第36話 虚構と現実
――雨上がりの空は澄んでいた。
ふぅ、とりあえず、スターナを屋敷まで送るか。
素足の彼女を背中におぶる。
「ダイチ……歩けるから、降ろしていいよ」
「駄目だ! 裸足なんだから、大人しくおぶられとけって。……その……これ以上、俺のせいでスターナを傷つけたくないんだ」
「うん……ありがと」
スターナが俺の背中に体を寄せた。
「なるほど……」
俺はあることに気づいた。
「何がなるほどなの?」
「いや、胸がないと体がよく密着するんだなって……」
「昨日の! 反省は! どこにいったのよ!」
スターナが俺の背中をバシバシ叩く。
「スターナ、痛いってば、やめてくれ」
「もう、ダイチには一生改心なんて無理ね!」
「スターナ、俺を見捨てないでくれ……俺にはスターナしかいないんだよ」
「それって、消去法でしょ?」
「うっ……」
確かに今の状況だけ見るとそう言える。
「本当にサイテーね。しばらく、一人で生活して周囲の人間のありがたみを痛感しなさい」
「あれ、そばで怒ってくれるのでは?」
「ああん?」
スターナからドスの利いた低い声が飛ぶ。
「いえ、なんでもございません」
とりあえずスターナを家まで送り届けた。
「本当に一人で頑張るの?」
「ああ」
「ダイチ……ママには言っとくから、いつでも帰ってきていいからね」
「俺がいなくて寂しいのか?」
「……うん、少しだけね」
いつものスターナなら否定するのに……熱でもあるのか?
「じゃあな」
「うん、またね!」
これまでずっと一緒に暮らしてきた。
彼女に別れを告げたのは初めてかもしれない。
❇
さて、ギルドランクでもあげるか。
ストーリークリアは本来、梓の目的だったのに、
いつの間にか、俺自身のこの世界で生きる意味になっていた。
誰かに期待されていることが嬉しかったのか、前世で何の役割も与えられなかった……いや、役割を全うしてこなかった自分を変えたかったのか……そこまでは自分でもわからなかった。
おっ、ティッシュ配りの依頼、達成になっているじゃん。
報酬1000円か……渋いな。
マジで労力に見合わない。
ギルド、スターダストの宣伝とチュートリアルを兼ねた依頼だからこんなもんか。
メニューを操作して、手伝ってくれたメンバーに均等にお金を振り込む。
このゲームはパーティーで財布は共有していない。
実際にこの手のゲームはあるにはあるが、JRPGではまず見ない。
また、アイテムも共有ではない。
次の任務は……迷子の愛犬探しか……。
今さらな任務ではあるが、レベル1の俺にはなかなかきついな。
王都近郊で目撃情報あり……ね。
涼風が草原を撫でる。
――数体のウルフが喉を鳴らし、一匹の柴犬を取り囲んでいた。
あの子が迷子のワンちゃんか。
ウルフたちを狩ればクエスト達成かな?
「ガスタージャの遺品――使わせてもらうぜ!」
※ガスタージャは生存しております。
“魔剣解放・ヨグ=ソトース”
紫色の禍々しい輝きとともに魔剣が顕現する。
「この魔剣は次元を切り裂く。
くらえ! “次元斬”」
俺は声の限り技名を叫んだ!
紫色の閃光が空間を裂き、ウルフを一直線に薙ぐ。
クゥゥゥン……。
悲痛な叫びとともにウルフたちは消し飛んだ。
せっかくのゲーム世界なんだ。一度でいいから、技名を格好良く叫んでみたかった。
「ふっ、つまらぬものを斬ってしまった」
決め台詞とともに剣を納めようとするが……大地が震える。
この大地はダイチの大地ではなく、地面の大地って意味だ。
ウルフの残骸を、柴犬が吸い込む。
マジか……どんな展開だよ。
迷子の愛犬が――巨大な狼へと変貌する。
「なんだ、こいつ……」
モンスター名:健太くんの愛犬
「飼い主の名前……健太くんなんだ」
俺は再び魔剣を構えるが、
魔剣は使用するだけでMPを消費する。
1レベルのMPじゃ後、1、2回使用したら消えるな。
それに……健太くんのワンちゃんを倒していいのか?
「痺れろ!」
“妨害魔法・パライズ”
「キャゥゥゥン」
健太くんの愛犬に雷のエフェクトが纏わりつく。
「この魔法は……梓!」
振り向くと、梓が立っていた。
「早く、パーティーに私を入れなさい!
倒しちゃダメなんでしょ?」
「ああ、一定ダメージ与えればクリア扱いになると思う」
梓が指を鳴らしながら近付く。
「クゥゥゥン」
しかし、健太くんの愛犬の変身は解け、愛くるしい瞳でこちらを見上げてくる。
「よし、分かればよろしい」
梓が柴犬を抱えた時点でクエストクリアとなった。
「梓、助けてくれてありがとう……俺の剣なら殺していたかもしれない……自分の力が恐ろしいぜ」
「あんた、いつから厨二病になったのよ」
おっと、ついつい魔剣ヨグ=ソトースの魅力に引っ張られてしまった。
「てか、よく俺の場所が分かったな」
「城門まで歩いているところを見かけたから……もしかして、クエストを進めてくれているのかもって。私のために……ありがとう」
梓が珍しく、顔を背けてモジモジしている。
「なんだ? 急にツンデレ属性が生えたのか?」
「生えたってなによ! 私は転生者なんだから、もともとこういう人間なの!」
「もともと、ツンデレってことか」
「うっさいわね! あんた、家に帰れないんでしょ? 今晩は家に泊まってく?」
「えっ! いいのか?」
「いいけど、宿代は取るわよ」
「なんだ。そっちが目的かよ」
❇
貧民街――梓の家に着くと、以前俺がクラフトした家族風呂とトイレが庭に残っていた。
「お風呂、ありがとね。お陰で人間らしい暮らしを実感できるわ」
「助けてくれたお礼にベッドを新調するよ」
「えっ! ほんとに? なら、その間に夕食を作るわね!」
木製の傷んだ家……梓は台所の保存箱から、食材を取り出していた。
バグで自宅の屋敷には冷蔵庫があったが、本来はこの保存箱に食材などを入れる。
さすがゲームというべきか、ここに入れた食材は未来永劫、腐らない。
梓は魔法で火を付け、フライパンでもやしをさっと茹でる。茹でたもやしを水にさらし、調味料を加えていた。
「へぇ、ナムルか……梓って意外と料理が得意なんだな」
「意外で悪かったわね」
保存箱からホカホカのご飯が出てきた。
「なるほど、保存箱は時間の流れ自体が止まるから、事前に作っておけばそのまま料理を保存できるのか……梓、頭いいな」
「へへん。実家でもよくやってたから!」
実家ってのは、前世のことだろう。
梓はご飯にナムルを乗せた。
「どうぞ、特製ナムル丼よ!」
「いただきます!」
俺はもやしとご飯を口の中にかき込む。
「うまっ!」
「そう?
弟がこれ好きだったんだ。家、もともと貧しくてね。……和人……一人で大丈夫かなあ」
梓は食事をしながら、窓の外に目を向ける。
やっぱり、梓にとっての現実は転生前の日本であって、この世界じゃないんだ。
「大丈夫。俺が必ず連れて帰るから」
「なによ、格好良くないんだから、かっこつけても仕方ないわよ」
「酷い言い草だな……梓は……その……ティッシュ配りの件、怒ってないのか?」
「さすがに引いたけどね。まあでも、クエスト達成のためって分かってたから、方法はともかく、情状酌量の余地はあるわね」
「ロザリアちゃん……いつか、謝れる機会があればいいけど」
「ほんと、大地なんかのどこがいいんだか。
主人公補正ってすごいわね」
なんとなく、胸がちくりと痛む。
本来の自分に魅力がないって言われている気がした。
「大地……お風呂沸いたから、入ってきなよ」
「ありがとう。梓って良いお嫁さんになりそうだな」
今日は、梓の意外な一面が見れて良かった。
「な、何よ。あんたの嫁だけは嫌よ」
「別にそういう意味で言ったわけじゃねえよ。
それに、好きな人いるんだろ?」
「うん。流星くん!」
「そいつのどこが好きなんだ?」
「イケメン! サッカー部! 頭が良い!」
そうだよな。やっぱり現役JKならそういう分かりやすい、人を好きになるよな。
自分から聞いててなんだが、テンションが下がった。
「先、風呂に入ってくる」
風呂場は新品同様に綺麗だった。
建物やクラフトしたもの、システムとして組み込まれていない限り、物が劣化することはない。
逆に言えば、掃除してもそれ以上は綺麗ならない。
汚いものはずっと汚いままだ。
この世界がつくづくゲーム世界だと実感させられる。
でも、人間に衛生面のステータスがあるのは面白い仕様だ。本来であればクソゲーならではのストレス要素になるんだけど、この世界で湯船に浸かれるのは、このクソみたいな仕様のおかげだ。
❇
風呂から上がり、梓と交代する。
しっかし、狭い部屋だな。
シングルベッドを置くので精一杯だな。
クラフトメニューを操作して、元から備え付けられていた藁のベッドを解体する。
そして、シングルベッドでは最高ランクのセレブベッドをクラフトする。
厚いフカフカのマットレスに、軽くて保温性バッチリの羽毛布団。
ボロボロの部屋にベッドだけ高級ってのも、
統一感がないな。
しばらくして、梓がお風呂から上がってきた。
彼女は濡れた髪をタオルで拭きながらベッドを目の当たりにして立ち止まる。
「きゃっほー!」
突然、梓がベッドへダイブした。
「すごっ! めっちゃフカフカじゃん!」
彼女は子どもみたいにベッドで飛び跳ねている。
「おい、壊れることはないかもしれないけど、行儀が悪いぞ」
「大地って変なところで、お父さん味があるわね」
「おっさんで悪かったな」
「別にそうとは言ってないけど……」
「ふぁぁあ……さて、この世界の生活リズムに則って、俺は寝るよ」
そう言って、外に出ようと玄関へ向かう。
「えっ、外で寝るの?」
「だって、一緒に寝るのは嫌だろ?
外で、テントをクラフトして寝るよ」
「そうなんだ。でも、寒いし、一緒に寝てもいいよ」
「なんだ?
もしかして、俺のこと好きになったとか?」
「はっ? んなわけないでしょ。
そういうことは、鏡を見て、日頃の行いを鑑みて言いなさい」
「何もそこまで言わなくても……」
「ほら、寝るわよ!」
彼女はそう言って羽毛布団を被った。
まったく、梓の考えていることはよく分からんな。
俺は、軽くため息をつき、隣りに潜り込んだ。
スターナやリリム、アーシャさんと寝ていたから、不思議と女性と寝るのは慣れていた。
「梓って、今の見た目……もともとのキャラクターのものなのか?」
「どうしたの突然……青髪は元のキャラクターだと思うけど、顔はまんま私ね」
「胸も?」
「死ね!」
なるほど、貧乳はもともとの梓の呪いなのか。
「逆に大地はその顔は……聞くまでもないか」
「おい、失礼だぞ!」
「そうだね。人間、顔だけじゃないわよね。
でも、大地って人間性も終わってんじゃん」
「これ以上、俺をいじめないでくれ」
「ガラスのハートなの?」
「いや、プラスチックのハートだ」
「ガラスとプラスチックってどっちが丈夫なんだろ?」
「それは……プラスチックじゃね?」
いい勝負な気もするが……って、なんだこのくだらない話は。
「大地……誰かと寝るって温かいね……」
俺は、この世界に来てからは誰かが隣にいるのが当たり前だった。
逆に梓は、この世界に来てからは一人だった。
本当に正反対なんだな。
俺は、前世で人の温もりに触れてこなかったから。
気づけば彼女は寝息を立てていた。
「……んん……パパ……」
梓の手が俺の体を抱きしめる。
……彼女は泣いていた。
強がってはいるものの、彼女は普通の女子高生だ。
一人でこんな世界に放り込まれて、さぞ辛かっただろう。
今だけは彼女の父親代わりになろう。
そう思い、彼女の頭を撫でた。




