表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル《強化》は、倒した魔物の特性を吸収する 〜同接三人の底辺探索者、銀座ダンジョン配信で成り上がる〜  作者: 夕暮れ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/16

第6話 確認配信

 翌日、俺は予定通りに配信をした。


 と言っても、朝から元気にダンジョンへ向かったわけではない。


 目が覚めた時点で、左腕は痛かった。

 肩も胸も重い。

 ベッドから起き上がるだけで、包帯の下が引きつった。


 正直、休むべきだと思う。


 昨日の戦闘は、事故だった。

 第二層の魔物がなぜか第一層に上がってきて、たまたま俺が巻き込まれた。

 雷撃札も閃光玉も使い切り、身体中に傷を作って、どうにか生き残っただけだ。


 普通なら、数日は休む。


 けれど、俺はどうしても確かめたかった。


 昨日見た表示。


 岩皮猿の特性を吸収しました。

 石爪犬の特性を吸収しました。


 あれが本当に俺のスキルの効果なのか。

 それとも、事故の興奮と魔力吸収で、一時的に身体の感覚がおかしくなっていただけなのか。


 頭で考えていても分からない。


 だから、確かめるしかなかった。


 もちろん、第二層に行くつもりはない。


 そんなことをしたら、本当にただの馬鹿だ。

 昨日のことは奇跡みたいなものだ。


 あれで自分が第二層に通用すると考えるほど、俺は楽観的ではない。


 確かめるのは第一層。


 いつもの場所で、いつもの魔物を相手にするだけだ。


 銀座ダンジョンの地上施設に着くと、昨日よりも視線を感じた。


 気のせいだと思いたかったが、そうでもないらしい。


「あれ、昨日の」


「岩皮猿のやつ?」


「事故のやつだろ?」


 小さな声が聞こえる。


 俺は聞こえないふりをして受付へ向かった。


 第一層の探索許可の確認。

 装備確認。

 傷の申告。


 受付の職員は、俺の腕の包帯を見て眉を寄せた。


「昨日の事故の件、記録は確認しています。今日は第一層のみで、短時間にしてください」


「はい。確認配信だけです」


「魔法道具は?」


「今日は閃光玉を一つだけ買い足しました。雷撃札は……予算的に無理です」


 言ってから、自分で少し情けなくなった。


 職員は笑わなかった。


「無理な探索はしないでください。異常があればすぐ撤退を」


「分かってます」


 分かっている。


 昨日の今日で調子に乗れば、たぶん死ぬ。

 俺はまだ、第一層の探索者だ。


 それを忘れてはいけない。


 第一層の入口前で、俺は肩のカメラを確認した。


 配信開始ボタンを押す前に、一度だけ深く息を吸う。


 画面には、配信タイトルが表示されている。


【第一層確認配信】昨日の件は無理せず検証します


 大げさなタイトルにはしなかった。


 覚醒。

 第二層魔物討伐。

 外れスキルの真価。


 そんな言葉を入れれば、昨日の切り抜きを見た人がもっと来るかもしれない。

 でも、今の俺にはそれを名乗る自信がない。


 俺は配信開始ボタンを押した。


「はい。朝倉です。今日は第一層で、短時間だけ確認配信をします。昨日の件で心配してくれた方、ありがとうございました。傷はありますけど、管理局の許可が出ている範囲で動きます」


 コメント欄がすぐに動いた。


『来た』

『ほんとに配信するのか』

『休めよ』

『無理すんな』

『強化くん生きてた』

『昨日の切り抜き見た』


 同接は、開始直後で二十人を超えていた。


 昨日までなら、ありえない数字だった。


 俺は少しだけ言葉に詰まる。


「えっと……人が多いですね。いつも三人くらいなので、ちょっとびっくりです」


『三人から二十人は草』

『底辺感出すな』

『昨日バズりかけたからな』

『バズりかけ、なのがリアル』

『岩皮猿のやつ見たぞ』

『石爪犬の方も見た』


 昨日の話題が流れる。


 俺は一瞬だけ迷ってから、正直に言った。


「昨日の岩皮猿は、俺が一人で倒したわけじゃありません。三浦さんがほとんど削っていて、俺は雷撃札で最後の一撃を入れただけです。そこは勘違いしないでください」


 コメントが少し流れる。


『知ってる』

『そこ認めるのはえらい』

『まあ映像見れば分かる』

『トドメだけなのは事実』

『でも助けたのも事実』

『石爪犬は?』


「石爪犬も、閃光玉と三浦さんの助言がなければ無理でした。だから、今日は自分が本当に変わったのかを第一層で確認するだけです」


 言いながら、俺は第一層へ足を踏み入れた。


 昨日と同じ通路。

 青白い苔。

 石の壁。

 低い湿気。


 何度も来た場所だ。


 昨日はここから少し進んだ先で、事故が起きた。


 思い出した瞬間、喉が少し詰まる。


 第二層へ続く階段の方は、今は通行制限がかかっている。

 昨日の事故調査のためらしい。


 だから、今日はいつもの巡回ルートを回るだけ。


 第一層の浅い区域。

 灰色スライムと小型牙鼠が出る程度の場所だ。


 通路の角を曲がってすぐ、床を這う灰色の塊が見えた。


「灰色スライムです。いつものやつですね」


『いつもの』

『第一層に戻ってきたな』

『昨日との落差』

『ここなら安心』


 安心。


 そう言われても、油断する気にはなれなかった。


 俺はナイフを構える。


 灰色スライムは、いつも通り遅い。

 半透明の体の奥に、小さな核が見える。


 昨日までなら、横に回り込んで、核の位置を確認して、それから慎重に突く。

 手間取ることも多かった。


 今日も同じように動こうとした。


 だが、一歩目で違和感があった。


 足が軽い。


 いや、軽いというより、思った場所に自然と足が出る。

 床を踏んだ感覚がはっきりしていて、体が流れない。


 俺は灰色スライムの横に回り込んだ。


 いつもより近い。


 なのに、怖くない。


 ナイフを突き出す。


 刃は、核を真っ直ぐに貫いた。


 灰色スライムが震え、すぐに形を失う。


 ――灰色スライムを討伐しました。

 ――魔力を吸収します。

 ――スキル《強化》が発動しました。


 いつもの表示。


 身体に入ってくる魔力は、相変わらず薄い。

 岩皮猿や石爪犬の時とは比べものにならない。


 だが、倒すまでの感覚が違った。


「……一体目。討伐しました」


『早くない?』

『いつもよりスムーズだったな』

『スライム相手だから分からん』

『昨日の後だと一層がぬるく見えるだけでは?』

『いや強化くん、スライムにも慎重だったぞ』


 俺は魔石を拾いながら、内心で同じことを考えていた。


 早かった。


 でも、灰色スライムだ。

 第一層最弱級の魔物を一体倒しただけで、強くなったと判断するのは早すぎる。


「まだ分からないですね。次を探します」


 俺は通路を進んだ。


 数分後、小型牙鼠が現れた。


 昨日、俺が閃光玉を使った相手と同じ魔物だ。


 犬ほどの大きさ。

 鋭い前歯。

 低い姿勢で走ってくる。


 こいつは油断できない。


 第一層の魔物とはいえ、噛まれれば普通に怪我をする。

 昨日の俺は、こいつに手間取った。


 左腕の包帯が、妙に重く感じる。


 俺はナイフを構え、少し腰を落とした。


「小型牙鼠です。今回は魔法道具なしでやってみます」


『おい無理すんな』

『怪我してるんだから使えよ』

『閃光玉あるんだろ?』

『検証ならあり』

『噛まれるなよ』


 牙鼠が床を蹴った。


 速い。


 第一層の中では、そこそこ厄介な動きだ。


 昨日までなら、正面から受けるのが怖くて、先に閃光玉を使っていたかもしれない。


 だが、今日は見えた。


 どこから来るのか。

 どこを狙っているのか。


 石爪犬ほどではない。


 当然だ。

 比べるまでもない。


 俺は半歩だけ横にずれる。


 牙鼠の突進が、俺の前を通り過ぎる。


 その横腹に、ナイフを合わせた。


 深くはない。

 だが、刃は通った。


 牙鼠が甲高く鳴いて転がる。


 すぐに起き上がろうとしたところへ、俺は踏み込んだ。


 首元を狙う。


 昨日までなら、ここで躊躇していた。

 反撃を怖がって、少し距離を取っていた。


 今日は、足が止まらなかった。


 ナイフが入る。


 ――小型牙鼠を討伐しました。

 ――魔力を吸収します。

 ――スキル《強化》が発動しました。


「……討伐しました」


 自分の声が、少しだけ遅れて聞こえた。


 心臓は速い。

 怖くなかったわけじゃない。


 でも、昨日までより余裕があった。


 腕も、足も、呼吸も。


 俺はその場で何度か息を吸った。


 疲れていない。


 いや、まったく疲れていないわけではない。

 怪我の痛みもある。

 緊張で肩も強張っている。


 それでも、昨日まで小型牙鼠を倒した後にあった、体の芯が重くなる感じが薄かった。


『今の普通にうまくない?』

『牙鼠を魔法道具なしで処理した』

『強化くん、前より動けてるだろ』

『昨日の映像と比べたい』

『いや一晩寝て落ち着いただけでは?』

『でも怪我してるんだぞ』


 コメント欄が少し騒がしくなる。


 俺は魔石を拾い、ポーチに入れた。


「自分でも、少し動きやすい感じはあります。ただ、昨日の魔力吸収の影響かもしれませんし、たまたまかもしれません。まだ判断できません」


『慎重すぎ』

『そこで覚醒したって言えよ』

『言ったら叩くだろ』

『強化くんらしい』

『外れスキル検証配信になってきた』


 外れスキル検証配信。


 その言葉に、少しだけ苦笑した。


 確かに、今やっていることはそれに近い。


 俺は自分のスキルが本当に外れなのか、配信しながら確認している。


 こんな地味な配信が面白いのかは分からない。

 けれど、コメント欄は昨日までより明らかに動いていた。


 その後も、俺は第一層の浅い区域を回った。


 灰色スライムを二体。

 小型牙鼠を一体。

 それから、壁際に潜んでいた小さな甲殻虫型の魔物を一体。


 どれも第一層の弱い魔物だ。


 倒すたびに、視界にはいつもの表示が出る。


 ――魔力を吸収します。

 ――スキル《強化》が発動しました。


 けれど、岩皮猿や石爪犬の時のような、特性吸収の表示は出なかった。


 身体に入ってくる魔力も薄い。


 つまり、第一層の魔物を倒しても、やはり大きな変化はない。


 そのことに、少しだけ安心した。


 同時に、少しだけ落胆もした。


 俺は通路の脇で足を止め、水を飲んだ。


「今のところ、特別な表示はありません。いつもの魔力吸収だけです。昨日みたいな感覚もないですね」


『特別な表示?』

『視界表示の話?』

『昨日何か見えたの?』

『そこ詳しく』


 しまった、と思った。


 つい口に出していた。


 俺は少し考えてから、言葉を選ぶ。


「昨日、岩皮猿と石爪犬を倒した時は、いつもより魔力吸収の感覚が強かったんです。今日は第一層の魔物なので、そこまでの感覚はありません」


『やっぱ格上の討伐だからじゃね?』

『強い魔物ほど魔力多いしな』

『それは普通では』

『でも強化くんの場合、動きも変わってる』

『特性吸収とかだったら面白い』


 そのコメントを見た瞬間、指先が少し止まった。


 特性吸収。


 誰かが冗談半分で書いたのだろう。


 けれど、それは昨日俺が実際に見た表示だった。


 俺はすぐに視線を外した。


 まだ言えない。


 言ったところで証明できない。

 それに、俺自身もまだ確信していない。


「強い魔物を倒したから、一時的に調子が上がった可能性はあります。今日はその確認です」


『無難な回答』

『まあ本人が一番困惑してるだろ』

『昨日まで一層の男だからな』

『でもこの動きなら二層行けるんじゃね?』


「行きません」


 即答した。


 コメント欄が少し笑う。


『即答草』

『慎重でよろしい』

『昨日死にかけたしな』

『二層はまだやめとけ』


「二層は無理です。少なくとも今の装備と状態では行きません。昨日は生き残れただけです」


 それは本心だった。


 強くなったかもしれない。

 少し動けるようになったかもしれない。


 でも、それだけで階層を上げれば死ぬ。


 ダンジョンは、勘違いした探索者から死んでいく。


 講習で何度も聞かされた言葉だ。

 昨日の事故で、その意味は嫌というほど分かった。


 その後、もう一体だけ小型牙鼠を倒したところで、俺は配信を切り上げることにした。


 まだ動ける。

 まだ疲れ切ってはいない。


 だが、傷が痛み始めていた。


 包帯の下がじんじんする。

 無理をすれば、たぶん動ける。

 けれど、それをやると昨日と同じことになる。


「今日はここまでにします。短時間の確認配信なので、無理はしません」


『もう終わり?』

『まあ怪我人だしな』

『おつ』

『無理しないの大事』

『強化くん、前より強くなってたぞ』

『検証続けてほしい』

『次も待ってるよ』


 次も待ってるよ。


 その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。


 今まで、俺の配信はほとんど誰にも見られていなかった。


 第一層で日銭を稼ぐだけ。

 外れスキルを笑われるだけ。

 同接三人で、たまに常連がコメントしてくれるだけ。


 それが今、知らない誰かが次も見ると言っている。


 喜んでいいのかは分からない。


 昨日の事故がきっかけだ。

 人が死にかけた映像で、俺は少しだけ注目された。


 それでも、画面の向こうに人がいるという感覚は、確かに今までと違った。


「見に来てくれてありがとうございました。まだ自分でも分からないことが多いので、無理しない範囲で確認していきます」


 そう言って、俺は配信を終了した。


 コメント欄が消える。


 第一層の通路が静かになる。


 俺はしばらく、その場に立っていた。


 疲労はある。

 傷も痛む。


 でも、昨日までの俺なら、この数の魔物を倒せばもっと息が上がっていた。

 足も重くなっていた。

 最後の小型牙鼠を倒す時には、たぶん閃光玉を使うか迷っていた。


 今日は違った。


 灰色スライムは早く倒せた。

 小型牙鼠の突進も見えた。

 攻撃も、前より通った。


 ほんの少し。


 本当に、ほんの少しだけ。


 けれど、確かに変わっている。


 俺は拳を握った。


「……外れじゃ、ないのかもしれない」


 誰もいない通路で、声が小さく響いた。


 まだ確信はない。


 岩皮猿や石爪犬のような特性吸収が、毎回起きるわけではない。

 第一層の魔物では、変化は小さすぎる。


 それでも、昨日の出来事がただの偶然ではなかったことだけは、少しだけ分かった。


 俺は出口へ向かって歩き出した。


 第二層へ続く階段の方は、まだ封鎖されている。

 その先を見るだけで、心臓が少し強く鳴った。


 怖い。


 あの暗がりから、また石爪犬が出てくるような気がする。


 けれど、その怖さの奥に、別の感情もあった。


 知りたい。


 自分の《強化》が、どこまで本物なのか。


 第一層の魔物では、もうはっきりした答えは出ないのかもしれない。


 そう思ってしまった自分に気づいて、俺は足を止めた。


「いや、焦るな」


 自分に言い聞かせる。


 今日は確認だけ。

 第二層には行かない。

 無理はしない。


 それでも、昨日まで見えなかったものが、少しだけ見え始めていた。


 俺はまだ第一層の探索者だ。


 でも、昨日までと同じではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ