表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル《強化》は、倒した魔物の特性を吸収する 〜同接三人の底辺探索者、銀座ダンジョン配信で成り上がる〜  作者: 夕暮れ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/16

第7話 第二層の探索者

 第一層での確認配信を終えて地上施設に戻ると、俺はそのまま素材買い取りカウンターへ向かった。


 今日の成果は、灰色スライムの魔石がいくつか。

 小型牙鼠の魔石が二つ。

 甲殻虫型の小さな素材が一つ。


 いつもとほとんど変わらない。


 いや、正確には少しだけ多い。


 昨日までなら、このくらい回った時点でかなり疲れていた。

 小型牙鼠を二体倒した日は、それだけで今日はよくやったと思っていた。


 けれど今日は、まだ歩けた。

 傷は痛む。

 包帯の下も熱を持っている。


 それでも、体の芯に残る疲労は昨日までより軽い。


 それが嬉しいというより、少し怖かった。


 素材の査定を待っている間も、スマホには通知が届いていた。


『やっぱり動き変わってた』

『強化くん、第一層だと普通に安定してない?』

『でも二層はまだ無理』

『検証続けてほしい』

『今日の小型牙鼠処理、前と比べるとかなり違う』


 俺は画面を見て、すぐに閉じた。


 見すぎると、変に意識してしまう。


 強くなったのかもしれない。

 やっぱり気のせいかもしれない。


 その間を、行ったり来たりしていた。


「朝倉さん」


 買い取りカウンターの職員に呼ばれ、俺は顔を上げた。


「本日の査定額です」


「あ、ありがとうございます」


 端末に表示された金額は、普段より少しだけ多かった。


 大した額ではない。

 人気探索者なら、見向きもしないような数字だろう。


 けれど、俺にとっては今日一日分の食費と、次の閃光玉を買う足しになる。


 俺は受け取り処理を済ませ、カウンターを離れた。


 その時だった。


「朝倉」


 後ろから声をかけられた。


 振り向くと、三浦さんが立っていた。


 昨日より顔色は良くなっている。

 ただ、左腕は三角巾で吊られ、足元も少し引きずっていた。

 肩には防具もカメラもない。

 普通の上着を羽織っているだけなので、昨日より探索者らしさが薄く見えた。


「三浦さん」


「悪い。帰るところだったか?」


「いえ、大丈夫です。というか、もう動いて平気なんですか」


「平気ではないな。医者にはしばらく潜るなと言われた」


 三浦さんは苦笑した。


「まあ、命があっただけましだ」


 その言葉に、昨日の通路が頭に浮かんだ。


 岩皮猿の重い足音。

 石爪犬の爪。

 焦げた雷撃札の匂い。

 床に座り込んだ三浦さんの顔。


 俺は少し言葉に詰まった。


「昨日は……本当に、大丈夫でしたか」


「見ての通りだ。骨は折れていない。魔力切れと打撲、裂傷。しばらくは休みだがな」


「そうですか」


「朝倉は?」


「俺も、今日は第一層だけです。職員にも短時間にしろって言われました」


「そりゃそうだろうな。昨日の今日で潜ってる時点で、普通は止められる」


「自分でもそう思います」


 三浦さんはそこで少し笑った。


 責めるような笑いではなかった。


「配信、少し見た」


「え」


「全部じゃない。救護室で暇だったから、途中だけな。第一層で確認してたんだろ」


「あ、はい」


「前より動けてたな」


 その言葉に、俺はすぐに返せなかった。


 視聴者のコメントでも言われた。

 自分でもそう感じていた。


 けれど、昨日一緒に死にかけた三浦さんに言われると、重みが違った。


「……やっぱり、そう見えましたか」


「見えた。ただ、勘違いするなよ。第一層で少し動けるようになったからって、第二層で通用するわけじゃない」


「分かってます」


「本当に分かってるか?」


 三浦さんは、少しだけ真面目な顔になった。


 俺は頷いた。


「昨日、嫌というほど分かりました。石爪犬も、閃光玉がなかったら終わってました。岩皮猿は……そもそも三浦さんが削っていなかったら、雷撃札でも無理でした」


「ならいい」


 三浦さんは短く言って、それから少し息を吐いた。


「その話をしに来た」


「その話?」


「礼だ」


 俺は一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 三浦さんは、俺の前で軽く頭を下げた。


「昨日は助かった。ありがとう」


「いや、そんな」


 慌てて手を振ろうとして、左腕の包帯が痛んだ。


「俺は本当に、最後に雷撃札を撃っただけです。岩皮猿は三浦さんがほとんど削っていたし、石爪犬の時も助言してくれたから何とか――」


「それでも、俺は助かった」


 三浦さんは俺の言葉を遮った。


 声は強くない。

 だが、はっきりしていた。


「あの状況で、お前がいなければ俺は死んでいた。岩皮猿に潰されるか、石爪犬に喉を裂かれるか、どっちにしてもな」


「でも、コメントでは……」


「コメントはコメントだ」


 三浦さんは少しだけ眉を寄せた。


「瀕死にトドメを刺しただけ。魔法道具のおかげ。三浦が削った獲物を横取りした。そう言う奴はいるだろうな」


 胸の奥が少し沈む。


 昨日から何度も見た言葉だった。


 三浦さんは続けた。


「でも、現場にいたのは俺だ。あの時、俺にはもう一発も入れられなかった。短槍もまともに握れなかった。逃げることもできなかった。だから、お前が雷撃札を撃った。そのおかげで俺は生きてる」


「……はい」


「石爪犬も同じだ。閃光玉を使った? 助言があった? 当たり前だろ。探索者は使えるものを使って生き残るんだ。道具を使ったから実力じゃないなんて言う奴は、ダンジョンを分かってない」


 その言葉は、俺の中にゆっくり入ってきた。


 魔法道具のおかげ。


 それは事実だ。


 でも、だから無意味というわけではない。


 昨日の俺は、あの状況で使えるものを使った。

 雷撃札も、閃光玉も、三浦さんの助言も。


 それで生き残った。


 そう考えていいのだろうか。


「素材の分配の件も、管理局から聞いたか?」


「はい。岩皮猿の分も、俺が受け取っていいと申告したって」


「ああ。あれは受け取れ」


「でも」


「いいんだ。石爪犬はもちろんだが、岩皮猿の討伐判定もお前に入った。俺はそれで納得してる」


「……ありがとうございます」


 そう言うしかなかった。


 本当は、申し訳なさの方が大きい。


 けれど三浦さんがそう言ってくれるなら、ここで何度も否定するのは逆に失礼なのかもしれない。


 三浦さんは、施設内の休憩スペースを指差した。


「少し座れるか」


「はい」


 俺たちは自販機の近くにある休憩スペースへ移動した。


 テーブル席には、探索帰りらしい数人の探索者が座っている。

 装備を外して水を飲んでいる者もいれば、配信のコメントを確認している者もいる。


 三浦さんは缶コーヒーを買い、俺には水を買って渡してくれた。


「怪我人は水にしとけ」


「すみません」


「今のは笑うところだ」


 俺は受け取ったペットボトルを開けた。


 冷たい水を飲むと、少しだけ体が落ち着いた。


 三浦さんは缶コーヒーを片手で開けようとして、うまくいかずに顔をしかめた。

 俺が手を出すと、少し気まずそうに缶を渡してくる。


「悪い」


「いえ」


 プルタブを開けて返すと、三浦さんは短く礼を言った。


 しばらく、二人とも黙っていた。


 周りのざわめきが耳に入る。


 受付の呼び出し音。

 素材台車の車輪。

 探索者同士の笑い声。

 配信機材の動作確認をする音。


 いつもの地上施設だ。


 昨日の通路とは、まるで別の世界だった。


「第二層って」


 気づくと、俺は口を開いていた。


 三浦さんがこちらを見る。


「どんな場所なんですか」


 自分で聞いてから、少しだけ驚いた。


 昨日まで、第二層は遠い場所だった。


 第一層を卒業した探索者が行く場所。

 俺にはまだ関係のない場所。

 階段の先にある、危険な暗がり。


 でも今は、その先が気になっている。


 怖い。

 もちろん怖い。


 けれど、怖いだけではなくなっていた。


 三浦さんは俺の顔を見て、少し目を細めた。


「興味が出たか」


「……少しだけ」


「少しだけ、か」


「行くつもりはありません。今すぐは、本当に」


 そこは急いで付け足した。


「ただ、昨日の岩皮猿も石爪犬も、本来は第二層の魔物ですよね。あいつらが普通に出る場所がどういうところなのか、気になって」


 三浦さんは缶コーヒーに口をつけ、少し考えるように視線を落とした。


「第一層と第二層の一番の違いは、魔物の強さだけじゃない」


「違うんですか」


「違う。第一層は、初心者用にかなり手が入ってる。浅い区域なら通路も安定してるし、案内もある。魔物も単独で出ることが多い」


 俺は頷いた。


 今日歩いた第一層もそうだった。

 油断できないとはいえ、管理されている感じがある。


「第二層は、そこから一段落ちる。通路の形も不安定になる。逃げ道が分かりにくい場所もある。魔物も、単体とは限らない」


「昨日みたいに、岩皮猿と石爪犬が同時に出ることもあるんですか」


「普通は多くない。ただ、ゼロじゃない。岩皮猿は動きは重いが、硬くて力がある。石爪犬は軽くて速い。あの二体を同時に相手にすると、慣れていても面倒だ」


 三浦さんの表情が少し苦くなる。


「俺は、そこで判断を間違えた。石爪犬を処理した時点で、すぐに撤退するべきだった。岩皮猿を倒し切れると思って、欲をかいた」


「欲を?」


「配信中だったからな」


 その言葉は、少し意外だった。


 三浦さんは、自嘲気味に笑った。


「第二層探索者なんて言っても、俺も大した人気があるわけじゃない。昨日も同接は二十人くらいだった。岩皮猿を倒せば見栄えがいい。素材も悪くない。切り抜きにもなる。そう思った」


「……」


「結果があれだ。魔力切れで逃げ回って、第一層まで魔物を引っ張った。お前を巻き込んだ」


「それは、俺が勝手に近づいたからで」


「それでも、俺のミスだ」


 三浦さんははっきり言った。


「だから、お前が責任を感じる必要はない。むしろ俺が礼を言いに来るのは当然なんだ」


 俺はペットボトルを握ったまま、何も言えなかった。


 昨日から、ずっとどこかに引っかかっていた。


 俺が討伐判定をもらっていいのか。

 素材を受け取っていいのか。

 注目されていいのか。


 でも三浦さんは、そこを責めなかった。


 むしろ、助けられたと言った。


 それだけで、少し息がしやすくなった気がした。


「第二層に行くなら」


 三浦さんが言った。


 俺は顔を上げる。


「最低でも傷が治ってからだ。装備も見直せ。ナイフ一本と安物の閃光玉だけで行く場所じゃない。雷撃札も、最低二枚は欲しい」


「二枚……」


 値段を考えて、少し気が遠くなる。


 三浦さんは俺の顔を見て、苦笑した。


「高いよな」


「はい。かなり」


「でも、命よりは安い」


 それは、昨日コメント欄でも見た言葉だった。


 命より高い札はない。


 今なら、その意味が分かる。


「あと、一人で行くな」


「やっぱり、パーティーですか」


「最初はな。最低でも第二層経験者と一緒に行け。できれば、配信抜きで下見した方がいい」


「配信抜き、ですか」


「配信していると、どうしても無理をする。俺が昨日それをやった」


 三浦さんの声には、苦さがあった。


「コメントが流れる。見られている。盛り上げないといけない気がする。撤退する判断が、一瞬遅れる。その一瞬で死ぬこともある」


 俺は昨日の自分を思い出した。


 第二層へ続く階段から音がした時、俺は確認だけと言って近づいた。


 もちろん、探索者として異常を確認する義務はあった。

 でも、本当にそれだけだったのか。


 配信中だったから、少しだけ足が前に出たのではないか。


 そう聞かれると、完全には否定できない。


「覚えておきます」


「覚えるだけじゃなくて、守れよ」


「はい」


 三浦さんはそこで、少しだけ表情を緩めた。


「まあ、興味を持つなとは言わない。第一層で少し変わったなら、次を見たくなるのは分かる」


「三浦さんも、そうでしたか」


「俺だけじゃない。探索者はだいたいそうだ。昨日まで勝てなかった相手に勝てるようになる。昨日より深く潜れるようになる。その感覚があるから、みんなダンジョンに戻る」


 その言葉は、妙に納得できた。


 怖いのに、戻ってしまう。


 痛いのに、また考えてしまう。


 自分のスキルが本物なのか知りたい。

 第一層でははっきり分からないなら、いつか第二層で確かめたい。


 そんな考えが、もう頭のどこかにあった。


「でも、急ぐな」


 三浦さんは言った。


「特にお前のスキルは、まだ分からないことが多いんだろ」


 俺は返事に迷った。


 特性吸収の表示を三浦さんに言うか。


 一瞬考えたが、まだ言葉にはできなかった。


 昨日から何度も思っている。

 証明できないものを口にすれば、変に期待されるか、疑われるだけだ。


「はい。自分でも、まだよく分かってません」


「なら、なおさらだ。分からない力を当てにして潜るな。昨日より少し動ける。それくらいに考えておけ」


「分かりました」


 俺が頷くと、三浦さんは缶コーヒーを飲み干した。


「俺はしばらく休む。配信も止める。管理局からも、第二層での行動について注意が入るだろうしな」


「そうなんですか」


「当然だ。魔物を第一層に引っ張ったんだからな。処分まではいかないと思うが、事情聴取は続くだろう」


 三浦さんは立ち上がろうとして、少し顔をしかめた。


 俺も慌てて立つ。


「大丈夫ですか」


「大丈夫じゃないが、帰れる」


「送りますか」


「お前も怪我人だろ」


 そう言われて、何も返せなかった。


 三浦さんは少し笑い、右手を差し出した。


「改めて、昨日は助かった。ありがとう、朝倉」


 俺はその手を見た。


 そして、ゆっくり握り返した。


「こちらこそ、ありがとうございました。三浦さんがいなかったら、俺も死んでました」


「そういうことにしておく」


 三浦さんの手には、探索者らしい硬さがあった。


 第二層に潜ってきた人の手だ。


 俺とは違う場所を歩いてきた手。


 その感触が、妙に残った。


 三浦さんと別れたあと、俺は地上施設の奥にある通路で足を止めた。


 壁に、張り紙が貼られている。


【第二層接続区画 一部立入制限中】


 その先に、昨日の階段がある。


 岩皮猿が上がってきた場所。

 石爪犬が現れた場所。

 俺の《強化》が、初めて違う顔を見せた場所。


 怖い。


 あそこに近づくだけで、昨日の足音を思い出す。

 腕の傷が痛む。

 胸の奥が冷たくなる。


 けれど、同時に思ってしまう。


 あの先には、第一層とは違う魔物がいる。


 岩皮猿。

 石爪犬。

 そして、まだ俺の知らない魔物たち。


 もし俺の《強化》が、倒した魔物の特性を本当に吸収するのなら。


 あの先に進めば、俺はもっと変われるのだろうか。


 考えた瞬間、自分で首を振った。


「焦るな」


 小さく呟く。


 今日は行かない。

 明日も行かない。

 少なくとも、傷が治るまでは絶対に行かない。


 装備も足りない。

 知識も足りない。

 経験も足りない。


 第二層は、興味だけで行っていい場所ではない。


 それでも、昨日までとは違った。


 第二層は、ただ怖いだけの場所ではなくなっていた。


 いつか行く場所。


 そう思ってしまった。


 スマホが震える。


 配信アプリの通知だった。


『次回も第一層検証?』

『第二層行くなよ』

『三浦とのコラボある?』

『強化くん、二層行ったら見る』


 俺は画面を見て、苦笑した。


「行かないって言ってるだろ」


 誰に向けたわけでもなく呟く。


 けれど、心のどこかで、その言葉は少しだけ弱かった。


 俺はまだ第一層の探索者だ。


 それは変わらない。


 ただ、第二層という場所が、初めて自分の未来のどこかに置かれた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ