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外れスキル《強化》は、倒した魔物の特性を吸収する 〜同接三人の底辺探索者、銀座ダンジョン配信で成り上がる〜  作者: 夕暮れ


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第5話 切り抜きと疑惑

 管理局の救助隊が到着した時、俺はまだナイフを握ったままだった。


 指が固まっていた。


 血で濡れた柄を離そうとしても、うまく力が抜けない。

 救助隊の一人に声をかけられ、ようやく自分がまだ戦闘態勢のままだったことに気づいた。


「武器を下ろせますか」


「あ……はい」


 返事をしたつもりだったが、声はほとんど喉に引っかかっただけだった。


 ナイフを下ろす。


 床に置いた瞬間、肩から一気に力が抜けた。


 その場に座り込みそうになった俺を、救助隊員が支える。


「負傷確認。意識あり。左腕、肩、胸部に裂傷。魔力消耗あり。搬送する」


「三浦さんは」


「そちらも確認中です。喋らないでください」


 三浦さんは別の隊員に囲まれていた。


 意識はある。

 けれど、俺より明らかに状態が悪い。

 左肩の防具は砕け、足も変な角度で力が抜けている。


 それでも三浦さんは、担架に乗せられる直前、俺の方を見て小さく親指を立てた。


 俺は返事をしようとしたが、うまく笑えなかった。


 通路には、岩皮猿と石爪犬の残骸が残っている。

 魔石と素材は、管理局の回収班が確認していた。


 焦げた雷撃札の灰。

 割れた閃光玉の破片。

 砕けた壁。

 血の跡。


 ついさっきまで自分がそこにいたのだと思うと、胃の奥が冷たくなった。


「配信はまだ継続中ですか」


 隊員に聞かれて、俺ははっとした。


 肩のカメラはまだ動いている。


 画面の端では、コメント欄が流れ続けていた。


『救助来た』

『よかった』

『三浦生きてる?』

『強化くん大丈夫か』

『これ事故だろ』

『管理局案件』

『切り抜きもう上がってるぞ』


 切り抜き。


 その文字を見た瞬間、胸が変にざわついた。


 今の映像が、もう誰かに切り取られている。


 岩皮猿を倒したところも。

 石爪犬と戦ったところも。

 俺が情けなく震えていたところも。


 全部、知らない誰かに見られている。


「配信を終了してもいいですか」


 俺が聞くと、隊員は少しだけ視線を端末に落とした。


「緊急対応は記録されています。終了して構いません。ただし、後ほど管理局で状況確認があります」


「分かりました」


 俺は震える指で配信終了の操作をした。


 画面の向こうで、まだコメントが流れている。


『切るのか』

『おつ』

『病院行け』

『強化くん生きててよかった』

『いや最後の動きなんだったんだよ』

『あとで説明してくれ』


 最後のコメントが流れたところで、配信が切れた。


 静かになった。


 いや、通路自体は静かではない。

 救助隊の声も、無線の音も、素材回収の足音もある。


 けれど、コメント欄が消えただけで、急に世界が狭くなった気がした。


 俺は救助隊に支えられながら、第一層の出口へ運ばれた。


 銀座ダンジョンの地上施設に出た時には、外の光が妙に眩しかった。


 施設内は、いつも通り慌ただしい。


 探索者が受付に並び、素材を積んだ台車が買取施設へ運ばれ、配信用の機材を持った人たちが行き来している。

 さっきまで俺が死にかけていたことなど、外から見れば分からない。


 ダンジョンでは、毎日どこかで事故が起きる。


 それが、今は自分の番だっただけだ。


 救護室で傷の処置を受けながら、俺はぼんやりと天井を見ていた。


 左腕には噛まれた痕が残っている。

 肩と胸は裂傷。

 太ももにも浅い傷。

 幸い、骨は折れていなかった。


 治療担当の女性が、俺の腕に包帯を巻きながら言った。


「運が良かったですね。石爪犬に腕を持っていかれなかっただけでも十分幸運です」


「はい」


「無理に動かすと傷が開きます。今日はもう探索禁止です」


「分かってます」


 探索禁止と言われなくても、もう潜る気力などなかった。


 体は疲れている。

 魔力も減っている。

 傷も痛い。


 それなのに、身体の奥だけが妙に熱を持っていた。


 岩皮猿を倒した時に入ってきた、重い熱。

 石爪犬を倒した時に入ってきた、鋭い熱。


 それはもう激しい痛みではない。

 だが、完全に消えたわけでもなかった。


 握った拳に、以前より少しだけ力が入る。

 足を動かす時の感覚が、ほんの少し軽い。

 左腕の痛みも、普通ならもっとひどいはずなのに、思ったより耐えられる。


 気のせいかもしれない。


 管理局の聞き取りは、治療が終わってからだった。


 小さな面談室に通され、職員二人に事故の経緯を説明する。

 配信映像はすでに提出扱いになっていたので、俺が話した内容と照合されるらしい。


「つまり、第二層から撤退してきた三浦拓斗さんを確認し、その直後に岩皮猿が第一層へ侵入。逃走経路が崩落で制限されたため、所持していた雷撃札を使用した、ということで間違いありませんか」


「はい」


「その後、岩皮猿を討伐。続けて石爪犬が出現し、閃光玉と探索者ナイフで応戦。討伐した」


「……はい」


 自分で聞いても、信じられない流れだった。


 職員も、端末の記録を見ながら少しだけ眉を寄せている。


「朝倉さんは、第一層探索者ですね」


「はい」


「第二層への到達記録はありませんね」


「ありません」


「今回の二体は、どちらも第二層の魔物です。岩皮猿については、三浦さんの戦闘によって相当弱っていたことが映像から確認されています。石爪犬についても、岩皮猿戦の後続個体と見られますが……」


 職員は一度言葉を切った。


「よく生きていましたね」


「自分でもそう思います」


 本当に、それしか言えなかった。


 職員は責めるような口調ではなかった。

 むしろ、事故処理として淡々と確認しているだけだ。


 岩皮猿が第一層へ上がった原因。

 三浦さんの撤退経路。

 俺の使用した魔法道具。

 素材の扱い。

 配信記録の保全。


 聞かれたことに答えているうちに、時間だけが過ぎていった。


 職員は端末に何かを入力した。


「分かりました。今日のところは休んでください。素材分配については三浦さん側から、岩皮猿分も朝倉さん受け取りで構わないという申告が出ています。ただし、管理局側の事故調査が終わるまでは一時保留となります」


 救護室を出たのは、夕方近くだった。


 三浦さんは別室で治療中らしい。

 命に別状はないと聞いて、ようやく少しだけ息ができた。


 外に出ると、銀座ダンジョンの施設前にはいつも通り探索者がいた。


 これから潜る者。

 戻ってきた者。

 配信の準備をしている者。

 素材の査定額に文句を言っている者。


 誰も俺を見ていない。


 そう思ったが、何人かの視線がこちらを向いた。


「あれ、さっきのやつじゃね?」


「岩皮猿の?」


「一層の探索者だろ?」


 小さな声が聞こえる。


 俺は足を速めた。


 体中が痛む。

 包帯が服の下で擦れる。

 それでも、早くここから離れたかった。


 家に着いた頃には、完全に日が落ちていた。


 狭いワンルーム。

 安いベッド。

 小さな机。

 壁際に置いた探索用の装備箱。


 いつもの部屋だ。


 だけど、いつもより妙に遠く感じた。


 俺は防具を外し、傷に触れないよう慎重に服を脱いだ。

 シャワーを浴びる気力はなかった。

 濡れタオルで血の跡だけ拭き、ベッドに座る。


 そこでようやく、スマホを見る気になった。


 通知が、見たことのない数になっていた。


 配信アプリ。

 動画サイト。

 SNS。

 知らないアカウントからのコメント。

 フォロー通知。

 メッセージ。


 俺はしばらく画面を見つめた。


 開かなければよかった。


 そう思いながら、結局開いてしまった。


 最初に目に入ったのは、切り抜き動画だった。


 タイトルは、こうだった。


【事故】第一層探索者、第二層の魔物・岩皮猿を雷撃札で討伐


 再生数は、俺の普段の配信アーカイブよりずっと多かった。


 心臓が嫌な音を立てる。


 指が勝手に動き、動画を再生していた。


 画面の中で、俺が震えている。


 雷撃札を握り、岩皮猿に向けて構えている。

 声はかすれ、腕は明らかに震えている。


 そして、雷撃。


 岩皮猿が倒れる。


 コメントがついていた。


『これ一層探索者なの?』

『岩皮猿ほぼ瀕死じゃん』

『三浦が削ったやつにトドメ刺しただけだろ』

『これなかったら三浦しんでるだろ』

『雷撃札が強かっただけでは?』

『討伐判定入ったなら運いいな』

『これで強化くんすげえは違う』


 胸の奥が重くなった。


 分かっていた。


 そう見えるだろうとは思っていた。


 実際、その通りだ。


 岩皮猿は瀕死だった。

 三浦さんがほとんど削っていた。

 俺は雷撃札でトドメを刺しただけ。


 あれを俺の実力だと言われたら、俺だって違うと思う。


 別の切り抜きもあった。


【強化くん覚醒?】石爪犬を閃光玉ありでぎりぎり討伐


 こちらの方が、コメントは少し違った。


『これは普通に頑張った』

『閃光玉なかったら死んでたな』

『三浦の助言あり』

『でも第一層探索者が石爪犬倒すのはすごくない?』

『岩皮猿倒した後から動き変わってる』

『いやアドレナリンだろ』

『魔力吸収で一時的に調子上がっただけじゃね』

『外れスキルが急に覚醒とか都合よすぎ』


 俺は動画を止めた。


 画面に映る自分の顔が、ひどく情けなかった。


 勝った人間の顔じゃない。

 死にかけて、助かったことをまだ信じられていない顔だった。


 それなのに、コメント欄では勝手に話が進んでいる。


 すごい。

 いや、すごくない。

 運が良かっただけ。

 魔法道具のおかげ。

 三浦が削っただけ。

 石爪犬は弱い部類。

 第一層探索者にしてはやる。


 俺はスマホを伏せた。


 見なければいい。


 そう思うのに、数分もしないうちにまた手が伸びた。


 今度は自分の配信ページを見る。


 登録者数が増えていた。


 二百八十一人だった数字が、三百を超えている。


 それでも人気探索者から見れば小さすぎる数字だ。

 けれど、俺にとっては今まで見たことのない増え方だった。


 喜べばいいのか。

 怖がればいいのか。

 分からなかった。


 通知の中に、三浦さんからのメッセージがあった。


『治療終わった。今日は助かった。変なコメントも出ると思うが、気にしすぎるな』


 短い文章だった。


 俺はしばらくその文面を見つめてから、返事を打った。


『こちらこそ助けてもらいました。三浦さんが削ってくれてなかったら無理でした』


 送信してから少しだけ迷って、もう一文足した。


『コメントは、まあ、だいたい事実なので』


 すぐに既読がついた。


 返事もすぐに来た。


『そんなことないさ。君がいなければ、少なくとも俺は死んでたよ』


 俺は、その文面を何度も読んだ。


 岩皮猿は瀕死だった。

 雷撃札のおかげだった。

 三浦さんが削っていた。


 それは事実だ。


 でも、俺が討伐したのも事実。

 その後、石爪犬をぎりぎりでも倒したのも事実。


 ただ、その意味までは、配信には映っていない。


 だから、他人から見れば疑うのは当然だった。


 魔法道具のおかげ。

 瀕死にトドメを刺しただけ。

 たまたま魔力吸収で調子が良かっただけ。


 そう言われれば、俺自身も反論しきれない。


 俺はベッドに倒れ込んだ。


 天井を見上げる。


 包帯の下が痛む。

 左腕がじんじんする。

 肩も重い。


 それでも、身体の奥にはまだ違和感があった。


 拳を握る。


 前より、ほんの少し強い。


 足首を動かす。


 前より、ほんの少し軽い。


 本当に少しだ。

 これだけで第二層に行けると思うほど、俺は楽観的ではない。


 今日だって死にかけた。

 閃光玉がなければ、石爪犬には勝てなかった。

 三浦さんの助言がなければ、前脚を狙う発想もなかった。


 強くなった。


 そう言い切るには、あまりにも危うい。


 けれど、何も変わっていないと言うには、身体が正直すぎた。


「……確かめないと、駄目だよな」


 声に出すと、部屋の中でやけに大きく聞こえた。


 俺のスキルが本当に外れではないのか。

 倒した魔物の能力を取り込んでいるのか。

 それとも、今日だけの勘違いなのか。


 誰かに証明してもらうことはできない。


 視界表示は俺にしか見えない。

 身体の変化も、今のところ俺の体感でしかない。


 なら、自分で確かめるしかない。


 とはいえ、第二層に行くつもりはなかった。


 無理だ。

 今日の俺は、事故で生き残っただけだ。


 まずは第一層。


 いつもの灰色スライム。

 いつもの小型牙鼠。

 いつもの通路。


 そこで、自分の動きが本当に変わっているのか確かめる。


 それくらいなら、できるかもしれない。


 スマホがまた震えた。


 新しいコメント通知。


『強化くん、明日も配信する?』


 俺は画面を見つめた。


 明日。


 正直、休みたい。

 傷も痛い。

 怖い。

 もう一度ダンジョンに入ることを考えるだけで、喉が乾く。


 でも、確かめたい。


 外れだと思っていた《強化》が、本当に違う意味を持っているなら。


 俺は、それを知らないままではいられない。


 俺はゆっくりと返信欄を開いた。


 少し考えてから、短く打つ。


『体調次第ですが、第一層で確認配信だけします』


 送信する。


 すぐにいくつか反応がついた。


『無理すんな』

『一層なら見に行く』

『強化検証か?』

『どうせ普通に戻ってるだろ』

『瀕死狩りじゃないと意味なさそう』

『でも気になる』


 俺はスマホを置いた。


 胸の奥に、不安と、ほんの少しの期待が混ざっていた。


 まだ、自分のスキルの真価なんて分からない。

 分かった気になるには、早すぎる。


 けれど、今日までとは違う。


 外れだと思っていたものに、初めて疑いが生まれた。


 俺は包帯の巻かれた左腕を見た。


 痛い。

 怖い。

 情けない。


 それでも、拳を握る。


 明日、もう一度第一層に潜る。


 そこで分かるはずだ。


 俺の《強化》が、本当にただの外れなのか。

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