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 受令機のけたたましい呼び出し音でバネが弾けるように起き上がったリチャードは、電気をつけることもなく背もたれにかけていたチノパンを引ったくって階級章付きのフライトジャケットに腕を通す。

 ほとんど無意識の条件反射で軽自動車のイグニッションキーを回すと、パトランプとサイレンを撒き散らしながら、深夜のまばらを急いだ。

 基地には航空隊の面々が出揃っている。

 駐車場にバックで入れたリチャードを見つけたミネルバが、ピンクのキャミソールにフライトジャケットを羽織り、リチャードの前をづかづか進んでいった。

「すまんなリチャード、非番なのに」

 ハンガーに併設された控え所兼事務所では、バインダーに留めたファクシミリ紙の報告を読む飛行隊長が、リチャードとミネルバを見つけると駆け寄った。

「どいつがやりました」

「教国だ。南の油田が壊滅したし、南リバルゲンタ市街も襲われた」

「ひどい……」ミネルバが唇を噛みしめる。

 オーラ人――聖王教国付近の生まれである、飛行隊長は続ける。

「南管区の103飛行隊と104飛行隊も壊滅。こっちの102飛行隊とハルボーマブゼ高射のパトリオットでどうにか追っ払ったが手酷い結果だ」

「うちの南管区ったら、自慢のF-16Cはどうしたんです」

 リチャードも、耳に入ったグァンユーも愕然だ。

 ――なにせ最近の演習では、自分ら北管区のF-4Eファントムから、ノヴァエルヴァンディア空軍のエルフ精鋭が駆るF/A-18Aホーネットに至るまで、機体性能と巧みな機動でキル判定を連発させていた連中だ。

 気に食わん一方で認めざるを得ない精鋭中の精鋭が、聖王教国の愚鈍なドラゴンなんぞにやられた……?

「ノヴァ空軍と協同で全力を出したんだが、どちらも数に圧されて叩き落とされた。現地の高射も全部撃ち尽くしときた。どうあってもしばらく足りん」

「うちにしてもノヴァにしても、魔界から鹵獲したミグが兵装ごとまとまってあるし、扱えるパイロットだって山程いるでしょう。ノヴァの海軍なんかイージス駆逐艦3隻が教国と面する南側の防空を担って……まさか」

 飛行隊長は呆れ果てたように肩を竦ませた。

「そのまさかだ。死人はないが、まずイージス艦隊と要撃部隊は大破と弾切れで1週間は出られん。ドワ―フの工業自治区も、火炎放射で散り散りらしい」

 つまりノヴァの補給は絶たれた。聖王教国め、機械と資本主義に溺れきった追放エルフの国とはいえ、実質な神域へ侵攻するつもりじゃ……?

 ……いやそれはない。そんなことをすればラングも黙るどころか、防空網を無効化してから魔界による核ミサイル攻撃誘発という最悪になるだろう。

「うちとしても控えのパイロットはもういないし予備役じゃとても足りん。だから片っ端から集めている最中だ。ラングへ転換訓練やっているのも呼び戻しだ」

「……それで、うちはどうするんです」

「ラング皇帝の決済待ちだ。2日はかかるだろうな。何にしてもうちの大統領は、これを遺憾ぐらいで済ませて戦争にしないだろうが」

「で、俺もそっちに?」

 リチャードとミネルバは息を呑んだ。

「そうしたいが魔界の動向も怪しくてな。4番まで残して残りを南にやる。リチャードは2番に入って、しばらく基地に詰めて欲しい」

「了解」

 基地司令に呼び出されて飛行隊長は退室すると、リチャードとミネルバはフライトジャケットを脱いで、まず互いの柔軟体操を手伝った。

 グァンユーとビラールも同様に体を解していく。残りのラング人ペアも到着し、狭すぎるロッカー室で支度を始めている。

 5番機以降のファントムペア達がロッカーから出るたびに残る3ペアへ敬礼すると、南管区への援軍のためにハンガーの自機へ進んだ。


 ハンガーへ続く塩ビ張りの廊下をリチャードとミネルバが、ロッカー室が空くまでとフライトジャケット姿で歩いていく。

 途中の応接スペースでは、ハルボーマブゼから連絡機を飛ばしてまで駆けつけたラング魔導国の空軍中佐が、絶望の表情でソファに沈んでいる。

 コロラドスプリングスとかいう異界の名門を出たとか言ってリバルゲンタをすっかり蔑んでいた人造魔族の駐在武官だ。

 そんなご高尚がハンガーで何を見たのか「オーマイゴット」と繰り返して頭を抱え込んでいたが、何の意味かリチャード達にはわからなかった。

 リチャードより前に駆けたミネルバが、ハンガーへ続くペンキの剥がれた鋼鉄の両開きをがつんと開けた。

 ハンガー内には、2機のファントムが整然に並んでいる。

 機付きそれぞれ15人の整備チームが、規定以上の入念な作業を行っている。

 ハンガー隅ではファントムを製造したメーカーの太ったオークの駐在員が、妙に趣味の悪い魔導仕掛けの国際携帯電話機を両手に支えて「自分が全責任を負うから在庫部品を全部出せ! 作っている途中も完成したら全部回せ!」と怒鳴り散らしている。

 同様にアサクラ商事のハイエルフ女担当者も、その清廉な美貌をオーガも退くほどの形相にして「兵装はまだ間に合う。潤滑油とジェット燃料を全部回して。ゴブリンでも遠慮するようなスクランブル頻度で、今の備蓄じゃ1週間保たない」と携帯電話機へ怒声する。

 それぞれの会社に対するとどめは「新契約と売掛金が全部ぶっとぶ」「恨むなら契約に介入したラングの摂政と契約書をろくに確認しなかった以前の経営陣」「契約履行にかかる全権は現地担当者にあるから今は従え」だった。

 2階部のガラス張りになった整備兵の詰め所では、空軍兵站部長をしている人造魔族のカエルみたいな大佐が卓上電話機をとって、脅迫に等しい口調で事実と最悪想定を列挙してから承諾を取っていた。

 鉄板の階段を途中まで駆け下りて、オーク駐在員とハイエルフ担当者の名前を張り上げて「大統領の承認とラング政府の保障をとった。幕僚も追認する」と、手招きしていた。

 ラングの駐在武官が魔族特有の青白い顔を真っ赤にしてカエル顔の大佐に掴みかかるが「生き残ってからなんぼの話だ」と一蹴する。

 ワイシャツの首元を緩ませたオークと化粧の落ちかけたハイエルフに噛みつくも「信用ベースの話だ」「あなたが介入できる域にはない」と殴り返すだけだった。

 憤慨した駐在武官が、駆けつけたラング人の基地司令に宥められながら去っていく。

「すまない」

 黒セダンの中で基地司令が駐在武官に謝るのと同時に、カエル顔の大佐はオークとハイエルフに頭を下げた。

「そうですね。リバルゲンタと心中するのはごめんですが。でも我が子が不備のせいで壊されるのはごめんなんで、だったらクビになるぐらいはやりますよ」

 メーカーのオークがけたけた笑う。

「私も、これで栄転はなくなりましたよ。今さら故郷に帰っても、キャリアに染まった年増なんて嫌われるんですけどね」

 アサクラ商事のハイエルフも、流し目に冷や汗かいて強引に笑っていた。

「リチャードと、そこのスケバンエルフ、ちょっといいか」

 整備兵のうち、もじゃもじゃ白髪の枯れ木のようなヤポン系老曹長が、作業帽のひさし越しにギョロ目を向け、リチャード達を呼んだ。

「おやっさん、不具合が出たんですか?」

「いや、なにせこんな事態になったんだ。わしらが気合を入れんのに、ちと付き合ってくれや」

 老曹長の小さな背が整備兵の溜まりに入っていく。

 リチャードとミネルバは怪訝な顔を互いに見返して、雑多にも程がある整備兵達に招かれて、ファントムの前に出された。

 ファントムの前には、会議机で聖王教の祭壇が作られている。

 軍支給ではない薄汚れの作業着に聖王教の数珠とネムネリア殿の司教帽を被り、右手には銀メイスを持ったダークエルフの男が、リチャードとミネルバに厳かに一礼した。

「どこから潜り込んできたんですか」

 呆れたミネルバによる思わずのツッコミを、同じダークエルフの司教は清々しい笑顔で流した。

「いつもはトラックの整備で食ってるし、バレると地元融和派の司祭が恐縮したり聖王教国の異端審問が浄化に来るから隠しているんだけど。基地司令にも頼まれた以上は、ね?」

 そんな生臭さが真剣へ染まって祭壇の前に立つと、整備兵達が作業帽を脱いで直立を正す。

 意図を理解したリチャードがミネルバを小突くと、ふんと噴いてから彼らに倣った。

 エルフの司教はメイスを掲げて、知らないリチャードから見てもかなり簡略した作法で儀式をはじめた。

「原初の聖王は神の前にあり。今や裁きを知るために我らを見下ろすばかり。来たる天命にこそ聖王の首は差し出されん。我らの善きと信念こそが聖王を永遠にして、世界を創りし神をより誇らせる」

 作業帽を胸元に握りしめた整備兵達が、リチャードのファントムに傅いた。

「異界の神より『幻影』の名を戴いて、聖王の世に孵った機械の翼よ。今はリバルゲンタの盾として、幻影にあっても戦士の望みを叶え給え。これがとても歪なまがい物にあっても、宿る魂は真に勝れ」

 赤標識と回転灯が点滅と同時に、出撃命令を告げる高低重奏のサイレンが鳴り響く。

 ホットスクランブル。 

 耐Gスーツをまとってハンガーへ戻ると、ファントムを素早く点検してタラップを駆け上った。

 健康的な褐色肌と細身の目立つキャミソールの上から耐Gスーツという姿のミネルバが、ナビゲーター席に座ってチェックリストを読み上げている。

 続くリチャードはパイロット席で色とりどりの付箋メモと水性の黒マーキングだらけになっている白灰色のパネルに、電源の入ってうごめく40種類の計器を見張ると、座席横に差し込んでいた新規のチェックリストと読み上げ、計器状態と入念に突き合わせていく。

 左エンジンが回転をはじめ規定回転数にて問題なく点火した。右エンジンも同様の手順でスタートさせていく。

「油圧よし。燃料よし。主電源に切り替えよし、ケーブル解除よし」

 マスクをつけたリチャードは、握った操縦桿を前後左右一回り逆回りと振っていく。

「地上、舵はよいか!」

「問題ありません!!」

「ミネルバ、いけるか」

「オムニーノ・ウィーリデ(問題なし)」

 リチャードの太い指サインで整備兵達が機体から離れると、エンジンはアイドルに達した。

 引っ張るロープでチョークが抜かれてリチャードもブレーキを外すと、ファントムをハンガーの外へわずかに進ませる。

 同時にはみ出したタブラ1――隊長機が、リバルゲンタ管制と交信している。

「タワー、こちらタブラ1。タブラ2と同時に出る。許可を与えられたし」

「タブラ1、こちらリバルゲンタタワー。タブラ3と4が先にタキシングへ入ります。タブラ1および2は次となります」

 ファントム2機がほぼ同時に離陸した。降着装置が収まっていく。

 朝焼けが濃霧に霞む空へ航法灯を点滅させながら、アルカドラク方面へ右旋回していく。

「タブラへ、こちら防空指揮所。領空侵犯は西と北でそれぞれ1機。北は魔界の民間旅客機、西は識別不明なるも航空機、アルカドラクにあらず。繰り返す、西は識別不明、アルカドラクにあらず」

「タブラ1、こちらタブラ3。ワレ西を対応す」

 タブラ3――グァンユーの交信をリチャードは了解し、ミネルバが状況を復唱していく。

 隊長機とリチャード機が、同じ滑走路へ同時に誘導された。

「タブラ1および2、離陸を許可します。気を付けて」

「グラティアス(ありがとう)。離陸する」

 飛行隊長とリチャードのペアは、北側の対応に高度をあげていった。

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