第42話 財宝竜
【チャプター6c-2 財宝竜】
王都近郊――雲間から巨大な卵が生み落とされた。
それは、溶岩のようでもあり、太陽のようでもあった。
紅い熱波が――草原、森林を灼き尽くす。
緑の国と呼ばれたアルスタイン王国は、
わずか一晩で荒れ地と化した。
明朝――王城の西門に、アルスタイン王国の総戦力が集結していた。
「ダイチ……あれはドラゴンだの」
ミスティは、空に浮かぶ巨大な卵を指差す。
「ドラゴンの卵か……にしても大きいな」
20メートルはありそうだ。
「卵ってことは子どもなの?」
梓が当然の疑問を口にする。
「うむ。あれが卵かは……妾にもわからぬ」
ミスティでも、わからないことがあるんだな。
――となれば、未曾有の災厄。
「あれ……倒せんの?」
普段は楽観的なリリムも、レメリアの背後に隠れて震えていた。
「リリム。お前は何があっても私が守るよ」
レメリアは、リリムの頭を撫でながら、目を細めた。
……この二人、仲良くなったもんだ。
「ギルド――蒼き海。ただいま現着した」
背後からカーリンの声が響く。
その後ろにアーシャさんと、登場回数の少ないうちの担任クラウゼル先生がいた。
「あれを攻撃していいものか……」
明らかに俺たちを誘っている気がしてならなかった。
「ドラゴンの鱗はマジックアーマーで覆われとる。魔法は効かんぞ!」
ミスティ、伊達に1000年生きてないな。
しかし、ここでも物理が有効とは……。
「ここは、ギルド星屑の秘密兵器の出番だな……行けるかロザリアちゃん?」
「はい!」
俺の背後で、ロザリアちゃんが拳を固め、指を鳴らす。
「カーリンは魔法の指示出しを頼む。
魔法の種類はバフ、防御、環境に対してのみで頼む」
魔法が効かなくなって、やりようはある。
「貴殿に言われなくても、承知の上」
カーリンが藍色の杖を構えた。
「ぬし様はどうするのだ?」
「俺は、クラフトでロザリアの援護をするよ。
クラフトは魔法より射程が短いから、前衛に出る必要があるけど。ミスティ――皆を頼んだぞ」
「任せとけ!」
翡翠の髪を揺らし、ミスティが詠唱を始める。
「まて、ミスティは大技禁止な。処理落ちするから」
「なっ!?」
彼女は詠唱をやめた。
さっそく、唱える気だったのかよ。
俺の前に立つ、ロザリアちゃんの背中が震えていた。
「ダイチ、私も前衛を張る!」
レメリアが、ロザリアの肩を叩く。
「これは頼もしい。
魔王軍幹部の実力――見せてもらうぜ」
「ああ!」
黒のマントをはためかせ、レメリアが最前線に立つ。
正直負ける気がしなかった。
「ダイチ……」
スターナが、俺の服の袖を引っ張る。
憂いを帯びた青紫の瞳が、俺を引き止める。
「……大丈夫だよ」
彼女の頭をくしゃくしゃに撫でてやる。
❇
……なんて熱だ。
卵に近付けば近付くほど、全身が焼けるように熱い。
遥か後方でマナ奔流が波紋となって広がる。
俺の体を赤いオーラが纏う。
炎耐性バフか。誰かはわからないけど、いい魔法持ってんじゃん。
ロザリアがガチガチに緊張している。
歩き方がぎこちない。
「はあ、仕方ない……」
俺はロザリアの隣に立った。
「だ、ダイチさん……」
「ロザリア、耳を貸してくれ……」
「は、はい! 重要な作戦ですね!」
ロザリアの耳元に口を近づける。
ペロッ!
彼女の耳の穴を舐めた。
「ひゃっ!」
ロザリアの背筋が伸び、全身が震える。
「お、お前は何をやっとるんだ!」
一部始終を見ていたレメリアの、顔が青ざめていた。
「まあまあ、肩の力を抜いていこうや!」
「ダイチさん。もっと舐めて欲しいです……」
「えっ……」
「……は?」
空気が凍りつく。
「ドラゴンとやらを倒したらいくらでも舐めてやるよ。レメリアも舐めようか?」
「そんなことしたら、貴様の舌をきり落とすからな」
「じょ、冗談だよ……」
ったく、相変わらずおっかねえ。
大気が波打つ――俺たちを待ち構えていたように卵にひびが入った。
――かすかな割れ目から、絶望が顔を覗かせる。
卵が割れると同時に、一匹の龍が空へ昇る。
緋色の鱗が煌めき、白銀に輝く牙をこちらに向けていた。
【財宝竜ファフニール】
レベル12563
HP?????? МP???????
物理???? 魔法????????
防御???? 速度????
インフレしすぎだろ!
既にクソゲー感が漂ってきた。
参加メンバーではレメリアがレベル6523で圧倒的なステータスを誇っている。
その倍以上のレベルだと……。
ファフニールが視界から消えた。
それは一瞬の出来事だった。
風を置き去りにして、ファフニールの尻尾がロザリアちゃんを弾き飛ばした。
「まずい!」
寝台クラフト:ウォーターベッド
俺はウォーターベッドを立てるように設置し、ロザリアちゃんの体を受け止める。
3656ダメージか……ロザリアちゃんなら5回は耐えれる。
ただ、他のメンバーなら、俺を含めてワンパンだ。
「ロザリアちゃん! 大丈夫?」
「うん……ダイチさん、ありがとう」
後衛から、回復魔法と防御バフがかけられる。
ロザリアちゃんの体力は全回復したけど――やばい!?
ファフニールが目の前に降り立ち、巨大な腕を振り下ろす。
くっ……奥の手を使うか。
これだけは、使いたくなかったが……。
「奥義! ロザリアの盾!」
「えっ、ダイチさん!?」
俺はロザリアちゃんの服を背後から掴み、
盾代わりにファフニールの爪を受け止める。
ファフニールの激しい猛攻が続き、何度も腕を振り下ろす。
「いたっ! ダイチさん!? ちょっと! 待って!」
味方の優秀な回復魔法のお陰で、盾が壊れる前に、耐久値が回復される。
「ふっ、お前の薄っぺらい攻撃じゃ、俺のロザリアちゃんは壊せないぜ?」
「ダイチさん……私を盾扱いにして……本当に酷いです」
「俺とロザリアちゃんの初めての共同作業だ。
まだ、いけるよな?」
「えっ……共同作業♡」
ロザリアちゃんが自身の顔を手で覆い、恥ずかしそうに首を左右に振る。
よしっ、これで盾のモチベーションは回復できた。
ファフニールが爪を立て、再び腕を振り上げた。
俺は再びロザリアちゃんを構える。
ズンッ!
「グキャアアアア!」
「貴様の相手は私だ!」
レメリアがファフニールの頬に一発――渾身の左フックが炸裂する。
緋色の巨体が、地響きとともに倒れる。
ダメージ6323だと。
レメリアのステータスを確認する。
レメリアは物理特化なのか!
その時――レメリアの血管が……紅く発光し……脈動する。
ドクンッ――ドクンッ――鼓動のような音が乾いた空気を揺らす。
「火天――」
レメリアが何かをぼそっと呟く。
次の瞬間、彼女の赤毛が発光し、火柱が空に伸びる。
皮膚は紅く染まり、異形の火神が顕現した。
“紅蓮の鉄槌”
レメリアの踏み込みで大地が砕けた。
一瞬で間合いを詰めた拳が、ファフニールの頬を打ち抜く。
爆音。
緋色の巨体が大きく傾ぐ。
なおも止まらない。
紅い残光を引く拳が雨のように降り注ぎ、ファフニールの鱗を砕いていく。
戦場の誰もが呆気に取られ……身動きすらできなかった。
「これが、魔王軍幹部の力……」
俺は生唾を飲み込んだ。
一瞬の出来事だった。
ファフニールが長い尾を振り抜いた。
緋色の衝撃波が戦場を走る。
「伏せろ!」
レメリアの声に反応した、ロザリアちゃんを抱きしめ、地面に伏せる。
澄んだ空気の中、ファフニールの尻尾が巨大な剣へと変貌していた。
……白銀の刀身には聖紋のような文字が刻まれていた。
「第二形態か……クソゲーにしては手が込んでいる」
ファフニールから赤い吐息が漏れる。
「まさか! ブレスか!」
咆哮ともに、ファフニールの口から炎が一直線にこちらへ伸びる。
速い! クラフトも間に合わない!
俺はロザリアちゃんを庇うように抱きしめた。
炎に包まれる――そう思った瞬間、赤い影が降りたつ。
炎神となったレメリアが、炎のブレスを吸い込んでいる。
さすがのファフニールも分が悪いと、後ずさる。
「どうした……もう終わりか?」
「レメリアさん! マジカッケーっす!」
彼女の勇姿に思わず見惚れる。
「ダイチさん……私のことはいいから、逃げてください」
ロザリアちゃんが腕の中で、消え入るような声で呟く。
「駄目だ……死ぬ時は、俺が先だ」
「ダイチ、ロザリア……そろそろ鬼神化が解ける。ファフニールの体力は残り三割ぐらいだろうが、ここからは厳しい戦いになるぞ……」
「わかった。後は俺たちが何とかする。
レメリア、ありがとう……」
三割か正直、絶望的な数値だ。
「まずい!」
レメリアが叫ぶ!
ファフニールが一瞬の隙を突き、俺たちを飛び越え、後衛に向かって飛び立つ。
「他のみんなに狙いを定めたのか!」
俺が振り向くよりも早く、レメリアが駆けた。
「ダイチさん! 私が抱えます!」
ロザリアちゃんが俺を抱きかかえ、物凄い速度で走り出した。
……大丈夫……これはゲームだ!
全滅してもやり直せるはず。
そう思えば思うほど、嫌な汗が流れ落ちる。
少し遅れて、後衛の元へ駆けつけた。
「なっ……」
ファフニールの剣が突き出され、リリムを庇ったレメリアの胴体が貫かれていた。
「リリム……無事か?」
今際の際、レメリアが微笑む。
「……ママ」
リリムの言葉とともに、レメリアの体は紅い結晶に変わる。
絶望に追い打ちをかけるように、視界の端にテキストが流れる。
【緋色の結晶化が発動しました。ファフニールを倒すまで、剣で倒されたキャラはリスポーンできません。全滅した場合は主人公のみリスポーンします】




