第23話 侵攻
ストーリーを進めるフラグを立てるべく、
強烈なトラウマを植え付けられたナージャ王女の元を訪ねる。
「やっぱり、話の流れを考えても……ナージャ王女は外せないよな」
スターナに助けられてから、彼女の元に訪れるのは避けていた。
アルスタイン城は城門を潜るとなぜか、ナージャ王女の部屋に直通で飛ぶ。
そもそも、謁見の間やその他の場所が、制作陣の手抜きで作られてないんだろう。
ピンク一面の花柄の壁紙――中央に構える、クイーンサイズの寝台。
またここに来ることになるとは……。
視界が開けたと同時に、バニラのような甘ったるい香りに抱擁される。
「ああ――ダイチ様……ご無事だったのですね。
お部屋が爆発したので心配しておりました」
「ナージャ王女、貴方から噛みつかれるのに耐えられず逃げてしまいました」
ストーリーを進めるためにも、彼女と一度向き合わないと。
「そ、それは申し訳ございません。
製作者の意向により、噛み癖が人一倍強く設定されていまして……」
「もういいですよ。そんな、メタい説明は……」
自分の悪事をシナリオライターのせいにするヒロインがこの世のどこにいるんだよ。
「噛み殺された被害者にも同じことが言えるのですか?」
「えっ、噛み殺された?」
ナージャ王女は人差し指を顎に当て、首を傾げる。
「離れの塔にあった骸ですよ」
「ああ、あれは制作陣が作ったオブジェクトですわ」
「でも、婚約者が動かなくなったって……」
「それも、セリフで設定されてまして……
私は悪くありませんわ……」
ナージャ王女の肩が微かに上下する。
押さえた目元から涙がこぼれ落ちる。
……確かに、ここまで言われるとゲームのシナリオライターが悪い気がしてきた。
「はい、私も被害者なのです」
「同情はしてあげたいけど……とにかく、次のストーリーに進むにはどうすれば?」
「私と一夜を共にするだけでよいのです」
それだけ……と言いたいところだが、俺にとっては恐怖でしかない。
「わかりました」
梓のためだ。ここは我慢するしかない。
❇
ナージャ王女と食事を取り、上辺だけの談笑をして夜を迎えた。
王女様と寝台の上に並んで寝る。
本来であればこれほど甘美な響きはないだろう。
「ダイチ様……」
ナージャ王女が俺の体に重なるように、覆い被さる。
「ナージャ王女。もし、噛みついたら金輪際、貴方の元には訪れませんよ」
「ううっ……」
ナージャ王女は目元を押さえ、再び泣き始めた。
「舐めるのは駄目ですか?」
どんだけ鎖骨が好きなんだよ。
「ま、まぁそれぐらいなら……」
俺の鎖骨を彼女の舌が這う。
甘い吐息がかかり、彼女が興奮しているのが伝わってくる。
俺の背筋に悪寒が走る。
本来は嬉しいシチュエーションなのだが、
今は、猛獣から首元に牙を突きつけられている草食動物の気分だ。
カプッ――
彼女は耐えきれず、甘噛みをし始める。
彼女は泣いていた。
自分の欲望への葛藤か、罪悪感からなのか、
俺には分からなかった。
噛みつき王女……設定とはいえ可哀想な気もする
「ナージャ王女……一回だけなら噛んでいいですよ」
「ほ、ほんほれふか」
彼女の顔は、涙と涎で蕩けていた。
その晩、王城の中で男の悲鳴が鳴り響く。
それが、自分から出たものとは思えないぐらい、つんざくような大きな悲鳴だった。
【フラグが成立しました。チャプター5B-1 侵攻】
ナージャ王女に噛まれて立つフラグなんて、正直意味が分からないが……もう、この世界について考えるだけ時間の無駄だ。
俺は一瞬にして、西の城門へ転送された。
夜明けとともに大地が黒く染められていく。
それが、黒い甲冑だと気づくのに数秒かかった。
いつの間にか、パーティー可能メンバーが全員城門に転送されている。
「あの、黒い兵たち……ガルデルド帝国の兵ね」
スターナが西の平原を見つめる。
「大丈夫、リリムたちならやれるよ!」
なんか、ボス戦みたいな雰囲気だけど、
こっちは噛みつかれたばかりで、そこまで盛り上がれないし、緊張感もないんだけど。
「有象無象が……妾が蹴散らしてくれよう」
本来、ストーリーに絡まないであろうミスティもいるし、無茶苦茶だ。
大群が目前に迫る――戦が始まろうとしていた。




