか思い出せないってのが正しいか。
引きこもる前は、普通の親子だったのにな。
「ダイチ、今日はありがとう」
レメリアが柄にもなくお礼を言う。
「えっ?」
「な、なんだその顔は!
私だってお礼の一つぐらい言うさ」
「うーん……パパ……」
リリムが寝顔を漏らす。
「この子にとっては、パパとの記憶の方が強いのだろうな」
「なに、これからママとしての思い出を作っていけばいいさ」
「……」
レメリアが突然下を向いて、えづき出した。
「ごめん、俺、何かまずいこと言った?」
「いや、ダイチは悪くない……」
「なら、どうして?」
レメリアは呼吸を整え、ゆっくりと話し出した。
「ダイチが、あの人の代わりになるのが嫌なんだ……」
「あの人って……亡くなったご主人か……」
「ああ……あの人も辛い食べ物が苦手だった。それにスケベでデリカシーの欠片もない……」
「それを聞いて、俺を重ねるのはなんか心外だな」
「ふっ、お前も大差ないではないか……ただ、あの人はここぞってとこはキメるから、かっこよかった」
「ますます、俺だな」
「……」
「おい、ツッコんでくれないと、なんか本気でイタいヤツみたいじゃん」
「違うのか?」
「うっ……」
「ふふっ」
レメリアが軽く笑みをこぼす。
「しばらく、リリムと一緒に二人で暮らしなよ。
気が向いたら、いつでも屋敷で生活していいからさ」
「そうだな……親子の時間を作るとするよ」
「それじゃあ、レメリアの心を奪う前に俺は退散するよ」
「そんなこと……」
彼女はそこで言葉を止めた。
俺は後ろ手に手を振り二人の家を……いや、三人の家をあとにした。
「ありがとう……」
レメリアのかすかなお礼の言葉を背に受けて。




