第43話 財宝竜②
――レメリアの命の輝きが、紅い結晶に閉じ込められていた。
「まずいっ!? 全員、退避だ!」
カーリンが叫ぶと同時に、ファフニールは体を翻す。
紅い剣閃が舞う――開けた視界の果て――
凄惨な血しぶきや、バラバラの肉片が散らばっているわけではない。
ただ、それは芸術のように、紅い人型の結晶が最後の瞬間を残していた。
アーシャを庇うカーリン……レメリアの最期を見て泣き崩れるリリム……ライドウ、クラウゼル先生、梓……ほとんどが結晶と化していた。
「もう……終わりだ……」
どれだけ絶望しても、戦いは終わらない。
ファフニールが剣を振り上げる。
「スターナ!」
「ダイチ!」
スターナがこちらに手を伸ばす。
まずい!
くっ……クラフト:城壁!
スターナの前方に巨大な石レンガの壁が出現する。
しかし、紅い剣閃は城壁をいとも容易く両断した。
――視界の先には結晶化したスターナ。
「そんな……」
「ダイチさん……逃げましょう! ダイチさん!」
ロザリアが俺の体を揺さぶっている。
「ぬし様……ここまで追い込まれたのだ。
……もう、我慢ならぬ……深淵を照らす闇――昏く蠢く魍魎――愛憎、嫉妬、怨恨、快楽――心より出でし闇よ――彼の者を呑み込め!」
ミスティが呪詛を紡ぐ。
“闇魔法・アビサルスワンプ”
ファフニールの足元に深淵が広がる。
墨汁のような闇が、体にまとわりつき、呑み込もうとする。
「やはり、ドラゴンスケイルには効かぬか……ぬし様……その娘と逃げるのだ……」
「駄目だ、ミスティも行こう!」
ミスティの全身が震えている。
魔法が効かないなら……決定打を与えるには、ロザリアしかいない。
「ダイチさん!
引きずってでも、あなたを連れて逃げます!」
ロザリアちゃんが俺の服を掴む。
「ロザリアちゃん……待ってくれ……どのみち、今こいつを倒さなければ、みんなは死んだままだ……俺を信じているか?」
「ええ……私は誰よりもあなたを信頼しています」
彼女の灰色の瞳に吸い込まれそうになる。
“魔剣召喚ヨグ=ソトース”
手元に魔剣を召喚する。
ロザリアちゃんには、辛い役目を背負わせることになる。
“次元斬”
空間を裂きロザリアちゃんを空間ごと飛ばした。
「後は任せたよ……」
俺は、必死に魔法を維持し続けるミスティの元へ歩み寄る。
この瞬間も、ファフニールは深淵から抜け出そうともがいている。
「ぬし様……その娘だけ逃がしたのだな……直に、ファフニールは抜け出るぞ……」
「ああ、ミスティ……今回は俺の判断ミスだ。
ミスティと連携していれば……みんなは死なずにすんだかもしれない」
「ぬし様……謝ることはない。
妾の今の人生はおまけのようなもの……妾の心は千年前に勇者に殺された時点で、失われておる。だが、ぬし様と過ごせた日々は、人生で一番幸せだった……」
微笑むミスティの目尻から涙がこぼれ落ちる。
「ミスティ……大丈夫だ。
まだこの物語は終わらない」
俺はミスティの涙を拭ってやる。
「グォォォォォ!」
咆哮を上げ、ファフニールが深淵から抜け出す。
「ぬし様……妾を抱きしめて……」
俺はミスティの翡翠の髪を撫で、抱きしめる。
「グォォォォォ! グォォォォォ!」
ファフニールは咆哮を上げるだけで、俺たちを襲うことはなかった。
それどころか、地面に倒れ、苦しそうにのたうちまわっている。
「ぬし様……どういうことだ?」
「ふっ、さすがロザリアだ。期待を裏切らない」
「ぬし様、何かしたのか?
妾にも教えてくれ……」
「すぐにわかるさ……」
ファフニールの鱗が分厚い体表が、内側から跳ね上がる。
「初めっからこうしておけばよかった……」
「ぬし様……まさか……」
「ああ、ロザリアちゃんをファフニールの体内に飛ばした。今ごろロザリアちゃんがファフニールの体内で暴れ回っているはず……」
「グォォォォォ……」
ファフニールは消え入るような咆哮を上げ、ついに動かなくなった。
巨体は赤い粒子となり、澄んだ空に溶けてゆく。
代わりに、黒髪の少女が立っていた。
その体はファフニールの体液でドロドロだ。
「ダイチさん……酷いです……せめて、事前に教えてくれたらよかったのに……」
悪臭を放つロザリアちゃんが、涙目で立っていた。
【チャプター6c-2 クリア】
視界の端にログが流れると、結晶化した皆が光の柱となって空に昇る。
「よかった、みんなリスポーンしたみたいだ」
「ぬし様……妾にも教えてくれてもよかったのではないか? 柄にもない台詞を吐いたではないか……」
「ええっと……確か……
『ぬし様……妾を抱きしめて♡』だっけ?」
「うわー! 忘れろー!」
ミスティが突然俺の腕の中で暴れ出す。
「ちょっと、私をほったらかしにして、いちゃつかないでください。ダイチさん、私頑張ったんですよ! 私も抱きしめてください!」
「嫌だよ……臭いし……」
「ダイチさんってば、本当に酷い人ですね!」
「ははは、冗談だよ。とりあえず、風呂に入ろうぜ。そしたら、いくらでも抱いてやるよ」
クラフト:露天風呂
焦土と化した平原に岩で囲まれた白濁の湯が湧き出る露天風呂が出現した。
ええっと……パーティー→装備→衣装→R18を選択する。
ロザリアとミスティが生まれたままの姿になる。
「きゃああああ」
「うぎゃゃゃゃ」
「ほら、はしゃいでないで入ろうぜ?」
「ダイチさん! 私の服をどうしたんですか!」
「ぬし様、さすがの妾も、すっぽんぽんは恥ずかしいのだ!」
「風呂に入れば見えないだろ」
俺も服を脱いで湯船に浸かる。
スターナたちをゲーム外から救出した時に倒した――謎の敵からのドロップアイテム……当初は文字化けしていて使用不可だったが、気づいたらmodを追加できるようになっていた。
「まだ使用できる項目は限られているが、さっそく裸体modを導入した。modとはゲームの解像データだ。
これにより、パーティーメンバーであれば、裸にすることができる。
ちなみに、導入してすぐに全パーティーメンバーの裸体は舐めるように試着機能で閲覧したので、正直見飽きている。
俺が、こいつらの裸を見て動じないのは既に見飽きているからだ」
「ぬし様……モノローグが全部口に漏れておるぞ……」
「ダイチさん……さすがの私もドン引きです……」
「はっ、しまった……声に出ていた……お、おい! 何をする! うわっ!」
ミスティとロザリアちゃんによって、俺は湯船に沈められた。
「やめてくれ! 二人とも! ぐ苦しい」
「ぬし様、いっぺん死ぬがいい!」
「私も、今日という今日は許しません!」
だめだ、息ができない……苦しい……苦しいのに死ねない。
水没してもHPは減らない。
お陰で、肺にお湯が入り、死ぬほど苦しくても、
ゲームが死なせてくれない。
……た、助けてくれ……。
ファフニールより手強い二人によって、俺は湯船に沈められ続けた。




