第41話 堕落
俺は、ギルドの受付嬢の元へ赴いた。
「あれー?
星屑のダイチさんじゃん。先日はどうもー」
メルリカは、ピンクのツインテールを揺らしながら、覇気のない声で応対する。
「白々しい演技はよせよ。とりあえずパンツをくれ」
もはや、この台詞を発するのに違和感はなくなった。
「へぇー、いきなりご挨拶ね。
せめて、事情を話してくれない?」
「事情は話せん。さっさとお前のパンツをよこせ」
「なるほど、対象者にクエスト内容は漏らさないか……合格よ。
もう六つの秘宝は集めてんでしょ?
いいわよ提出して――」
俺は六つの秘宝をメルリカに手渡す。
あっけなく、Eランクへ昇格した。
「てか、それなら最初っから六つの秘宝でよかったじゃん?」
「うーん。あたいの下着をどうやって狙うのか興味があってね。でも、ストレートに要求してきたのはあんたが初めてよ!
どうしてあたいが依頼主ってわかったのよ?」
「クエスト名の横の依頼主がバニーなっていたからな。それに、こんなクエストを依頼しそうなのがメルリカしかいなかったから」
「ふーん。なるほど、顔はアホっぽいのに馬鹿じゃないんだ。そうね。昇格クエストはあたいの裁量で決めれるのよ」
「職権乱用が過ぎるな。
それで、報酬はなんかないのか?」
このクエストを達成するのにかなりの金額を使った。自業自得な部分は大きいが、割に合わない。
「うーん。そうね……仕方ない……」
メルリカは裏手に引っ込み、しばらくしたら出てきた。
「これ、あげるわよ」
何かを手渡してきた。
これはもしかして……。
まだ、ほんのり温かい。
「まあ、これで手を打とう」
俺はメルリカの下着をインベントリにしまった。
❇
長かった……俺は久しぶりに屋敷に戻ってきた。
アーシャさんが温かく出迎えてくれた。
「ダイチさん……おかえりなさい。
たまには、一人での生活もいい勉強になったんじゃない?」
「そうですね。でも、これからは女性を敵に回さないように気をつけます」
「ふふ、敵なんかいないわよ。
みんな、始めっからダイチさんの味方じゃない」
「そうですね」
❇
「ダイチー!」
リリムが勢いよく飛び込んできた。
「久しぶりだな、リリム!」
俺は、彼女の脇を持ち、高い高いをしてあげる。
「うっひょー!」
こいつも変わらないな。
「ぬし様……妾も……」
いつの間にかミスティも隣に立っていた。
彼女は両手を水平に広げ催促してくる。
「ったく、1000年経っても子どものまんまだな」
リリムを降ろした、今度はミスティを持ち上げる。
「やっほー!」
まったく、可愛い奴らだよ。
「ひぎっ!」
「ぬし様!」 「ダイチ、大丈夫!」
ミスティとリリムが慌てて駆け寄る。
なんだ……腰がピキッと……悲鳴を上げた。
「まさか……ぎっくり腰……」
生まれて初めてのぎっくり腰を味わう。
「これは……デスペナルティの筋肉痛と一緒だ。魔法じゃ回復できない……」
ミスティが頭を抱える。
「ダイチさん、大丈夫ですか?」
アーシャさんが慌てて俺に肩を貸す。
「レメリアー! 助けてー!」
リリムが叫ぶと、一階の一室からレメリアが駆けてくる。
「何事だ!」
「ダイチが……ダイチが……」
リリムの声が震えていた。
「ぎっくり腰って何? 変な病気?」
ミスティは顎に手を当てて考え込んでいる。
みんな、ぎっくり腰を知らないみたいだ。
もしかして、転生者限定のデバフなのか?
「心配すんな」
レメリアはリリムの頭をポンッと軽く撫でた。
「ほらよ!」
彼女はそう言って、俺に肩を貸してくれた。
両脇にアーシャさんとレメリア。
「両手に花だな……」
「ふふ、ダイチさんったら」
横でアーシャさんが笑みをこぼす。
「そんだけ軽口叩けりゃ、元気だろ」
レメリアとアーシャさんに支えられながら、俺は自室のベッドに寝かせられた。
「いだっ……」
動かす度に体が悲鳴を上げる。
「何かあったら、いつでも呼んでね」
アーシャさんの手が、俺の額に軽く触れる。
「レメリアもありがとう」
「ああ……」
レメリアはぶっきらぼうに返事をすると、後ろ手に軽く手を振り、部屋から出ていった。
結局、レメリアが魔界から地上に来た理由は不明だ。魔王軍の幹部として、不安な部分はあるが、みんなとはうまくやっているみたいだ。
……ともかく、最近、頑張りすぎていたのかもな。
しばらく休もう。
❇
額に冷たい手が触れる。
「ダイチ……大丈夫?
ご飯……食べれそう?」
目が覚めると、スターナが泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「たかが、ぎっくり腰で大袈裟だな」
「……その、ぎっくり腰ってのは、大丈夫な病気なの?」
「まあ、無理をしなかったら治るとは思うけど……」
「ご飯持ってきたから、食べさせてあげる!」
みんな、本当にぎっくり腰を知らないんだな。
正直、ご飯ぐらいは自分で食べれるけど……せっかくだからお言葉に甘えるか。
❇
こうして、介抱を受けながら一週間が経過した。
みんな、献身的で本当に優しくしてくれた。
「おい、リリム、ミスティ……足を揉んでくれ」
「アイアイサー」
リリムはぴょんっと飛び跳ね、俺の足の裏をマッサージする。
「ぬし様……またなのか?
これで本当に良くなるのか?」
「なんだ、病人だぞ! もっと労ってくれ!
このままじゃ、ぎっくり腰で死ぬかもしれないんだぞ!」
みんな、ぎっくり腰を知らない。
それが、俺のわがままを増長させていった。
そのことにもっと早く自分で気づいていたら、
悲劇は訪れなかっただろう。
毎食、誰かしらにご飯を食べさせてもらった。
「おい、スターナ!
お腹空いた。食事はまだか?」
「ごめんね。すぐにママに言って作ってもらうから」
みんなを召使いのようにこき使える。
そして、誰もが言うことを聞いてくれる。
それが、こんなにも気持ちいいなんて。
「スターナ……自分じゃうまく噛み切れないんだ……口移しで食べさせてくれ」
「え……ダイチは嫌じゃないの?」
「スターナだったら、嫌じゃないよ」
「えっ……そうなの」
スターナは頬を赤らめる。
俺、頑張ってきたしこれぐらい許されるよな?
スターナがおかゆをゆっくりと咀嚼する。
そのまま、彼女の口移しで食事を済ませた。
「スターナ。昼寝するからレメリアとアーシャさんを呼んできて……寒いんだ」
「えっ、添い寝なら、私がするよ?」
「いや、二人の方が温かいから」
「そうなんだ……わかった」
スターナは二人を呼びに行ってくれた。
「おい、ダイチ……貴様、少し調子に乗ってないか?」
「まあまあ、レメリアさん。ダイチさんだってツライんだから……これぐらいのわがまま聞いてあげましょうよ」
アーシャさんが、レメリアをなだめる。
「寒い……早く体温めてくれ!
早くしないと死ぬかもしれん」
アーシャさんとレメリアが、ベッドの両脇で添い寝をする。
「レメリア、もう少し体を密着させろ」
「くっ……貴様……」
レメリアは露骨に不服そうだ。
「なんだ、俺に逆らうのか。
魔界に送り返したっていいんだぞ?」
「くっ……すみません……ダイチ様……」
魔王幹部を屈服させるこの快感……たまらない。
❇
一ヶ月後――正直、腰は完治していた。
ただ、ぎっくり腰を知らないみんなは、今でも俺を重病人扱いしている。
そして、俺もこの生活から抜け出せなくなっていた。
「大地、病気なんだって……大丈夫?」
「おっ、梓じゃん。久しぶり」
「ダイチ……ぎっくり腰なんだって……」
スターナが涙ぐむ。
「ぎっくり腰?」
梓は露骨に顔をしかめる。
……はっ、まずい!
梓は転生者だ。ぎっくり腰だって知っているはず。
「ああ……なかなか治らなくて……」
俺は冷や汗をかきながら、梓の様子を窺う。
「一ヶ月以上前の話なんだよね?」
「ああ、本当に悪いんだぞ。仮病じゃないからな」
やばい、焦れば焦るほど墓穴を掘ってしまう。
「ふーん。大地……ベッドの上にゴキブリがいるわよ」
「うわっ!」
俺は慌ててベッドから飛び起きる。
「えっ……ダイチ……立てるの?
だって、トイレだってみんなでおぶって連れて行ったのに……」
まさか、梓に嵌められた。
スターナも訝しげに俺を見ている。
「スターナ、今治ったんだよ! な?」
「痺れろ……」
“妨害魔法・パライズ”
「ぐきゃぁぁ……」
また、このパターンか……体が痺れて動かない。
「スターナ……見張ってて。みんなに伝えてくるから……」
俺の頬に雫が落ちる。
「ダイチ……死ぬかもって……本当に心配したんだから……この病気はリスポーンでも甦れないって言ってたから……」
スターナが大泣きし始めた。
そういえば、説得力を持たせるためにそんな嘘をついた気がする。
「スターナ、まあ元気だったからよかったじゃん?」
「ダイチ……今回は私も許さないから……」
スターナが目を合わせてくれない。
……階段を上がる複数の足音が聞こえる。
仰向けの俺を、梓以外の全員が見下ろしていた。
「私は、今回被害者じゃないから帰るね。大地……麻痺はじきに解けるから。じゃあね……」
「待ってくれ……梓……助けて……ぎゃっ!」
伸ばした手をレメリアが踏みつける。
「今まで散々こき使ってくれたなあ」
レメリアが両手をポキポキと鳴らす。
「ダイチさん。スタちゃんを泣かせたのは……許しませんよ」
アーシャさんも目がマジだ。
「ぬし様はすぐに調子に乗るからの」
「みんな、ダイチも悪気があったわけじゃないし……仲良くしようよ」
リリムが俺を庇う。
「リリム……」
「スタちゃん。リリムちゃんを連れて行ってくれる? たぶん、見ない方がいいわ」
アーシャさんに言われて、スターナがリリムを無言で部屋の外に出す。
「ねぇ、皆さん。腰が痛かったのは本当なんです!」
「ダイチ……それ以上ごちゃごちゃ言うと、死ぬ回数が増えるだけだぞ?」
「ひっ……」
「ぬし様……妾も少なからず心配はしとったのに……」
ミスティとアーシャさん、レメリア……。
三人の合わせ技により、俺は地獄を繰り返した。




