第12話 父の仇
彼女たちが現代に戻った後。
歴史は奇妙な、というよりもある種、皮肉な展開を見せた。
そこから先は、駿府高校のメンバーも知らない歴史となる。
今川氏真は、その後、流転。
元亀二年(1571年)十月に、北条氏康が病没すると、その後を継いだ氏政は外交方針を転換して武田氏と和睦した。
その後、氏真は徳川家康に庇護され、浜松に移住した。
そして、運命は皮肉な出来事を演出する。
天正三年(1575年)、三月十六日。
今川氏真は、父・義元を討ち取った、「仇」である織田信長と、京都の相国寺で謁見した。
これは、その時のことだ。
氏真にとっては、憎くて仕方がない「父の仇」、織田信長。
しかし、その信長に初めて会った、氏真は体が震えるほどの衝撃を受けていた。
決して偉丈夫ではない、一見細身の男だったが、高い声と何よりも、他者を睥睨するような、蛇のように鋭い眼光が特徴的で、どこか抜き身の刃物のような威圧感をこの男から感じたのだ。
その、「恐ろしい」とすら思える、信長は、氏真を見て、高く、鋭い声を放った。
「氏真か」
「はっ」
「そなた、蹴鞠を得手としておるらしいな」
「はっ」
「で、あるか。わしに披露せよ」
「かしこまりました」
つい、返事をしてしまった氏真。正直に言うと、氏真にとって、この男は恐ろしい存在で、歯向かえないような雰囲気があり、完全に気圧されていた。
結局、その四日後。
三月二十日。
同じ相国寺に、蹴鞠を得意とする公家と共に呼び出された氏真は、そこの庭で信長に蹴鞠を披露することになった。
しかし、氏真の内心は複雑な心境に支配されていた。
(おのれ、信長め。父の仇、許すまじ)
という気持ちがあったのも確かだが、同時に、
(やはり恐ろしい。殺される)
という、恐怖の気持ちもあったのは確かだった。
しかし、この数年に渡り、実は氏真は密かに研究し、そして練習を続けていた。
蹴鞠自体、そして駿府高校女子サッカー部に教えてもらった「サッカー」についてもだった。
特に中田から教わった、ドライブショットは既に完成させており、しかも精度が上がって自在にコントロールが出来るようになっていた。
中田葵が、置き土産として残していった、サッカーボール。
それを大切に保管し、同時に蹴鞠よりも、むしろこのサッカーボールを使って、サッカーの練習をしていた氏真。
ある意味、ドライブショットの技は完成形になっていた。
当日。
多くの公家が、相国寺の庭に集まって、織田信長が庭の先にある、一段高い舞台から見下ろす形で、この「蹴鞠」を眺めることになった。
多くの公家たちが、束帯に烏帽子をつけ、蹴鞠を持参し、いわゆる「リフティング」のように、
「あり、やあ、おう!」
という掛け声と共に、蹴鞠を始める中。
氏真だけは違っていた。
彼らが見たこともない、白と黒の模様が入った、奇妙な球を持った氏真は、信長の方を見ながらリフティングを開始。
しかし、彼は無言で、まるで信長の方を睨みつけながらリフティングを開始していた。
というよりも、彼はタイミングを見計らっていた。
(一瞬の隙があれば、打ち込めるはずじゃ)
氏真の視線、集中力はその一点にのみあった。
織田信長の周りには、織田家の重臣である、柴田勝家、丹羽長秀が左右に控えていた。
普通に考えれば一分の隙などない。
それに歯向かえば、間違いなく殺されるだろう。
しかし、氏真は密かに考えていた。
(せめて一矢報いるべき)
と。
鬼のような信長の迫力。対して、こちらは羊のように穏やかな生活を送ってきた氏真。
まともにやりあって勝てるはずがなかった。
しかし、それでも氏真は、わずかながらも一矢報いる機会を窺っていた。
その時だ。
信長は、何かを確認するつもりだったのだろう。左側に座っていた丹羽長秀の方に顔を向け、視線自体が一瞬、こちらから逸れた。
(今じゃ!)
その時を氏真は見逃さなかった。
ボールをバウンドさせて止め、その瞬間、短い助走から一気にボールを蹴り上げていた。
そのボールは宙空を高く舞い上がり、一見すると暴投に思える軌道を見せて、空に上がった。
何人かが見上げる中、途中からボールの軌道が変わった。
急激なブレーキがかかり、一気に落下。
その先にあったのは、織田信長の「顔」だった。
(父の仇、信長、覚悟せよ)
そう。氏真は信長の顔面を狙って、サッカーボールを蹴っていた。ドライブショットによって。
しかし、わずかながら信長の方が一枚上手だった。
向かってきたボールに素早く反応し、体をわずかに傾ける。
そのまま強烈な勢いを持ったシュートが、信長の後ろの幕に衝突してボールは跳ねていた。
(外したか。いや、かわされたか)
氏真は無念に思ったのだが。
当然、たちまちその場が緊迫感に包まれ、公家たちが青ざめて蹴鞠の毬を落とし、そして柴田勝家が吼えていた。
「貴様!」
そのまま刀を抜いて、氏真に向かって行こうとする彼を鋭い声で止めたのは、他ならぬ狙われたはずの信長だった。
「よい、権六」
勝家を幼名で呼び、彼は渋々ながらも、
「しかし、殿!」
「こやつは殿のお命を狙ったのですぞ」
しかし尚も納得がいかない様子の柴田勝家、そして丹羽長秀だったが、信長の表情は、不思議と緩んでいた。口元にわずかな笑みを見せていたが、目は少しも笑っていなかった。
ぞくっとするような恐怖を氏真は感じたが。
「氏真。見事な技ぞ。褒美を取らす」
「はっ」
信長は、己が狙われたにも関わらず、氏真には一切の咎めを下さないどころか、褒美を与えたのだった。
恐怖を感じながらも、氏真は内心では満足していた。
その心中は、
(父の仇に、せめて一太刀でも浴びせたかったが、わしではそれも出来ぬ。ならばと思い、せめてこの”さっかー”で一矢報いたわ)
と、思っていた。
(かたじけない、葵)
ドライブショットを教えてくれた、中田葵への感謝の気持ちを心の中で伝えていた。
この時、氏真は38歳。信長は41歳。
この時の会見の様子が「今川氏真詠草」という書物に残されているが、氏真による感慨は一切記されていないという。
つまり、この時の蹴鞠の会で何があったかを現代人は知る術を持たない。
生まれた時代が、戦国ではなく現代なら、優れたサッカー選手になっていたかもしれない男、今川氏真。
彼がサッカーをしたという歴史は、もちろん書物に記されていない。
(完)




