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第10話 小田原サッカー対戦

 中田葵の機転と、思いきった行動により、結果的に命を救われた形になった、今川氏真。


 当然のように、氏真、妻の千早、妹のまつ、重臣の朝比奈泰朝はじめ、今川家の面々から、中田は感謝され、千早などは涙を流して喜んでいた。


 そして、彼ら一行は、千早の実家である、北条家が治める、相模国の小田原に移ることになるのだが。


 その途中、今川家の行列に従って、移動しながら。

「なあ、井原」

 陽キャの高原が声を上げた。


「何?」

「確か歴史だと氏真は殺されずに済んだんだろ」


「そうよ」

「じゃあ、実際には殺されるところを、私たちが歴史に介入してしまったんじゃないのか?」

 その疑問は、他のメンバーも思っていたようで、特に中村と川口が熱心に耳を傾けていた。


 しかし、井原は首を横に振った。

「いえ。恐らく歴史は変わらないわ」

「どうしてさ?」


「たとえ葵があの時、失敗したとしても、いえ恐らく葵がいなかったとしても、結局、徳川家康が氏真の命を救っていたはずよ」

「どうしてだ?」


「歴史というのは、そうやって作られるからね。未来人の私たちが介入しても、大筋は変わらないと思うの」

「ふーん。そんなものか」

 納得したような、していないような微妙な表情を浮かべて、高原は頷いた。


 今川氏真とその配下の一行は、一旦、伊豆戸倉城に入り、そこから小田原に向かうことになる。

 そして、小田原城で、北条家当主であり、氏真にとっては、しゅうとに当たる、戦国大名、北条氏康に謁見。


 氏康の配慮によって、小田原にほど近い、早川に屋敷を与えられ、そこで過ごすことになる。

 後に、ここの地名を取って、千早は「早川殿」と呼ばれることになる。


 タイムスリップした、駿府高校女子サッカー部の5人もまた、早川の屋敷に移ったのだが。

「元の時代に帰るどころか、遠ざかってないか? ここ、神奈川県だろ?」

 高原が顔をしかめていた。


「そうね。多分、今の早川駅の近くね」

 場所は、現在の東海道本線、早川駅の近くにある、背面が崖のような場所にあった屋敷で、今川家の一同が住めるような、広大な屋敷で、広い庭までついていた。


 それでも、今川家全員を養っていくことは出来ないため、重臣の朝比奈泰朝など主要な家臣以外は、実質的な解雇に近い形になってしまう。


 当然ながら、ただの「旅芸人」に過ぎない彼女たちにも、氏真自ら、

「かような状況ゆえ、おぬしらも好きにしてよいぞ」

 と言われる始末。


 ただ、そうは言われても、帰るべき手段がない彼女たちは、依然として留まることを選択した。


 これには、リーダーである中田の一言が大きく影響していた。

 彼女は、メンバーを集めこう告げたのだ。

「今は元の時代に帰ることを最優先にしたい。そう考えると、下手に移動して、戦乱に巻き込まれるより、比較的平和なここにいた方がいい」

「なるほど。もうすぐ夏が来る。そうして嵐の夜を待つんだな?」

「ああ」

 井原も納得し、結局引き続きの逗留が決まった。実際に、ここ相模国の小田原周辺は、北条氏ががっちりと支配を固めていたから、治安もよく、戦争の気配もなかった。


 そこで、今度は氏真の方から、彼女たちを呼び出し、提案してきたのだ。

「ようやく落ち着いたゆえ、わしはおぬしらとまた、”さっかー”の試合がしたい」

 と。


「わかりました」

 結局、中田が主導して、前回の野試合と同じような形式で試合を開催することになる。


 そして、6月中旬。試合当日がやって来た。

 

 今回も、当然ながら彼女たちは5人しかいないため、残りの6人は今川家の家来から借りることになった。


 駿府高校は。

 フォーメーションは、3-4-2-1。

 センターフォワードに高原奈緒のみを置くワントップ。

 中盤のミッドフィルダーを実質的に6人と分厚くする体勢で、シャドーの位置に中田葵。センターハーフ(=ボランチ)に中村俊。

 ディフェンダーのセンターバックには井原まなか。

 ゴールキーパーは、川口芳美。


 一方で、今川軍チームは。

 フォーメーションは、ツートップの4-5-1。

 こちらもセンターフォワードに朝比奈泰朝のみを置くワントップ。

 チームの司令塔のミッドフィルダー、トップ下には、今川氏真。

 ディフェンダーのセンターバックには、千早。

 ゴールキーパーに、まつ。

 残りは、同じく今川軍の家来たちが務める。


 前回と同じく、動きやすいように、氏真たち、そして今川軍の兵士たちにも農夫のような服装を彼女たちは用意。ボールは同じく、駿府高校の彼女たちが持ち込んだ正式なサッカーボールを使うことになった。


 ゴールポストは、前回と同じく、木の枝を使って、見立てる形を取ったが、今回は念入りに、その周りに漁で使う網をネット代わりにかぶせて、三方向を覆い、ゴールらしく見せた。


 時間は、これも同じように井原が持っているモバイルバッテリーをスマホに繋ぎ、45分でカウントを測ることにした。


―ピョーッ!―

 竜笛の音と共にゲーム開始。


 まずはシャドーの中田が蹴り出し、中村にパス。すぐに中田にボールを戻す。

 そこにやって来たのは、トップ下の今川氏真。


 中田は、前回の試合で、あっさりと氏真にボールを奪われたことを、覚えていたし、同じ轍は踏まない、と心に決めていた。


 タックルをしてくる氏真に対し、彼女はボールを足裏で一旦止めて、ボールを軸に360度くるっと回転して見せて、かわしにかかる。

「何じゃと!」

 そのまま見事に氏真をかわしていた。マルセイユルーレットだった。


 そのまま、中田はパスを中村に送って、中村は敵陣に切り込んで行く。敵のディフェンダーが来る前に高原にパス。

 高原はワンツーリターンで再び中村にパスして、再び高原へ。


 あっという間にペナルティーエリア近くまで行き、相手のセンターバックの千早が向かってきたところで、高原は後ろにパスをした。


 駆け込んできたのは、中田だった。

(決める!)

 そのまま、勢いをつけて中田はシュートを放つ。


 その軌道が、大袈裟なくらいに大きく上に逸れていたから、相手のキーパーである、まつは一瞬、油断していた。


 ところが、そこから急速なブレーキがかかり、ボールはゴール直前の空中から一気に落下してきた。ドライブショットだった。


 意表を突かれたまつは、ボールに反応するも間に合わず。

 ゴールの右隅にボールが吸い込まれるように入る。


―ピョーッ!―

 あっという間の攻めで、まずは駿府高校が1点を先制していた。


「やるのう」

 再度、センターサークルより、今川家からスタートから氏真はパス。


 今度は、氏真が起点になって、華麗なパス回しが始まった。

 必死にプレスして、ボールを奪いに行く、駿府高校のメンバーと今川家来たち。


 しかし、

「上手くなってる」

 中村が呟いたように、今川家の者たちは、どうやら氏真主導の元、サッカーを研究したらしく、攻撃に厚みが増して、技術が上がっていた。


 かわされ、パスを多用した彼らによって、センターフォワードの朝比奈泰朝にボールが渡る。

 ペナルティーエリアの前だった。


 そのままシュート体勢に入る泰朝。構えるキーパーの川口。

 しかし、泰朝はシュートに見せかけて、バックパス。


 そこに駆けこんできた氏真がシュートを放っていた。

「くっ!」

 川口が、何とかパンチングでギリギリでセービングをしてゴールを守っていたが、正直、危ない場面だった。


 ルーズボールはそのままラインを割った。

 コーナーキックだ。


「守って!」

 守備リーダーたる、井原が指示をして、ディフェンダー陣を配置。


 キッカーは朝比奈泰朝だった。

 シュートのような強烈な右足のパスがペナルティーエリアに上がってきた。


 競り合うために井原と、ディフェンダーがジャンプ。


 そこに来た相手のMFがボールを合わせる。

 しかし、そのMFはヘディングをする体勢に入りながらも、スルーをしていた。


 まさかそんな技術を身に着けていると思っていなかった、駿府高校のメンバーは完全に裏をかかれていた。


 そこに走り込んだ氏真がローボールに合わせて、直接ボレーシュートを放っていた。

(間に合うか!)

 川口が必死に手を伸ばす。


 ボールには触れた川口だったが、そのまま勢いは衰えず、気が付くと、ゴールネットたる漁の網が揺れていた。


―ピョロー!―

 あっという間に1対1になっていた。


 そのまま前半戦は、どちらも譲らない、いい勝負になっていた。


 後半戦。

 さすがに彼女たちは、本気になった。


 後半10分。

 中田を起点にして、ボールを奪うと、ワンツーリターンと、パス回しで、敵陣を突破し、ワントップの高原が、ボールに合わせて、強烈なヘディングシュートを放った。


 相手キーパーのまつが反応し、ボールを弾くも、勢いに押され、そのままゴールイン。

 2対1となる。


 その後も一進一退の攻防が続く。


 後半32分。

 氏真が再度上がり、華麗なワンツーパスから泰朝がシュート。かろうじて川口が弾くも、

(さすがに男子、しかも武士。シュートが強烈ですわ)

 弾いた右手がびりびりとしびれるのを川口は実感していた。


 後半40分。

 氏真と妻である千早の阿吽あうんの呼吸とも言える、目配せだけの連携プレーで、ボールを奪われそうになった、中田だったが。


―ピョー!―

 これは、ファウルを取られる。

 実は徹底的にサッカーを研究した今川家の面々は、この審判役でさえ、すでに高度なサッカールールを覚えてきており、審判までもが正確になっていた。


 ここで蹴るのは、フリーキックの名手、中村俊。


 彼女は、またしても壁の裏をかくように、ほとんど回転しないような、無回転のフリーキックを放つ。中村得意のゴールデンレフトが炸裂。


(何て、”しゅーと”ですの)

 まつは、必死に手を伸ばすが、わずかに届かず、ゴールネットが揺れていた。


 3-1。


 最後は、氏真が捨て身に近い攻めを見せて、ゴールぎりぎりまで迫ってきていた。


 井原が前に立ちはだかる。

 華麗な足さばきでかわそうとする、氏真に必死に食らいつく井原。目が本気になっていた。


 何とか、井原がブロックしてボールを奪って、前線にボールを送ったところで、アディショナルタイムが終了。


―ピョロロー!―

 試合は、3-1で駿府高校が勝利。


 しかし、試合が終わると、氏真は満面の笑みを浮かべていた。

「いや、何ともよい試合であったわ。”さっかー”とは誠に面白いのう」


「氏真様。見事な技術でした。現代でも通じます」

 忖度なく、中田が心から褒めていた。それほどまでに、ファンタジスタの一面を見せていた氏真。


 一見、細身で体力がなく、武将としては弱々しくも見える氏真だったが、ことサッカーに関しては、何よりも貪欲で、一切の妥協をしない本気のプレーを見せるのだった。


 彼女たちは、互いの健闘を讃え合って、握手を交わし、この戦国時代における、不思議なサッカーの試合は終わる。


 しかし、それでも彼女たちはまだ現代に戻れずにいた。

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