第49話 寄す処
寝ぼけ眼で一階に降りると、いい匂いが漂ってくる。
「アーシャさん、何作って……」
台所には、エプロン姿のスターナが立っていた。
そうだ……アーシャさんはもうこの家にはいないんだった。
「悪かったわね。ママじゃなくて……」
「……ごめん。寝ぼけてた。
ところで何を作っているんだ?」
「プロシェットよ」
「プロ……なんだだって?」
「もう、集中してんだから、邪魔しないでよ」
スターナは鉄串に肉やら魚、野菜を通していた。
彼女の手は絆創膏だらけだった。
スターナは回復魔法は覚えていないんだったな。
スターナはアーシャさんがいなくなった穴を必死に埋めようとしてくれている。
❇
朝食を4人で囲む。
机の上には、真っ黒に煤けた鉄串と食材たち。
「妾、ダイエット中だから今日はいらないかな……」
ミスティは席を立ち部屋に戻っていった。
「いっただっきまーす!」
怖いもの知らずのリリムは一口……。
「にっがーい! こんなの、食えなーい!」
リリムが怒り出す。
「ごめんねリリムちゃん……ごめん……」
スターナが顔を伏せる。
「リリム、外で食べてくる……」
リリムは外へ出ていってしまった。
せっかくスターナが作ってくれたんだ。
俺はプロシェットとやらに手を伸ばそうとするが……彼女は大皿を持った。
「ダイチ、食べなくていいよ……ごめんね」
俺は伸ばしかけた手を引っ込め、代わりにスターナの腕を掴んだ。
「えっ……」
「スターナが頑張っているのに作ってくれたんだ。食べさせてくれ」
「でも……」
俺は鉄串に刺さった何かを頬張る。
「炭火焼きと思えば、ギリ食べられるな」
「……」
スターナは何も言わなかった。
席に座り直し、同じ物を食べる。
「ダイチ、こんなの食べたら体に悪いよ」
「いやだ、食べる! その代わり、体を壊したらスターナが面倒をみてくれよな」
「うん。その時は面倒見てあげる」
食事を済ませ、二階に上がろうと階段に足をかける。
……キッチンからスターナのすすり泣く声が響いていた。
聞かなかったことにして、そのまま自室に戻った。
❇
夜に一階に降りてみると、スターナがテーブルの上に鍋を置いていた。
中には煮込まれた食材が山盛りで残っていた。
「おっ、ご飯できてんじゃん。
呼んでくれよ……」
「リリムちゃんと、ミスティちゃん……外でご飯食べてくるって……」
スターナの声は震えていた。
顔を上げることなく、涙がこぼれ落ちる。
「ふーん。なら、俺が一人占めできるな」
俺は食材をよそって、一人で食べ始める。
うーん。
まずくはないが……味が薄い……なにより旨味が足りない。
「ダイチ……美味しくないよね?」
スターナはこっちを見ない。
「うん。まずいよ」
「なら……無理に食べなくてもいいよ……」
「スターナが作ったやつだから食べているんだよ。俺はスターナの手料理がたべたいんだから」
「……」
スターナは何も言わない。
俺なりに元気づけようとしているが、言葉選びが難しい。
沈黙が気まずい……。
「なんか、新婚みたいだね?」
俺の軽口をかき消すように、スターナが机を叩いた。
「ダイチの冗談、聞きたくないから止めてよ!」
スターナがこんなに声を荒げたのは初めてだ。
「ごめん……」
彼女は部屋に戻ってしまった。
「はぁ……やっちまった」
すると、リリムとミスティが気まずそうに玄関から入ってきた。
「スターナお姉ちゃん。怒っているね……」
リリムが食卓の椅子に座る。
「たぶん自分に怒っているんだと思う。
アーシャさんの代わりになれない自分に……」
「そうなのか……ともかく、食べよう!」
ミスティが鍋を器によそおい、食べ始めた。
「お前ら、ご飯を食べてきたんじゃないのか?」
「ちょっと食べたけど……途中で美味しくなくなった」
リリムがよくわからないことを言い出す。
「スターナのことが気になっての……二人で食べていても楽しくなかったから……帰ってきた」
ミスティの言葉を聞いて、少し笑ってしまった。
「なんだ、ぬし様!
なにか言いたいことでもあるのか!」
「まあ、食事は味と香りだけじゃないってことさ」
どこで、誰と食べるか……それも味付けの一つなんだろう。
❇
食事を終え、皆、部屋に戻った。
スターナの部屋をノックする。
「スターナ……入っていい?」
「だめ……」
短く、かすかな返答。
俺は扉を開け、スターナの部屋に入った。
スターナはベッドの上で布団に包まっていた。
「スターナ、隣に寝ていい?」
「だめ……」
俺はスターナの隣に潜り込んだ。
「スターナ、抱きしめるよ?」
「だめ……」
彼女の言葉を流して、俺はスターナを後ろから抱きしめた。
彼女は回した俺の腕を握った。
「ダイチ……私じゃママの代わりになれないよ……」
回した手にスターナの涙が伝う。
「スターナがアーシャさんになったら、
誰がスターナの代わりをしてくれるんだ?
俺の好きなスターナは、他の人には務まらないよ」
彼女の体が震えているのがわかる。
「ダイチ……ダイチ……」
スターナは俺の名前を繰り返し呼び続ける。
「それに、アーシャさんの代わりは誰にも務まらない」
あれ……。
視界が歪む。
頬を触れると、濡れていた。
……俺も寂しかったのか。
アーシャさんがいないことを、俺も受け止められていなかった。
スターナが寝返り打つ。
真っ暗な部屋の中……彼女の表情までは見えなかった。
俺たちは互いに慰め合うように、互いの涙を拭った。
スターナの手が、俺の頬に触れ、互いに顔の輪郭を確かめる。
手のひらから伝わる彼女の体温を受け入れる。
俺にも、スターナにも代わりはいない。
言葉は交わさなかった。
それが、分かっただけで充分だったから。




