第14話 再び石爪犬
第二層の入口付近で戦うようになってから、さらに数日が過ぎた。
土潜り蛇。
石殻蜥蜴。
この二種類なら、一体ずつであれば、だいぶ落ち着いて倒せるようになってきた。
もちろん、簡単になったわけではない。
土潜り蛇は、足元から来る。
少しでも砂の揺れを見落とせば、足を取られる。
噛まれれば動きが止まるし、巻きつかれればナイフを振る余裕もなくなる。
石殻蜥蜴も、甘く見られる相手ではない。
背中の殻は硬い。
正面から突けば刃が弾かれる。
低い姿勢からの突進は重く、尻尾をまともに受ければ、腕が痺れてしばらく使い物にならなくなる。
それでも、最初の頃とは違う。
土潜り蛇は誘い出す。
飛び出す位置を読んで、頭を外させる。
首の後ろを狙い、暴れる前に離れる。
石殻蜥蜴は背中を狙わない。
正面に立ち続けない。
突進を横へ外し、首か腹を狙う。
尻尾の間合いに長く残らない。
そういう当たり前の手順を、少しずつ体が覚えてきた。
派手な成長ではない。
見ているだけなら、同じことの繰り返しに見えるかもしれない。
けれど、俺にとっては大きかった。
初めて第二層へ降りた時は、一体倒すだけで息が上がり、階段を上る足が震えていた。
今は、一体倒しても周囲を見る余裕がある。
素材を最低限拾い、撤退するか続けるかを考えられる。
その差は、命に関わる。
今日も俺は、第二層へ降りる前にカメラを起動した。
配信タイトルは、少しだけ迷ってから決めた。
【第二層入口ソロ】土潜り蛇と石殻蜥蜴を倒して帰るだけの安全第一配信
自分でつけておいて、少しだけ苦笑する。
タイトルも最近は、少し頑張って考えている。
無理に奥へ行くわけじゃない。
珍しい魔物を探すわけでもない。
倒せる相手を、一体ずつ倒して、無事に帰る。
それが今日の目的だった。
「朝倉です。今日も第二層入口付近です。土潜り蛇と石殻蜥蜴を中心に、一体ずつ戦います。複数出た場合、見慣れない魔物が出た場合、魔法道具を使った場合は撤退します」
コメント欄が流れ始める。
『来た』
『タイトル堅実すぎて草』
『安全第一配信助かる』
『二層入口ソロってだけで普通に怖い』
『今日も帰るところまで見せて』
『無理すんな』
「はい。慣れてきた時が一番危ないと思ってます」
それは、本心だった。
最近は土潜り蛇と石殻蜥蜴を倒せるようになってきた。
だからこそ、慎重にならなければならない。
倒せる。
もう少しいける。
もう少し奥を見られる。
そう思った時が、一番危ない。
俺は第一層を抜け、第二層へ続く階段の前で立ち止まった。
装備を見る。
それから、帰り道も見る。
階段は目の前にある。
「降ります」
『足元見ろよ』
『音聞け』
『曲がり角の先は無理するな』
『安全第一配信スタート』
「はい」
階段を降りる。
空気が変わる。
第一層より重く、湿っていて、肌にまとわりつくような圧がある。
床には黒い砂が溜まり、壁の隙間から太い根のようなものが伸びている。
青白い苔の光は弱く、通路の奥は暗い。
第二層。
何度来ても、気を抜ける場所ではない。
俺は階段を背にしたまま、通路へ進んだ。
十歩。
二十歩。
三十歩。
階段から離れすぎない。
曲がり角の奥へ入らない。
壁際に寄りすぎない。
足元の黒い砂を見る。
しばらく進むと、床の砂がわずかに盛り上がっている場所があった。
風もない。
水も流れていない。
それなのに、砂の線が乱れている。
「土潜り蛇がいます」
『早い』
『砂か』
『誘い出せ』
『踏み込むなよ』
「誘い出します」
俺はポーチから小石を取り出し、砂の盛り上がりから少し外れた場所へ投げた。
こつん。
石が床に当たる。
床の砂が弾ける。
土潜り蛇が口を開けて飛び出した。
初めて見た時は、その勢いだけで体が固まった。
今は、飛び出す位置を見てから動ける。
土潜り蛇の頭が床を叩いた。
どん、と重い音。
その瞬間、俺は踏み込んだ。
首の後ろへナイフを落とす。
刃が鱗の隙間に入る。
深追いはしない。
暴れる前に抜いて、離れる。
土潜り蛇が体をくねらせ、黒い砂へ潜ろうとする。
俺は足元へ意識を向けた。
右ではない。
左前。
砂がわずかに盛り上がる。
俺は体を引き、飛び出した頭をかわした。
牙が空を噛む。
その横を抜けながら、首元へもう一度ナイフを突き込んだ。
土潜り蛇の体が大きく跳ねる。
尻尾が脛当てを叩いたが、姿勢は崩れない。
数秒後、土潜り蛇は床の上で動きを止めた。
視界の端に文字が浮かぶ。
――土潜り蛇を討伐しました。
――魔力を吸収します。
――スキル《強化》が発動しました。
足元から薄い熱が広がる。
俺は大きく息を吐いた。
「土潜り蛇、討伐しました」
『安定してる』
『初回と全然違うな』
『でも周囲見ろ』
『素材拾う前に見ろ』
俺はすぐに周囲を見た。
奥の通路。
壁際。
天井。
背後の階段。
黒い砂の動き。
大きな気配はない。
俺は魔石と牙だけを拾った。
全部は拾わない。
しゃがんでいる時間が長くなるのは危ない。
素材をポーチに入れ、立ち上がる。
まだ終わりにするほどではない。
怪我はない。
魔法道具も使っていない。
階段からの距離も、決めた範囲内だ。
「もう一体だけ探します。複数の気配があれば戻ります」
『一体だけな』
『言ったからな』
『変なの出たら即帰れ』
『安全第一を忘れるなよ』
「はい」
俺は背後の階段を見てから、通路を少し進んだ。
壁際で、ずり、と石を擦るような音がした。
足を止める。
青白い苔の光の下で、黒灰色の低い影が動いている。
平たい体。
石の破片を貼りつけたような背中。
床に腹を擦るような四本の脚。
石殻蜥蜴だ。
「石殻蜥蜴、一体。こちらにはまだ反応していません」
『一体なら落ち着いて』
『背中狙うなよ』
『尻尾注意』
『正面から刺すな』
「分かってます」
俺は小石をもう一つ取り出し、石殻蜥蜴の横へ投げた。
こつん、と音がする。
石殻蜥蜴が顔を向けた。
その瞬間、俺は逆側へ動いた。
真正面から近づかない。
石殻蜥蜴が低く身を沈める。
突進の前兆だ。
次に来る。
俺は斜め後ろへ下がった。
石殻蜥蜴が低い影となって走る。
ナイフを突き込む。
刃が浅く入る。
石殻蜥蜴が体をひねった。
尻尾が来る。
俺はすぐに離れた。
尻尾が黒い砂を叩く。
初めて戦った時は、あれを腕に受けた。
痺れて、ナイフを落としかけた。
今は受けない。
受ける必要がない位置に動く。
石殻蜥蜴が向きを変える。
二度目の突進。
俺は少しだけ待った。
早く動きすぎれば、相手が軌道を変える。
遅すぎれば、体当たりを受ける。
石殻蜥蜴が床を蹴る。
俺は横へ抜け、首元へ刃を走らせた。
硬い感触。
石殻蜥蜴の動きが荒くなる。
ここで詰めない。
怒った魔物は読みづらい。
俺は一度距離を取り、呼吸を整えた。
石殻蜥蜴が三度目の突進に入る。
前脚の動きが、少しだけ乱れていた。
最初の傷が効いている。
俺は半歩下がり、進路をずらした。
相手の肩が目の前を通る。
体を沈める。
膝をつくほど低く。
腹側が一瞬だけ見えた。
そこへ、ナイフを突き上げる。
柔らかい感触。
刃が深く入った。
石殻蜥蜴の体が跳ねる。
尻尾が来る。
完全には避けきれない。
俺は体を丸め、腕当てで角度をつけて受けた。
衝撃が走る。
痛い。
だが、倒れない。
俺はすぐに離れた。
石殻蜥蜴は床の上で暴れ、しばらくして動きを止めた。
視界の端に文字が浮かぶ。
――石殻蜥蜴を討伐しました。
――魔力を吸収します。
――スキル《強化》が発動しました。
皮膚の下に、薄い熱が広がる。
「石殻蜥蜴、討伐しました。腕を少し打ちましたけど、動きます」
『おお』
『安定してきた』
『腕大丈夫?』
『二体倒したなら今日は十分』
『帰ろう』
『ここで帰れるなら成長』
ここで帰れるなら成長。
そのコメントを見て、俺は少しだけ笑った。
確かに、そうだ。
倒せるようになったことだけが成長じゃない。
倒したあとに、もう一体を求めないこと。
素材の欲に負けないこと。
それも、探索者として大事なことだ。
「今日は戻ります。魔石と最低限の素材だけ拾って、地上まで帰ります」
『よし』
『それでいい』
『タイトル通り安全第一』
『帰るまで気を抜くなよ』
「はい」
俺は石殻蜥蜴の魔石と、殻の一部だけを回収した。
異常はない。
そう思った直後だった。
奥の通路から、かつん、と硬い音がした。
俺は動きを止めた。
もう一度。
かつん。
石を小さく叩くような音。
土潜り蛇の砂を擦る音ではない。
石殻蜥蜴の低く這う音でもない。
もっと軽い。
もっと速い。
爪が床を叩く音。
背中に、冷たいものが走った。
「……音がします」
『何の音?』
『爪っぽい』
『戻れ』
『もう二体倒してる』
『強化くん、階段見ろ』
俺は背後を見た。
階段は見える。
だが、音は階段へ戻る通路の奥から近づいてきていた。
完全に塞がれてはいない。
でも、背中を向けて走れば危ない距離だ。
暗がりの中で、二つの目が光った。
低い姿勢。
灰色の細い体。
前脚の先に、石を削ったような爪。
石爪犬。
息が止まりかけた。
忘れられるはずがない。
第一層で、三浦さんと一緒に死にかけた時の魔物。
肩を裂かれ、腕に噛みつかれ、閃光玉を使って、どうにか倒した相手。
あの時は、勝ったというより、生き残っただけだった。
今回は違う。
俺は一人だ。
コメント欄が一気に流れる。
『石爪犬!?』
『帰れ』
『でも背中見せたら追いつかれる』
『魔法道具使っていいぞ』
俺はナイフを握り直し、足元を見る。
黒い砂は薄い。
壁際に寄りすぎていない。
階段は後ろにある。
石爪犬は一体。
「石爪犬、一体です。階段は後ろにあります。ただ、背中を向けて走ると追いつかれる距離です。距離を取りながら対応します。魔法道具を使う必要が出たら、迷わず使って撤退します」
『無理すんな』
『初回よりは動けるはず』
『でも速いぞ』
『足止め優先』
『爪と噛みつき注意』
「はい」
石爪犬が低く唸った。
床に爪が食い込む。
来る。
灰色の影が跳ねた。
速い。
やはり、土潜り蛇とも石殻蜥蜴とも違う。
動き出しが短い。
距離を詰める速度が速い。
反応が遅れれば、その時点で爪が届く。
だが、見えないわけではない。
体が沈む。
右前脚に力が入る。
次に、左へ跳ぶ。
そこまで見えた。
俺は半歩早く横へ動いた。
石爪犬の爪が、肩の横を通る。
風が頬をかすめた。
避けた。
その事実に驚きかけて、すぐ意識を戻す。
石爪犬は通り過ぎた直後、低い姿勢のまま反転した。
追うな。
深追いすれば、逆に噛まれる。
俺は通路の中央を維持した。
壁際に追い込まれない。
足元を乱さない。
逃げ道を背中に置き続ける。
「壁際に寄せられないようにします」
『それ大事』
『前はかなり追い込まれてた』
『落ち着け』
『正面から受けるなよ』
石爪犬が二度目の突進に入る。
今度は真正面。
爪が低く振られる。
立ち止まるな。
流せ。
三浦さんの声が、記憶の奥で響いた気がした。
俺はナイフの腹を斜めに当て、爪の軌道をずらした。
硬い音が鳴る。
腕に衝撃が走った。
重い。
でも、前ほど押し込まれない。
岩皮猿から得た筋力と耐久。
石爪犬から得た瞬発力。
土潜り蛇との戦いで覚えた足元の安定。
石殻蜥蜴の尻尾を受けて少しずつ身についた衝撃への耐え方。
全部が少しずつ重なり、今の一撃を支えてくれた。
俺は爪をそらした勢いのまま横へ抜け、石爪犬の前脚の内側へナイフを走らせた。
浅い。
だが、血が出る。
石爪犬が低く鳴いた。
『入った』
『前脚狙いか』
『動き削れ』
『浅いけどいい』
『落ち着いてる』
浅くていい。
一撃で倒せるとは思っていない。
速さを削る。
前脚を傷つける。
動きを落としてから首元を狙う。
それしかない。
石爪犬が距離を取った。
その目が、さっきより鋭くなる。
ただ突っ込んでくるだけではない。
こちらが反応できると分かれば、攻め方を変えてくる。
石爪犬が横へ走った。
壁を蹴る。
角度を変え、俺の背後へ回り込もうとしている。
速い。
目だけで追うと遅れる。
俺は体ごと向きを変えた。
間に合う。
爪が来る。
避けきれない。
左腕の腕当てを斜めに差し出した。
爪が腕当てを削る。
金属と石が擦れる嫌な音。
衝撃で腕が痺れた。
だが、切られてはいない。
俺は踏みとどまり、右手のナイフを短く突いた。
石爪犬の肩を刃がかすめる。
浅い。
また浅い。
でも、前とは違う。
噛まれていない。
壁に追い込まれていない。
閃光玉も使っていない。
それだけで十分だった。
「まだ浅いです。でも、動きは見えています」
『油断すんな』
『一発もらったら終わるぞ』
『呼吸整えろ』
『焦らず前脚狙え』
俺は息を吐いた。
吸う。
吐く。
石爪犬の目を見る。
前脚を見る。
尾を見る。
次は低い。
喉元を狙う動き。
初めて戦った時、俺は腕を噛まれた。
防具越しでも、骨ごと持っていかれると思った。
その記憶が、腕の奥に残っている。
石爪犬が沈む。
体が固まりかけた。
だが、止まらない。
同じことはしない。
石爪犬が跳んだ。
俺は喉元への線から体をずらし、前脚が着地する位置へナイフを置く。
刃が、前脚の内側に入った。
深い。
石爪犬が甲高く鳴き、着地が崩れた。
今だ。
踏み込む。
でも、踏み込みすぎない。
相手はまだ生きている。
倒れかけた石爪犬が、反射的に爪を振った。
俺は肩を引く。
爪がジャケットの表面を裂いた。
布が飛ぶ。
皮膚には届いていない。
俺は低く身を沈め、石爪犬の首元へナイフを突き込んだ。
一度目。
浅い。
石爪犬が暴れる。
二度目。
硬いものに当たる。
焦るな。
離れる選択肢もある。
だが、今離れれば、また速さを取り戻されるかもしれない。
前脚は崩れている。
俺の足元は乱れていない。
まだいける。
三度目。
刃が深く入った。
石爪犬の体が大きく震える。
牙が俺の腕を狙って開く。
俺は腕を引き、膝で体を押さえ込むようにして、ナイフをさらに押し込んだ。
綺麗な戦いではない。
上位探索者のような一撃必殺でもない。
配信映えするような技でもない。
だが、前のように、ただ必死に暴れているだけでもない。
どこを狙うか。
いつ離れるか。
何を受けて、何を受けてはいけないか。
それを考えながら、体が動いている。
石爪犬の力が抜けた。
灰色の体が床に沈む。
俺はすぐに離れ、ナイフを構えたまま数秒待った。
動かない。
完全に、動かない。
視界の端に文字が浮かぶ。
――石爪犬を討伐しました。
――魔力を吸収します。
――スキル《強化》が発動しました。
体の奥に、熱が回った。
俺はその場で大きく息を吐いた。
「……石爪犬、討伐しました」
コメント欄が一気に流れる。
『倒した!?』
『石爪犬ソロ討伐!』
『魔法道具使ってないよな』
『初回と全然違う』
『あの時は噛まれてたのに』
『これは成長してる』
音はない。
だが、長居していい理由もない。
土潜り蛇。
石殻蜥蜴。
石爪犬。
今日はもう三体倒している。
しかも最後は、石爪犬だ。
十分すぎる。
「魔石だけ回収して戻ります。素材は最低限にします」
『それでいい』
『欲張るな』
『三体目で石爪犬はもう終わり』
『帰るまでが探索』
『本当に帰れ』
「帰ります」
石爪犬の魔石を拾った。
手のひらに乗る小さな重み。
初めて倒した時は、これを落ち着いて見る余裕すらなかった。
痛みと恐怖と、浮かんだ表示で頭がいっぱいだった。
今回は違う。
息は荒い。
腕も痺れている。
ジャケットも裂けた。
それでも、周りを見る余裕がある。
魔石を拾い、撤退を選ぶ余裕がある。
それが、何より前との違いだった。
俺は階段へ向かって歩き出した。
走らない。
背中を完全には向けない。
足元を雑に踏まない。
石爪犬の爪音は、もう聞こえない。
それでも、耳には残っている。
かつん。
かつん。
初めて出会った時の、あの嫌な音。
あの時、俺は追い詰められていた。
三浦さんがいなければ判断も遅れていた。
閃光玉がなければ、腕を持っていかれていたかもしれない。
今回は、一人だった。
魔法道具は使っていない。
もちろん、余裕があったわけではない。
一歩間違えれば噛まれていた。
ジャケットも裂けた。
腕当ても削れた。
それでも、倒した。
単独で。
その事実が、胸の奥にゆっくり沈んでいく。
第二層から第一層へ上がる階段に足をかける。
空気が少し軽くなったところで、俺はようやく息を吐いた。
「第二層から出ました。このまま地上まで戻ります」
『生還』
『お疲れ』
『石爪犬ソロは大きい』
『でもまだ油断禁止』
第一層の通路を歩きながら、俺は自分の左腕を見た。
噛まれていない。
前はそこに、石爪犬の牙が食い込んでいた。
防具越しでも骨まで届きそうな圧力だった。
今も、その記憶は残っている。
けれど、今日の腕は動く。
爪を受けた痺れはあるが、切られてはいない。
肩も同じだ。
前は裂かれた。
今回は、かすめただけで済んだ。
小さな差だ。
でも、ダンジョンではその小さな差が、生きるか死ぬかを分ける。
「……前より、動けました」
思わず口から出た。
コメント欄が流れる。
『動けてた』
『初回見てたけど全然違う』
『あの時は本当に死にかけてた』
『今日は戦えてた』
『強くなったな』
『でも調子乗るなよ』
「はい。調子には乗りません」
それは本心だった。
石爪犬を倒せた。
でも、石爪犬が二体いたら無理だ。
土潜り蛇と同時に来ても危ない。
俺はまだ、第二層を自由に歩ける探索者じゃない。
ただ、以前は死にかけた相手を、一体なら倒せるようになった。
そのくらいだ。
けれど、そのくらいが今は大きかった。
地上施設の光が見えた。
階段を上がると、人の声と機械音が戻ってくる。
安全区域まで戻ったところで、俺はようやくナイフをしまった。
「地上に戻りました。今日は土潜り蛇、石殻蜥蜴、石爪犬を一体ずつ討伐しました。石爪犬は、魔法道具なしで倒せました」
コメント欄が流れる。
『お疲れ!』
『これは大きい』
『石爪犬リベンジ成功』
『初回から見てると感慨深い』
『ちゃんと成長してる』
『装備修理しろ』
「装備は修理します。今日はこれ以上潜りません」
俺はそう言って、ポーチの中の魔石に触れた。
三つ分の重み。
前なら、一体で精一杯だった。
今は三体倒して帰ってきた。
しかも最後の一体は、あの石爪犬だった。
最初に出会った時、俺は生き残るだけで必死だった。
今回は違う。
怖かった。
危なかった。
余裕なんてなかった。
それでも、戦って倒した。
単独で倒せた。
その事実だけは、否定しなくていいと思った。
「見に来てくれてありがとうございました。今日はこれで終わります。次も無理せず、少しずつ進みます」
『お疲れ』
『また見る』
『今日は休め』
『強化くん、おつ』
『帰れてよかった』
「はい。帰れてよかったです」
配信を切る。
画面が暗くなる。
周囲の音が、少しだけ大きくなった気がした。
俺は受付横のベンチに座り、ゆっくり息を吐いた。
石爪犬。
あいつを倒せたからといって、急に上位探索者になったわけじゃない。
でも、最初に出会った時とは違った。
あの時は、三浦さんの声と閃光玉がなければ、たぶん死んでいた。
今回は、一人で倒した。
《強化》で得たもの。
装備を整えたこと。
何度も第二層入口で戦った経験。
その全部が、今の一戦に繋がっていた。
俺は自分の手を見る。
まだ少し震えている。
怖さは消えていない。
でも、その震えの奥に、確かな熱が残っていた。
俺は、少しずつ強くなっている。
そう思ってもいい日が、ようやく来たのかもしれない。




