表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4


 この世の中は腐っている。ジークは奇声を上げて斧を振り上げた男を見て思った。


「死ぃぃねぇぇ!!」


 男はズタボロのズボンだけを身につけて、白目を剥きよだれをダラダラと垂らしていた。


 振り下ろされたフラフラの斧を、ジークは半身になって避ける。彼は左手で持った剣を、大地と水平になるように構えた。


 剣。いやそれは剣というには少々おかしな形をしていた。刃は身の丈ほどもある黒銀の片刃。しかし重厚な外見に反して、その剣からは重みを感じなかった。その剣を見ていると、まるでよくできたハリボテを見せられている気分になる。


 鍔はなく、柄の長さは刃の半分ほどもある。柄には薄汚れた動物の皮が巻いてあった。剣というには柄が長すぎ、槍というには刃が長すぎる。結局、その武器は剣という他なかった。


 ジークは水平に構えた剣を、そのまま水平に薙いだ。風切り音と共に剣が走る。剣は無防備な男の腕に触れ、しかし切り裂くことなく男を薙ぎ飛ばした。


「おべらっ!」


「魔法〈言霊〉……“落ちろ”」


 空を舞う男をジークはつまらなそうに眺め、魔法を使った。すると男は重力に引っ張られたように地面に墜落した。


「あ、ぁ」


「死ね」


 地面に倒れた男の首を狙って、足を踏み下ろした。ゴキリと嫌な音がして男は絶命する。


 人を殺したジークに後悔の色はなかった。彼は辺りに広がる光景に目を向ける。


 栄えた町からほど遠い農村、いや農村だったところにジークたちはいた。


 ジークの近くには衣服を乱雑に脱がされ、絶望を浮かべて死んだ女がいた。両手足を切り裂かれ、目をくりぬかれた男がいた。腐り始め、虚ろにさらす濁った眼球に蠅をとめた老人がいた。救いを求めるように手を伸ばして息絶えた少年がいた。


 村に流れる川は黒く濁り、畑は荒らされ雑草が伸びている。村人たちの住処は壁が破られ、排泄物がまき散らされている。


 この村は山賊に狙われ、そして食いものにされた。ジークが殺した男も山賊の一人だった。


 凄惨極まる光景だが、珍しい光景というわけでもない。ここ十年続いている魔物の増殖は人を狂わせる。心を病んだ山賊のやることなど、大抵決まっている。イカれた虐殺と略奪。そしてこの光景を作りだした山賊が、元は同じような村の出身ということもよくあること。


 こんな悲劇を少なくするために勇者サマとやらは魔物を殺しているらしい。ありがたくて、涙が出そうだ。なにせもう十年以上、呑気に旅を続けている。


 ジークは今しがた自分が殺した山賊を見下ろしてため息をつく。また間に合わなかった。


 正義の味方は遅れてくるという。しかし、いつも遅れて間に合わない正義の味方になるくらいなら、間に合う悪にジークはなりたい。


 元よりジークは義賊。国から見れば悪の立場にいる人間だ。


「嫌になるよな」


 声のした方を向く。


「セイブさん」


 そこにいたのはジークを救い出し、仲間に入れてくれた義賊〈アンイロアス〉の頭目セイブだった。彼は四十歳ほどの男で厳ついながらも柔和な顔立ちに無精ひげを生やした男だ。彼は白銀の剣についた血をぬぐいながら、ジークのところへ歩いてきていた。


 彼の隣には、救急箱を持って歩く少女の姿がある。


「ジーク、怪我してない? 大丈夫?」


 髪の色と同じ栗色の目に心配を浮かべて問うのは、同じ義賊の仲間のフルナだ。彼女はトテトテとジークのもとへ駆け寄ると、いそいそと彼の顔についた血をぬぐおうとする。


「全部返り血だから大丈夫。それに血は自分でぬぐうからいいよ。布貸して」


「うん」


 フルナはコクリと頷いて真新しい布を差し出す。頷いた拍子に一つにまとめられた三つ編みがピョコンと揺れる。


「ありがとう」


 ジークは顔や剣についた汚れを抜き取ると、一言礼を言って使った布をフルナに返した。


「どういたしまして」


 布を受け取って、フルナはほんのり笑う。道端に咲く蒲公英のような笑みだ。見上げた口から見える白い歯におっとりと垂れ下がった大きな瞳。安心しきったその表情に、彼はそっと目を逸らす。


「そろそろ戻るがいいか?」


「構いません」


 タイミングを見計らってセイブが口を開いた。ジークは剣を背中に差している鞘にしまうと、三人連れ添って仲間たちのいるところへ帰っていった。


   *


「ジークが俺たちの仲間になってもう五年か」


 帰りの道すがら、昔を懐かしむようにセイブが言った。


「そうですね。あの頃と比べると俺はかなり変わりましたよ」


 前に広がる緑に目を向けたまま、ジークは答える。五年の月日が経って、ジークは十七歳になった。小柄だった背丈は伸び、細かった体には筋肉がついた。手の皮は厚くまめができ、体のあちこちに戦いの傷跡が残っている。木の枝の代わりに剣を持ち、柔らかな服の代わりに固い革のコートを着る。


 だがそれ以上にジークの内面は変化していた。姉が生きていた頃の甘さが抜け、一人前の青年に成長していた。強い精神力と胆力を持ち、何に関しても臆することがない。


 そして何より、人を殺すことにためらいがなくなった。ジークが義賊になってから過ごしてきた五年間。彼はひたすらに殺しの技術を磨いてきた。初めて人を殺した時は何度も吐いて、泣いていたのに今では眉一つ動かすこともない。それは彼がこの五年間、変わらぬ想いを胸に抱き続けているからだ。


 勇者。姉を、村の人達を殺したあの外道たちに復讐する。黒く煮えたぎるような憎しみこそが彼の強さを求める原動力だった。


「そうだな。変わったものと変わらないものと、ひどくなったことと。本当、嫌になる」


 語るセイブの顔に影が差す。


「魔物の数は減らねぇし、気の狂った連中の数は増えるばっかりだ。空はこんなに青いのに、世の中お先真っ暗だ」


「勇者が仕事してないんじゃないですか?」


 暗い声でジークが言う。


「いんや、勇者だけじゃねぇな。俺んとこに入ってくる話じゃ、王族連中も自分たちの贅沢ばからしいし、兵士も無理矢理徴兵された奴ばかり。それも全員揃いも揃って町の警備をご希望だ。外に出たがる奴は上手いことやって、美味い汁吸いたいクズばっかで、そのせいで気狂いも増える」


「そのおかげで、俺たちみたいなならず者が生きていけるってところもありますけどね」


「まぁな。しかし俺たちみたいな存在は、本当はいないならその方がいいんだぞ」


 セイブは遠くの空を眺めた。山の上に分厚くかかった雲がどんよりとそこに佇んでいる。


「そうですか?」


「そうさ。義賊ってのは国のやることに納得できねぇ奴らの集まりだ。国を悪に見立てて、手前勝手な善を振りかざす馬鹿どもさ。だが、ああいう奴らや悪さする兵士を殺すと、なけなしの金をくれる奴らがいる。大抵は明日の飯にも困ったような奴らだ。それで俺らはようやく存在を許される」


 セイブはいつも広い視野で物事を語る。そして広い視野で語る時、セイブはいつもここではない遠くを眺めているのだ。


 セイブの過去をジークは知らない。けれどジークがもらった剣のことも考えても、昔はかなり高い地位にいたのではないかと考えている。


「ともあれ、今の俺たちにできることは、こうして目の前の悲劇をくい止めることだけさ。今回は駄目だったが、次は上手くやりてぇもんだよ」


 気の狂った山賊が村を襲う時、上手くやれることなんてほとんどない。大抵の場合は手遅れだ。仮に間に合ったとしても村人の大半が殺されていることも多い。


「できることをやるだけですよ。俺たちは」


「はっ」


 ボソリとこぼされたジークの言葉を聞いて、セイブは景気よく笑った。


「半人前がデカイことを言いやがる。だが違いねぇな」


「ふぅん。いやな世の中なのね」


 まだ広い世の中を知らないフルナが、両脇に立つ二人を交互に見上げていた。


   *


「帰ったか」


「悪いな。ちょっと遅くなった」


 義賊〈アンイロアス〉は今近くの村に滞在している。〈アンイロアス〉のメンバーは非戦闘員のフルナを含めて現在十一名。量より質の精鋭たちだ。


 その中でもジークは最年少にして、〈アンイロアス〉の中で三番手を担っていた。それは彼が一重に並々ならぬ鍛錬を繰り返してきたからだ。しかもまだまだ彼には伸びしろがある。


 セイブがジークに授けた奇怪な形の剣『反聖剣・ソウルキャリバー』が、彼にかかる期待を象徴している。


「どうだった?」


「駄目だった」


「そうか」


 言葉少なに答えるのは〈アンイロアス〉の二番手のアベルだ。アベルはいつも黒く塗られた全身鎧を身につけていて、その素顔は誰も知らない。食事の時も兜の隙間から食べるという徹底ぶりだ。


 見えているのはバイザーの隙間から見える赤目だけ。年齢不詳だが、三十代前半であると以前セイブからジークは聞いていた。


「兄さん!」


「フルナ」


 そしてアベルはフルナの義兄である。フルナはアベルの黒鎧にひしと抱き着いた。


 アベルは持ち上げた手を彷徨わせた後、不器用に彼女の頭を撫でた。


「えへへ」


 アベルに頭を撫でられて、フルナは頬を赤らめて笑みを作る。


「飯にするぞ」


 無言でフルナの頭を撫でるアベルの横を、セイブはすたすたと歩いていった。



 黒ずんだ固いパンと具のない塩のスープ。それがジーク達の食事だった。けして美味くはないし満足な量ともいえないそれを、彼らは黙々と食べる。


 なぜならこの食事は彼らを留め置く村の人々が、自分たちの食事を削って出してくれたものだからだ。質の悪い兵士を斬ってくれた礼として、村人たちは危険を承知で義賊を村に置いてくれている。


 数日後には村を旅立つ。全員が食事を終えたところでセイブが口火を切った。


「情報が入った。これから一年の勇者の行路だ」


 セイブが落とした一石は、義賊の意識を集めるのに十分すぎるほどだった。フルナを除く〈アンイロアス〉のメンバーは、殺気立った顔でセイブを見つめる。


 〈アンイロアス〉のメンバーは、その全員が勇者や国によって住処や大事な存在を奪われた者たちの集まりだ。憎き勇者の打倒。それは〈アンイロアス〉の共通認識だ。だがその中でも特にアベルとジークは目に深い憎悪を湛えていた。


 アベルは妻を、ジークは姉と故郷の村を、それぞれ勇者一行に奪われていた。勇者への復讐心は人一倍強い。


 しかしアベルとジークの目に宿る憎しみは少しだけ違った。アベルの憎悪はもはや揺るぎない。それこそが己の生きる理由と、言わんばかりである。


 対するジークは憎しみの深さはアベルと同等。しかしその瞳は揺れていた。


「三日後、俺たちは一年後に勇者が通る道を先取りする。そこで準備を重ねて、重ねて」


 セイブは机をこんと叩いた。


「殺すぞ」


 細かい話は後。それで話は終わりになった。


   *


「話がある」


 話の後、ジークはアベルと共にセイブに呼び出されていた。


「何ですか? 話って」


 首を傾げるジークに、アベルは先んじて答えた。


「大方、勇者をいかにして殺すか、ということだろう?」


「その通りだ」


 セイブの答えを聞いて、ジークは息を詰まらせる。


「勇者サマご一行は四人だ。だがそのうち一人は考えなくていい。勇者、魔法使い、巫女の三人が殺すべき対象だ」


「俺は魔法使いとやらせてもらうぞ」


 アベルは即断だった。腕を組み、アベルは全身から濃密な殺意を発している。


「だろうな」


 セイブもそれに頷く。アベルが憎いのは勇者というよりも彼に付き従う魔法使いの方だ。そしてその憎しみの深さはセイブが誰よりも知っている。


「魔法使いの方はお前に頼むよ」


「あぁ」


「それで、だ。ジーク」


「はい」


 セイブは真っ直ぐジークの目を見た。ジークの奥底まで見通すような目だ。


「勇者たちはクズだ。だが実力は確かだ」


 不愉快なことにな。セイブは鼻を鳴らす。


「正直なところ、〈アンイロアス〉のメンバーで勇者たちに対抗できそうなのは俺とアベル、そんでお前だけだ。まだ計画はちっとも詰めちゃいねぇが、他の連中にも戦いの邪魔されないように立ち回るっていう重大任務があるからな。ジークには巫女か勇者。一対一でやってほしい」


「…セイブさんは」


「勇者と巫女。お前はどっちと戦う?」


 勇者を殺したい。ジークはとっさにそう答えようとした。


「失敗は許されねぇ」


 だが続いたセイブの言葉に、彼は言葉を詰まらせる。


「やるからには絶対勝て。殺せ。お前は絶対に勇者に勝てると言い切れるか?」


「俺は」


 勇者を殺したい。だが絶対に勝てるとは言い切れない。目に浮かぶのは崩れ落ちた村の光景。そしてそれを一瞬で作り出した勇者の顔。憎い。だが俺であいつを殺せるのか。


 憎悪とためらいが頭の中でぐるぐる回る。結局、ジークはどちらと答えることができなかった。


   *


 答えを出すことができなかったジークに、セイブは失望したわけでもないらしい。苦笑いをしてジークの頭に手を乗せた。


「そう不安がるなよ。ジークは物覚えがいい。血反吐はいて頑張ってるってこともあんだろうが、癖の強い魔法も使いこなせるようになってきたろ?」


 魔法は一族に伝わる真言と呼ばれるものを覚えることで、誰でも使うことだけはできるようになる。だがそれは使えるだけだ。


 魔法を使いこなすためにはある種の才覚と努力が必要となる。ジークもセイブから様々な魔法を教えてもらったが、結局使いこなせるようになったのは特に癖の強い魔法〈言霊〉だけだった。


 後はアベルから教えてもらった、練習すらしてはいけないと言われた魔法だけ。



「どうしたの?」


 勇者打倒の話が持ちあがった日の夜。ジークは村からやや離れた場所にある、小高い岩の上で月を見上げていた。


 真冬の風は痛いほどに冷たい。見上げた月は一片の曇りなくジークを見下ろしている。煌々と輝く月からは何も読み取ることはできない。


 昼の話を何度も頭の中で反芻していると、毛布を持ったフルナがちょこちょこ歩いてきた。


「風邪ひくよ?」


「それはこっちのセリフだよ」


 華奢な女性が寒空を出歩くものではない。それを思っての言葉だったが、元気のいい言葉で跳ね返された。フルナはぷくりと頬を膨らませる。


「兄さんから聞いたよ? 誰が勇者と戦うのかって話」


「そっか」


 フルナはよいしょよいしょと岩の上に登り、ジークの隣にちょこんと座ると自分とジークの膝に一枚の毛布をかけ、「えへへ」と笑った。


 その表情は無垢そのものだ。そしてその純粋さをジークに躊躇せずにぶつけてくる。寄りかかってくる。そのことがジークにとって心地よく、同時に辛くもあった。


 ジークはフルナから目を逸らす。月を見上げたジークに対し、おずおずとフルナは口を開いた。


「もしかして迷ってる?」


「……やっぱりばれるか」


 ジークに倣ってフルナも月を見上げた。


「何となく、わかったの」


 ジークの問いかけに、フルナは確かな答えを返さない。


「何となくなんだ」


「うん。でもね、根拠のない話じゃないんだよ。その、兄さんが勇者の話をする時と、ジークが話をする時、どっちもすごく怖い顔してるけど、何と言うか」


「俺に迷いがある、か」


「うん」


 否定はできない。ジークは勇者が憎い。殺してやりたいほど憎い。それこそ泣き叫んで許しを乞うまで痛めつけたいし、生きていると思うだけで憎悪に満たされた真っ黒な海に呑まれそうになる。


 復讐するためにジークは強くなった。しかし、だ。




「復讐の先に何がある?」




 頭にあるのは両親の敵を取ろうとして、そのままいなくなってしまったハイトの背中。彼は恋人であるエリーゼを置いて、魔物を殺しに行った。


 自分が魔物に殺されるだろうと知って、そうすればエリーゼが悲しむだろうとわかっていてだ。


 フルナが毛布の下からジークの手をぎゅっと握った。フルナが甘えるのは義兄であるアベルとジークだけ。ジークもにぶくはないのだから、フルナからの感情に気づいている。そしてそれが仲間に向ける親愛か、男女の情愛なのかも。


 勇者と戦えば、きっとジークは死ぬだろう。生き残ることはできない。残り一年、自分を鍛えても、相打ちが精一杯だと思う。


 それでいいとも思う。復讐さえ果たせれば死んでもいい。けれどそれでいいのか? とも思うのだ。答えは未だジークの中で出ていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ