第14話 日常
アーシャさんの家に帰り、俺たちはいつも通りの日常を送っていた。
「ダイチー、リリムそろそろお家に帰りたい……」
「リリム、行かないでくれ!」
俺はリリムに抱きつき、まな板のような胸に顔をこすりつける。
「むっぎゃー、離れろー!」
「あらあら、ダイチさんどうしたのかしら?」
「ママ、ダイチってば、帰ってきてからずっとこうなのよね」
「まあ、無理もないわね。私も……スタちゃんとリリムちゃんが生きていて……本当によかった」
アーシャさんも俺たちが帰ってから、
ずっとこの調子だ。
「アーシャさん。俺がベッドで慰めてあげますよ」
俺はアーシャさんの手を取る。
「ダイチさん……
スタちゃん、リリムちゃん。少し、待っててね」
アーシャさんは、涙を拭き椅子から立ち上がった。
冗談で湿っぽい空気を軽くしようと思ったんだけど……アーシャさんもなぜか乗り気だ。
「ダメよママ!」
スターナが俺たちの手を引き離す。
「何がダメなんだ?」
「く……」
スターナは俺の言葉に頬を赤らめる。
「ダイチー、帰りたい! 帰りたい! 帰りたい!」
リリムが床を転げ回り、駄々をこね出す。
「はぁ……分かったよ。でも、心配だから家まで送っていくよ。スターナはアーシャさんと二人でゆっくりしてな」
親子でゆっくり過ごす時間も必要だろ。
「あ……うん……」
「ダイチさん……また今度……ね」
アーシャさんは、名残惜しそうに俺を見つめる。
なんか、スターナを連れ帰ってから急にヒロイン化してきたな。
俺たちの視線を切るように、スターナが前に飛び出す。
「ダイチ、帰ってきたら私がご飯作ってあげるからね!」
「どうしたんだ、急に?
お前、料理なんて作れたのか?」
「ええっと、ママに教えてもらうから!」
「ええ……いらないよ別に……不味いもん食いたくねえし」
「ちょっと、そんなひどい言い草ないんじゃない!」
スターナは、なぜか鼻息荒く怒り出した。
「ダイチは、女心がわからぬ奴だ」
リリムが、したり顔でため息をつく。
「女? どこにいるんだ?」
「ダイチなんて嫌い!」
スターナの右ストレートとともに家から追い出されてしまった。
とりあえずスターナをパーティから外して、
リリムの家に向かう。
「ダイチはスターナのことが好きなのか?」
「好きだよ……どうしてだ?」
「なるほどね……好きな人ほどイジメたくなるみたいなやつか」
なんか、リリムのクセに分かったような口を利いてくるのが少し癪だ。
「リリムに対してもあんまり変わんないだろ」
「それは、リリムも好きということか!」
なんで、テンション上がってんだよ。
「うーん、10年もすれば綺麗な大人の女性になるとは思う」
「今だって充分綺麗だろうが!」
「はいはい。ほら、家はどっちだ?」
「というか本当にリリムの家に行くのか?
一人で帰れるのに……」
「迷子になったら大変だろ?」
「なるか!」
俺がいない間に何かあったらどうする。
――もう、二人を喪うのはごめんだ。
小一時間歩くと、郊外に古民家のような、傷んだ家がぽつんと佇んでいた。
庭にはお墓があった。
そこだけ手入れが行き届いていて、寂れた古民家とは対照的に、少し浮いているように見えた。
「パパ……ただいま……一人にしてごめんなさい」
リリムはお墓の前で、目を瞑る。
俺も隣でそれに傚う。
「よしっ!
お墓の掃除をするから、ダイチは部屋で待っていて」
「ああ……」
リリムに言われるまま小さな家に入る。
家の中は寂れていて、壁や窓、家財はどれも修繕して使い回しているような形跡がみられる。
……あんまりいい暮らしをしているとは言い難い。
俺は、部屋の隅にあるベッドに腰を下ろす。
積み上げた板に布団を敷いただけの簡素な作りだ。
「ダイチ、終わったぞ。
今夜はリリムはパパと過ごすから……
送ってくれてありがとう」
力なく笑うリリムは、どこか寂しげに見えた。
「リリム……嫌じゃなければもう少しここにいてもいいか?」
「むふふ。リリムのミステリアスな部分に惹かれたんだな」
「まあ、そんなとこかな。
お父さんが、亡くなってから結構経つのか?」
「もう、五年になる。
あとパパっていっても……血は繋がってない。
孤児だったリリムを拾ってくれたんだ」
「ここは、その人の家だったのか?」
「うん……生活は苦しかったけど、帰る場所があるのは落ち着く……」
「その気持ち、わかる気がする」
「でも、ダイチたちといたら……ここに帰って来なくなりそうで……それが嫌なんだ」
リリムにとってはここが帰る場所だもんな。
今まで、パーティ編成で縛ってきたのは……我ながら最低だった。
「リリム……悪かった……」
「今日のダイチはいつも以上に気持ち悪いの。
でも……謝ることはない。帰りたいけど帰れない……それなら、ダイチたちのところにいてもいいって、リリムは自分を正当化していた。
帰らなくて済む理由をダイチに押し付けていた」
リリムの声がかすかに震えていた。
そうか、リリムはこの場所に縛られていたのか……でも、パパと呼ぶぐらい慕っていた人だ。
当然なのかもしれない。
「それぐらい、俺が背負ってやるよ。
お前を帰さないように、パーティ編成で縛ってやる」
「ダイチ……でも、たまにはお参りしたいのだ」
「その時は、いつでも俺が一緒に行ってやるよ」
「むふふ。ダイチは面構えは極悪人なのに、意外といい奴だな」
「俺の面ってそんなに酷いのか?」
「うむ、性格の悪さが外面にまで滲み出ているの」
まじか……。
「ダイチ……今日はここで泊まっていくか?」
「そうだな。意外とここまで遠かったし、お言葉に甘えようかな」
ファストトラベルさえあれば……何度そう思ったことか。
「それじゃあ夕飯の支度をするから」
「ああ、頼む」
俺はその間に、トイレをクラフトして……ステ振りやクラフトツリーを確認するか。
おっ……これいいじゃん!
クラフトメニューを操作して、リリム家の庭にあるものを作る。
❇
「ダイチー、もうすぐご飯ができるぞ!」
リリムが外に俺を呼びに来た。
「って……なんじゃこれ!」
リリムは腰を抜かし、地面に座り込む。
立ち上る湯気、環状に並べられた岩――白濁した湯船。
「どうだ? 露天風呂っていうんだ」
「おい! 人の家の庭に、何を勝手に……」
「リリム、気持ちいいぞ?」
「うう……入りたいけど、裸は嫌なのだ」
「女の子みたいな反応しやがって」
「リリムは女の子なのだ!」
……ったく仕方ない。
パーティー→リリム→装備→外見変更→スク水選択。
流れるような操作で、リリムの衣装をスク水に変更する。
俺は、被服クラフトも習得したから、衣装もいくつか作っていた。
「な、なんじゃこれ!」
紺色のスク水、胸には『りりむ』の文字が貼り付けられている。
制作陣……わかっているねえ。
「まあ、俺の世界の湯着みたいなもんだ。
そのまま入れるぜ」
「なんか、恥ずかしい気もするが……裸よりマシか……よしっ! うっひょー!」
リリムは飛び上がり湯船にダイブする。
「おい、それはマナー違反だからやめなさい」
「なっ、お風呂にもしきたりがあるのだな」
「あと、泳ぐのも禁止だぞ……」
「なぬっ!」
既に平泳ぎの体勢に入ってたリリムがしゅんとする。
「……まあ、いいか。
礼儀作法は気にしなくていいや。
好きに泳いでいいぞ!」
「やったー!」
リリムは泳いだり、飛び込んだり、
縦横無尽に遊び回っていた。
こんなに楽しそうなリリムを見たのは初めてだ。
はしゃぐリリムを横目に、俺は夜風を浴びる。
そういえば、夕食のことをすっかり忘れていた。
冷めてしまうけど……体は温まったから、それでいいか。




