第30話 再会
岩屋に隠れていても埒があかない。
「ダイチ……お腹空いたー」
こんなことなら、調理系のクラフトを解放しておくんだった。
「俺のせいでミスティを巻き込んでしまった」
外に出ると、紫色の曇天が空を覆っていた。
にしても、どうして空から排泄物が落ちてくるんだ?
これが魔界の設定なのか?
開発陣のセンスが終わっている。
しばらく歩くと、都市らしいものが見えてきた。
禍々しいオーラを放つ、黒い街……。
無機質な金属でできた歪な形の建造物が立ち並んでいた。
「あそこに行くしかないな」
「ダイチ……」
ミスティの翡翠色の瞳が微かに揺らぐ。
「大丈夫」
ミスティの手を取る。
正直、俺も不安だ。でも、彼女の冷たい手を握っていると、少しだけ安心できた。
巨大な角を模した門を潜る。
紫色の肌をした人型の何かが町中を歩いていた。
俺たちは明らかに異質だ。
何か食べようと、食堂らしき店に入る。
店の中は獣臭く、ひどい臭いだ。
俺たちは席に座り、注文を取る店員を待った。
「なに?」
ぶっきらぼうな店員が、俺たちをつま先から頭まで舐め回すように見ている。
食べたら早く出よう。
「妾、ギギガスのローストビーフがいい!」
冷や汗ダラダラな俺とは対照的に、ミスティは食事にありつけるってことで、テンションが上がっている。
「俺もガスパーの臓物セットで……」
お金は何故か共通で円だ。
確かにゲーム内で通貨が違ったらさすがにクソーゲーが過ぎるか。
「お待ちどう……さま……!
お、お前は!?」
食事を運んできた、フルフェイスの黒い鎧の男が俺を見て驚く。
「知り合いか?」
ミスティが首を傾げる。
「この鎧……どっかで、見たことあるな……あっ!」
「我は十騎士が第三位! 断空のガスタージャだ!」
まさか、トイレの行き着く先が魔界だったとは!
ガスタージャは、エプロン姿のまま鎧を震わせ、料理を地面に叩きつけた!
「ここで会ったら百年目! 先刻の恨み晴らさん!」
ガスタージャが拳を構える。
「ゴルァ! ガスタージャ! 貴様、また皿を落としたんか!」
厨房から怒声が飛ぶ。
「ひぃぃ! 料理長、許してください!」
「給料から差っ引くからな」
「それだけはご勘弁を……」
「これは滑稽だな。十騎士の名が泣くぞ。
ガスタージャくん。早く、料理を運んできたまえ」
俺はここぞとばかりに、威勢を張る。
「ダイチ……そういうところが、器が小さく見えるのだぞ」
「う、うるさい……」
正論なだけに、素直に認められなかった。
換えの料理が早速、運ばれていた。
臓物セット……ひどい臭いだ。
俺は恐る恐る、ぐちゃぐちゃな何かを口に運ぶ。
「……ん、うまい!」
「口がとろけるー」
ミスティも、恍惚な表情を浮かべ両頬を押さえる。
臭いと見た目はあれだが、味は完璧だ。
「ふぅー食った食った!」
腹は満たされ、俺たちは食堂を出た。
目の前をとぼとぼと黒い鎧が歩いていた。
「ガスタージャ……大丈夫か?」
俺はいたたまれなくなり、声をかけた。
「ああ……クビになった……」
「お前、金がないのか?」
「あるにはあるのだが……」
フルフェイスの兜のせいで表情はうかがえなかったが、ガスタージャの声は明らかに沈んでいた。
「とりあえず、どっかで話さないか。
こんな状況だし、互いに助け合わないか?」
「はぁ……背に腹は代えられぬか……」
こうして、ガスタージャと一時的に同盟を組んだ。
「ダイチ、今日はどこに泊まる?
妾、魔界って初めてだから楽しみ!」
「ガスタージャは泊まるところはあるのか?」
「住み込みで働いていたから……」
なんか、不憫になってきた。
「今晩、宿代はだしてやるから一緒に泊まろう。
代わりにここのことを教えてくれよ」
「そうか……すまないな……」
かつての威厳はどこへやら。
❇
四角い黒いコンテナのような宿を取る。
中は殺風景だが、20畳ほどある。部屋の隅に巨大なベッドがドンッと置いてあった。
これ……キングサイズの何倍あるんだ?
「やっほー!」
ミスティが早速ベッドにダイブしようとする。
「へぶっ!」
俺はミスティの襟首を掴んだ。
「ダイチ、何をする!」
「その前にお風呂で綺麗にしなさい」
クラフトメニューで早速、風呂を出現させた。
「きゃっほー!」
既にスク水姿のミスティは、今度は湯船にダイブする。
激しい湯しぶきとともに部屋が水浸しになる。
「……ったく、仕方ない」
俺はクラフトしたタオルで床を拭く。
「どうした、ガスタージャも入れよ?」
ガスタージャは鎧を着たまま部屋の隅で佇んでいた。
「これは……流されたりしないか?」
そうか、和式便所で流されたことがトラウマになっているのか。
察するにガルデルド帝国にも、風呂やトイレは存在しないのだろう。
「大丈夫だよ。ほら、俺たちも入るから」
俺もタオルを巻き湯船に浸かると、ガスタージャがようやく服を脱いだ。
ガスタージャの姿は一度見た。
サウナにぶち込んだ時に武装解除したからな。
白髪交じりの中年の大男。
渋い声のまんまな見た目をしている。
ガスタージャにタオルを投げ渡す。
「一応、女の子もいるから、隠しとけよ」
「あ、ああ……」
ガスタージャはぎこちなくタオルを巻く。
「こら、ダイチ! 誰が一応だ!」
ミスティがこっちにお湯をかけてくる。
「ふふっ、湯遊びで俺に挑もうとは……いい度胸だな!」
「バカめ! ダイチなど、魔法でイチコロよ!」
ミスティが詠唱に入る前にすかさず脇を責める。
「こら、ダイチ! 卑怯だぞ!
ぎゃはははは!」
どさくさに紛れて、胸を数回揉む。
いい揉み心地だ。
「おい、どこを触っとる」
「ふぎゃっ!」
ミスティの後ろ蹴りが、俺の大事な部分にクリティカルヒットする。
「ぐはっ……ゲームの世界でも……ここは痛いのか……」
「貴様ら、この状況でよくはしゃげるな?
帰る方法も分からないのだろう?」
ガスタージャは俺たちを見てため息をつく。
「悩んだって仕方ないだろ。
それに、一人じゃないしな。三人いればなんとかなるさ」
「ふっ、楽観的な奴だな。ただの馬鹿でないことを祈るよ」
「ダイチはバカだぞ!」
「まだ、くすぐられ足りないようだな?」
俺はミスティに向けて手を小刻みに動かす。
「おい、これ以上は止めろ……」
ミスティが胸を隠すようにして、俺から距離を取る。
「ふぅ……しかし、この風呂というものは気持ちいいものだな」
ガスタージャは頭にタオルを乗せ、目を瞑った。
❇
ひとっ風呂浴びて、三人で地上に帰る方法を話し合う。
「我が魔剣さえ取り戻せたら、時空を渡り、地上に戻れるのだが……」
「ああ、あの紫色の剣か……そういえばどうしたんだ?」
「魔界に落とされた直後、この街を治める、魔王軍の幹部に奪われてな……返してほしければ10億円払えというのだ」
「それはいくらなんでも横暴だな」
俺の全財産は5千万円……さすがに買い戻せないな。
「倒して奪うのはダメなの?」
「ミスティ殿……魔王軍幹部は6000レベルはある。さすがに我々でも倒せないだろう」
「さすがエンドコンテンツ。しかし、どうしたもんかね。とりあえず明日、直談判に行ってみようぜ。クラフトでインフラ整備でも提案して、魔剣と交換できないか交渉してみるよ」
「クラフト……確かに望みがあるやもしれんな」
「そんなにうまくいかないと思うけど」
ミスティは湯船に仰向けになってぷかぷか浮いていた。
「ま、やるだけやってみようぜ。
「最悪、ミスティと交換してもらえないか聞いてみるか」
「貴様は、英雄とは程遠い人格の持ち主だな」
ガスタージャが皮肉混じりにため息をつく。
「そうだぞ、妾がいなくなったらダイチだって悲しいだろ?」
「うーん。女の子は間に合っているしなあ……」
「ダイチのバカー!」
ミスティが突然飛びかかり、一緒に湯船に飛び込む。
「ガボボボっ!」
ミスティは俺の頭を押さえ、湯船に沈めた。
息が……できない。レベル1だから、真っ向からではミスティに勝てない。
まずい……意識が……。
❇
――気づいたらベッドの上に寝かされていた。
グガァァァァ。
ガスタージャのいびきが凄いな。
ミスティは俺の隣で耳を塞いで、必死に寝ようとしていた。
「ミスティ、俺が耳を塞いどくから、寝てな」
「ダイチ……起きたんだ……いいの?」
「俺は充分寝たから」
「ありがと……」
ガスタージャのイビキのせいで、会話するのもやっとだ。
ミスティの耳をそっと塞ぐ。
彼女の長い髪が手に触れる。
お風呂後のせいか、かすかに湿っていた。
ミスティは俺に体を預けゆっくりと目を閉じた。
大人しくしていたら可愛いんだけどな。
ま、騒がしい方がミスティらしいか。
イビキでうるさかったが、俺の心は不思議と穏やかだった。




