第22話 在り処
素材も調達できたので、思い切って10LDKの屋敷をクラフトした。大浴場に露天風呂、バルコニーも備え付けだ。
家は広くなったのに、不思議と寂しさは感じなかった。
食卓を囲み、今日も我が家のヒロインたちは騒がしい。
「ああ、ミスティちゃん!
それ、リリムのいちご!」
ショートケーキのいちごを食べられ、リリムが喚く。
「残してあるから、嫌いなのかと思った」
「最後に食べようと取っていたのに」
「リリム、俺の苺をあげるから、おいで」
「わーい!」
リリムが俺の膝に飛び乗り、口を大きく開ける。
「ダイチ、食べさせて!」
「まったく、仕方ない……」
リリムの口の中に苺を入れる。
「むっほー! おしいー!」
リリムは両頬を押さえ、赤毛のサイドテールを揺らしながら悶える。
ふと、ミスティが無言で近付いてきた。
「ふぎゃ!」
唐突にリリムを押しのけた。
「ぬし様、妾以外のおなごを膝に乗せないでいただきたい」
また始まった。ミスティの嫉妬モードだ。
これ、パッチとかで修整してくんないかな。
正直、面倒くさいんだけど。
「ちょっと、ミスティさん。
リリムちゃんに謝んなさいよ!
それに、ダイチだって嫌がっているじゃない」
「スターナと言ったかの……妾に逆らう気か?」
またこいつは殺気を飛ばして……。
俺はミスティの背後に回って、脇に手を入れる。
「ちょっと、ぬし様、なにを……!
や、やめてくれ……ぎゃはははは……くすぐったい」
「ミスティ、ダメだろ。仲良くしなきゃ」
「そうよ、調子に乗らないでよね!」
スターナもなぜかミスティの足をくすぐりだして参戦する。
「こら、お主ら……死にたいか……」
「詠唱できない、魔術師なんて、ざっこー♡」
リリムも調子に乗って、ミスティの横腹に手を伸ばす。
「ぎゃはははは……やめてくれ……妾、おかしくなっちゃう」
ミスティの弱点というか、魔術師全般の弱点がくすぐりだと判明した。
魔法の発動には、高い集中力と感情を載せて詠唱しなければならない。それが、くすぐり一発で崩壊するのだ。
レベルアップできない俺が、編み出した必殺技だ。
「ごめんなさい。妾を許してくれ……もう、意地悪しないから……」
ミスティはくすぐりを恐れてか、少し性格が丸くなった気もする。
「ミスティ、今度悪さをしたら、漏らすまで続けるからな?」
「ひっ……」
ミスティは短い悲鳴を漏らす。
「よし、俺はアーシャさんからお使いを頼まれているから、スターナとリリム、気が向いたら解放してやれよ」
「「ラジャー」」
スターナもリリムもノリノリだ。
「ひっ……ぬし様、助けてぇ……妾が悪かったから、もうしないからぁ……」
ミスティの震える声を振りほどき、俺は家を出た。
まったく、騒がしい奴らだ。
自分でも不思議だったが、自然と笑みがこぼれていた。
❇
アーシャさんは朝からギルドの依頼に出ていた。
そんなアーシャさんから、代わりに梓に弁当を渡すよう頼まれていた。
そういえば、梓の転生したキャラ――ユリアナに関してはほとんど素性を知らない。
王都の下町で育った貧しい魔法学生ってことぐらいだ。
パーティ加入はできるが、ライドウと同じぐらいストーリーに絡みが無い。
というか、ストーリーが飛んだせいで、ここまでの関係値もよくわからない。
ミスティの件といい、既に当初のあらすじから大幅に逸れているのかもな。
王都の南西に行くと、下へと続く石段の階段が目につく。整備もろくにされておらず、今にも崩れ落ちそうだ。
石段を下るとそこは別世界――傷んだ木板で建てつけられた家にボロボロの布着をまとった民。
カビ臭さと錆びた鉄の臭いが鼻にまとわりつく。
ここが貧民街ってのが、一発でわかるな。
アーシャさんからの話でミニマップにマーカーを付けていた。
ここが目的地か……。
寂れたトタンと木の家……ノックをすると梓が警戒しながら扉の隙間からこちらを覗き込む。
「なんだ、大地か……入って」
部屋に入ると、ランタンの弱々しい火が室内を照らしていた。城壁が日光を遮り、昼間だというのに薄暗い。
「ほら、弁当をもってきたぞ」
机の上に風呂敷に包まれた弁当箱を置く。
「ありがとう………アーシャさんにもお礼を……ゴホッ、ゴホッ……」
梓の頬は、やつれ目の下にくまがある。
「大丈夫か?」
ステータスバーを確認すると、見慣れないアイコンが出ていた。
精神疲労に伴う、体調不良?
なんか、ゲームらしからぬデバフだな。
「私のことはいいから……早く、ストーリーを進めてちょうだい」
梓はベッドに腰掛け、こちらを睨む。
「ストーリーって言ってもなあ、目的地も分からなければ、進行状況すらわからん」
「まったく……なんなのよ、このゲーム……私、もう嫌……」
梓はベッドで膝を抱え、肩が小さく震えていた。
そうだよな。日本での生活が充実していたら、こんなクソみたいな世界、嫌だよな。
――開発陣には申し訳ないけど。
「梓、少し根を詰めすぎているんだよ。
たまには気分転換でもしてみたら?」
「気分転換ってなにするのよ……お金もないし。
貧乏設定のせいか、毎日300円しか使えないの。
その日の食事で精一杯よ」
そうか、それでアーシャさんが弁当を差し入れしてたのか。そう考えると、かなり不遇だな。
俺は、庭に出てクラフトメニューを操作する。
家族風呂――追加オプション“薔薇湯”を設定した。
4畳ほどの建物――部屋の中は、板目の床の上に、ヒノキの湯船が出現する。
湯船には生花の薔薇が浮かび、甘い香りが部屋中に漂う。
「梓――お風呂が沸いたから、入れよ」
「え、お風呂?」
「ああ、庭にクラフトした。
いい気分転換になるぞ……」
「別に……気分転換なんか……」
「お前、臭いから入った方がいい」
「なっ!?」
梓の頬が一気に紅潮する。
「女の子になんてことを……わ、わかったわよ。
入ればいいんでしょ!」
梓は床を踏み鳴らしながら、お風呂へ向かった。
❇
小一時間ほどで梓が風呂から出てきた。
ほんのり甘い香りをまとい、肌から湯気が立ち昇っていた。
「あ、ありがと……」
彼女はそれだけ言うとベッドの上に膝を抱えて再び座った。
「私……好きな人がいるの……」
梓が独り言のように呟く。
「それは、俺っていうオチじゃないよな?」
「は? ばっかじゃないの」
どうやら俺は馬鹿らしい。
「冗談だよ。それで?」
「この世界に来る前――その人とデートに行くはずだったんだ」
「そうか……」
たぶん梓が戻りたい一番の理由は、想い人だろう。
恋をしたことの無い俺には分からないが、それは辛いことなのかもしれない。
「梓ってJK?」
「ええ……17歳よ」
「そうか……」
そうだよな。いきなりこんな世界に放り込まれて……。
「な、何よ……なんか、気持ち悪いわね」
俺は梓の隣に座り、頭を撫でてやる。
「ちょ……やめてってば……」
言葉では拒絶していたが、梓は俺に頭を預けてきた。
彼女の髪は少しだけ湿っていた。
「大丈夫。俺が家に帰してやるよ」
「……うん」
少しだけ梓のことが分かった気がする。
今まで自分のことばかり考えていた。
俺も、アーシャさんみたいに大人としての役目を果たさないとな。




