第12話 歪み
一悶着あったけど、梓がパーティーに加入した。
「大地さん。これからよろしくね」
「はい……これからは梓様の言うことは何でも聞きます」
完全に俺の心は屈服させられていた。
ザザザ――視界にノイズが走る。
まただ。
【チャプター4-3 英雄の帰還】
チャプター4-3?
明らかにストーリーが飛んでいる。
視界が定まると、部屋の中央にある数人が寝られそうな天蓋付きの寝台の上に座っていた。
ふかふかで気持ちいいけど……ここはどこだ?
磨き上げられた大理石の床には赤い絨毯が敷かれ、金細工の調度品が並んでいる。
そして、隣には見慣れない女性が腰掛けていた。
絹糸のような金髪が肩に流れ、白磁のように透き通った肌が燭台の灯りに照らされている。その整った横顔は息を呑むほど美しく、品性が外見まで滲み出ていた。
「キミは……?」
「ダイチ様ったら、また冗談でわたくしを楽しませてくれるのですね」
「ごめん。本当に誰だか分からないんだけど……」
ということだ?
ストーリーが丸々抜けているのか。
ステータスバーを確認すると、
ナージャ・クリフォート・ローゼンベルグと表記されていた。
ナージャ……どこかで聞いたことのある名前だ。
うーん……あっ! 王女様の名前か!
それならここは王城か……。
「ナージャ様……俺たちってどういう関係なんですか?」
「えっ……そんなお恥ずかしいですわ」
ナージャ王女は、頬を両手で抑え身悶えしている。
反応を見るに婚約者ってとこか?
チャプターのタイトル的にも、俺がナージャ王女をお救いして、アルスタイン王国に連れ帰った。
……その功績で結婚する流れになったとか?
パーティ編成画面を確認する。
……スターナとリリムがいない。
梓はどうでもいいけど。
「うぉっと……」
ナージャ王女が俺をベッドの上に押し倒す。
たわわに実る果実が、視界いっぱいに迫る。
「ダイチ様……わたくしはダイチ様に助けられました。今宵はダイチ様の好きにしていいですわ」
ナージャ王女の胸に手を伸ばす。
くっ……一瞬、スターナの泣き顔が頭をよぎる。
「ナージャ王女……すみません」
「どうされました?」
「俺には……貧乳枠が必要なんです!」
「……どういうことですか?」
「すみません!」
俺はナージャ王女を押しのけ、王城を飛び出す。
背後からナージャ王女が俺の名前を呼んでいた。
スターナ……リリム……。
心の中で二人の名前を呼び続ける。
なんだか胸騒ぎがする。
❇
――アーシャさんの家に帰り着いた。
部屋の明かりは消えていた……。
「ただいま……」
薄暗いリビングでアーシャさんが、テーブルに突っ伏して寝ていた。
テーブルの上に飲みかけのウィスキーが置いてあった。
「こんなところで寝てたら、風邪ひきますよ」
アーシャさんを抱きかかえ、二階のベッドに寝かせる。
「……スタちゃん?」
アーシャさんは寝ぼけ眼で俺を見る。
「……ダイチさん……」
俺を見る彼女の目は泣いていた……。
「アーシャさん……スターナはいる?」
「ダイチさん……冗談でもやめてください!
そんなことをしても、スタちゃんとリリムちゃんは帰ってきませんよ……」
あぁ、やっぱりそうなのか……
スターナとリリムは死んだ。
いつ、どこで死んだんだ?
くそっ、何もわからない。
ストーリー上のどこかで死亡イベントがあっただろう。それを体験せずに済んだのは、もしかして、幸せだったのか。
そう自分に言い聞かせてみたが、到底納得できなかった。
気づけば夜道を彷徨っていた。
バグで二人の名前が出てこないか、パーティー編成画面を開いては閉じてを――繰り返していた。
……失ってから初めて気づいた……。
俺、二人のこと好きだったんだ。
ふと、編成画面に梓の名前が表記される。
「ダイチ……ストーリーが飛んだみたいね。
ま、私は、早くあんたにクリアしてもらって、元の世界に帰りたいからいいんだけど……」
俺は梓の胸ぐらを掴む。
「よくねぇ……よくねぇよ……スターナとリリムが死んだんじゃ、意味ねえんだよ」
自分でも、驚きだった。
数日しか過ごしていないNPCにここまで感情移入していたなんて。
「えっ……あの子たち……亡くなったの?」
どうやら、梓も何も知らないようだ。
「ああ……二人は物語に殺された……」
「そうなの……無神経だった……ごめんなさい……」
「なぁ……二人を蘇生させる方法とか知らないよな?」
自分でも無茶苦茶な質問をしていると思う。
そんなに、都合良くいかないことは、よく知っている。
「ごめんなさい……この世界で、死者は大地を巡ると言われているわ」
「大地……ね」
大地違いだが、俺の中を巡ってくれたらどれだけ良かったか……。
「悪い……邪魔したな」
俺は、梓に背を向けて歩き出す。
「大地さん……どこに行くの?」
「そんなの、俺の勝手だろ……」
「勝手だけど……でも、私ならいつでもそばにいるからね!」
「ゲームクリアに、俺が必要なだけだろ」
「そんなこと……」
梓はそこで言い淀む。
こいつは、クリアして元の世界に帰れればそれでいいんだろう。
「でも、二人が死んでよかったなんて思わないわ!」
梓の言葉が嘘か本当かなんて、どうでもよかった。
スターナとリリムが戻って来るわけでもないし。
王都のはずれの荒野で、俺は地面に拳を打ちつける。
土煙が天高く舞い、拳が大地を穿つ。
何が死者は大地を巡るだ。
「返せよ! 二人を返せ!」
俺は何度も、何度も、何度も力任せに拳を振るった。
大地が揺らぎ、地盤が崩落するのが分かった。
白いポリゴン状の景色――俺は地の深くまで落ちていった。
――このまま死んでもいい。
本気でそう思った。




