表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

第12話 父の仇

 彼女たちが現代に戻った後。


 歴史は奇妙な、というよりもある種、皮肉な展開を見せた。


 そこから先は、駿府高校のメンバーも知らない歴史となる。


 今川氏真は、その後、流転。

 元亀げんき二年(1571年)十月に、北条氏康が病没すると、その後を継いだ氏政は外交方針を転換して武田氏と和睦した。

 その後、氏真は徳川家康に庇護され、浜松に移住した。


 そして、運命は皮肉な出来事を演出する。


 天正てんしょう三年(1575年)、三月十六日。

 今川氏真は、父・義元を討ち取った、「かたき」である織田信長と、京都の相国寺しょうこくじで謁見した。


 これは、その時のことだ。

 氏真にとっては、憎くて仕方がない「父の仇」、織田信長。

 しかし、その信長に初めて会った、氏真は体が震えるほどの衝撃を受けていた。


 決して偉丈夫いじょうぶではない、一見細身の男だったが、高い声と何よりも、他者を睥睨へいげいするような、蛇のように鋭い眼光が特徴的で、どこか抜き身の刃物のような威圧感をこの男から感じたのだ。


 その、「恐ろしい」とすら思える、信長は、氏真を見て、高く、鋭い声を放った。

「氏真か」

「はっ」


「そなた、蹴鞠を得手えてとしておるらしいな」

「はっ」


「で、あるか。わしに披露せよ」

「かしこまりました」

 つい、返事をしてしまった氏真。正直に言うと、氏真にとって、この男は恐ろしい存在で、歯向かえないような雰囲気があり、完全に気圧けおされていた。


 結局、その四日後。

 三月二十日。


 同じ相国寺に、蹴鞠を得意とする公家と共に呼び出された氏真は、そこの庭で信長に蹴鞠を披露することになった。


 しかし、氏真の内心は複雑な心境に支配されていた。

(おのれ、信長め。父の仇、許すまじ)

 という気持ちがあったのも確かだが、同時に、


(やはり恐ろしい。殺される)

 という、恐怖の気持ちもあったのは確かだった。


 しかし、この数年に渡り、実は氏真は密かに研究し、そして練習を続けていた。

 蹴鞠自体、そして駿府高校女子サッカー部に教えてもらった「サッカー」についてもだった。

 特に中田から教わった、ドライブショットは既に完成させており、しかも精度が上がって自在にコントロールが出来るようになっていた。

 中田葵が、置き土産として残していった、サッカーボール。


 それを大切に保管し、同時に蹴鞠よりも、むしろこのサッカーボールを使って、サッカーの練習をしていた氏真。

 ある意味、ドライブショットの技は完成形になっていた。


 当日。

 多くの公家が、相国寺の庭に集まって、織田信長が庭の先にある、一段高い舞台から見下ろす形で、この「蹴鞠」を眺めることになった。


 多くの公家たちが、束帯に烏帽子をつけ、蹴鞠を持参し、いわゆる「リフティング」のように、


「あり、やあ、おう!」

 という掛け声と共に、蹴鞠を始める中。


 氏真だけは違っていた。

 彼らが見たこともない、白と黒の模様が入った、奇妙な球を持った氏真は、信長の方を見ながらリフティングを開始。


 しかし、彼は無言で、まるで信長の方を睨みつけながらリフティングを開始していた。

 というよりも、彼はタイミングを見計らっていた。

(一瞬の隙があれば、打ち込めるはずじゃ)

 氏真の視線、集中力はその一点にのみあった。


 織田信長の周りには、織田家の重臣である、柴田勝家、丹羽長秀が左右に控えていた。

 普通に考えれば一分いちぶの隙などない。

 それに歯向かえば、間違いなく殺されるだろう。


 しかし、氏真は密かに考えていた。

(せめて一矢いっし報いるべき)

 と。


 鬼のような信長の迫力。対して、こちらは羊のように穏やかな生活を送ってきた氏真。

 まともにやりあって勝てるはずがなかった。


 しかし、それでも氏真は、わずかながらも一矢報いる機会を窺っていた。


 その時だ。

 信長は、何かを確認するつもりだったのだろう。左側に座っていた丹羽長秀の方に顔を向け、視線自体が一瞬、こちらから逸れた。


(今じゃ!)

 その時を氏真は見逃さなかった。


 ボールをバウンドさせて止め、その瞬間、短い助走から一気にボールを蹴り上げていた。


 そのボールは宙空を高く舞い上がり、一見すると暴投に思える軌道を見せて、空に上がった。

 何人かが見上げる中、途中からボールの軌道が変わった。


 急激なブレーキがかかり、一気に落下。

 その先にあったのは、織田信長の「顔」だった。


(父の仇、信長、覚悟せよ)

 そう。氏真は信長の顔面を狙って、サッカーボールを蹴っていた。ドライブショットによって。


 しかし、わずかながら信長の方が一枚上手だった。


 向かってきたボールに素早く反応し、体をわずかに傾ける。

 そのまま強烈な勢いを持ったシュートが、信長の後ろの幕に衝突してボールは跳ねていた。

(外したか。いや、かわされたか)

 氏真は無念に思ったのだが。


 当然、たちまちその場が緊迫感に包まれ、公家たちが青ざめて蹴鞠の毬を落とし、そして柴田勝家がえていた。


「貴様!」

 そのまま刀を抜いて、氏真に向かって行こうとする彼を鋭い声で止めたのは、他ならぬ狙われたはずの信長だった。


「よい、権六ごんろく

 勝家を幼名で呼び、彼は渋々ながらも、


「しかし、殿!」

「こやつは殿のお命を狙ったのですぞ」

 しかし尚も納得がいかない様子の柴田勝家、そして丹羽長秀だったが、信長の表情は、不思議と緩んでいた。口元にわずかな笑みを見せていたが、目は少しも笑っていなかった。


 ぞくっとするような恐怖を氏真は感じたが。

「氏真。見事な技ぞ。褒美を取らす」

「はっ」

 信長は、己が狙われたにも関わらず、氏真には一切のとがめを下さないどころか、褒美を与えたのだった。


 恐怖を感じながらも、氏真は内心では満足していた。

 その心中は、

(父の仇に、せめて一太刀ひとたちでも浴びせたかったが、わしではそれも出来ぬ。ならばと思い、せめてこの”さっかー”で一矢報いたわ)

 と、思っていた。


(かたじけない、葵)

 ドライブショットを教えてくれた、中田葵への感謝の気持ちを心の中で伝えていた。


 この時、氏真は38歳。信長は41歳。


 この時の会見の様子が「今川氏真詠草」という書物に残されているが、氏真による感慨は一切記されていないという。


 つまり、この時の蹴鞠の会で何があったかを現代人は知るすべを持たない。


 生まれた時代が、戦国ではなく現代なら、優れたサッカー選手になっていたかもしれない男、今川氏真。


 彼がサッカーをしたという歴史は、もちろん書物に記されていない。


                     (完)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ