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5(完)

 リバルゲンタの領土は南北に細長い。

 北は魔界――社会主義共和国連邦と、南は聖王教国と追放エルフが建てた科学文明国家ノヴァエルヴァンディア共和国と、南東にリバルゲンタ湾がわずかに面する。

 西のアルカドラク連合王国とは銀龍も棲まうアルカドラク山地で引いた間延びの国境になっていて、共和リバルゲンタとは違いラング魔導国の勢力圏外、教国の絶対防空網にかかっている。

 金属飛翔体がアルカドラクへ少しでも入ってしまうと……隕石により即撃墜されるわけで、このスクランブルの対応を誤れば、教国に続いて魔界とも航空戦になると、要撃にあたる誰もがわかっていた。

 南のアホ教国に対しては珍しくブチギレたリバルゲンタ大統領とノヴァのエルフ長老が即時撃墜命令を出していたが、北の魔界はラングとの冷戦にあって、そうはいかなかった。

「ラングが教国に対して報復するまでの1週間だ……1週間を乗りきったら、俺はもう休暇申請出してのんびり過ごす」

「スピオーネルなんかどう? ラングじゃ珍しくオーラ帝国時代の情緒ある古い街が残ってるし、とても静かみたい」

 リチャードの眉間皺を、ミネルバが解すように優しく語る。

 視認圏内に入った。飛行隊長と共にリチャードも目を凝らす。

 ……少なくとも、飛行隊長とリチャードが対応した北の侵犯機は、中身のドジなのが明白だった。

「民間機だ。識別信号に違いない。魔界連邦航空のIl-62だな」

 IL-62Mクラシック。尾部に4発のエンジンを抱いているナローボディの長距離民間機だった。

 白地に青ラインの塗装がされている魔界連邦航空の旅客機……偽装を疑って窓を覗くが、中で多種多様の乗客達がリアルタイムで青ざめていた。

 ひとまずの脅威ではないと飛行隊長は判断すると、当該機はリチャードに任せ、航跡沿いの様子を確認するために加速をかけていく。

「魔界連邦航空機へ警告します。ここはリバルゲンタ領空です。あなた方は領空侵犯をしている。左旋回で引き返しなさい」

 国際チャンネルで呼びかける。ざざざと、相手は心底動揺しているようだ。

 ミネルバに周囲警戒だけさせて静観すると、1分ほどかけて、若い声がたどたどしいオーラ語で応答した。

「リバルゲンタ空軍機へ、こちら魔界連邦航空513便、アーモロート発ラング魔導国メトロポリス行きの国際旅客便です。濃霧とレーダー障害のため意図せず侵犯したことを深く謝罪します。本機の現在位置を教えて欲しい」

「なんだよ。やっぱり迷子かよ」

「こんな濃霧だし、教国の電子妨害もあるからしょうがないよ」

 そうミネルバは宥めるが、張り詰めていたリチャードはヘッドレストにヘルメットを押し付け、人騒がせにも程がある相手のヘッポコぶりにすっかり呆れた。

 脛から取り出した計算尺をかちゃかちゃ操作する。いくら満タンでもIl-62Mの燃費じゃ50分程度で燃料切れだとリチャードは見る。

 リチャードは魔界語の発音をはっきりさせながら、513便へ現在位置と航空路からの外れた概算距離を簡潔に伝え「引き返すための燃料はありますか? 残り飛行可能時間と代替空港を教えて下さい」と確認した。

「すみません。残り40分でビンゴです。オルタネートはアステリオ人民共和国のガラリスグラードですがとても足りません。国交がないのは承知していますし、それでも無理をお願いします。そちらに、共和リバルゲンタにダイバートできますか」

 かなり切実な声色だった。

 「しばらく待ってください」とリチャードが513便と交信している間に、ミネルバが航空管制へ交渉して了承を得ていた。

「ダイバードOKって。地上が引き継ぐから監視や護衛も必要ないと」

 尻位置を整えたリチャードがミネルバに突かれると、アルカドラク山地から東側へ左旋回するだけの513便へ交信した。

「魔界連邦航空513便へ。燃料枯渇によるダイバートが認められました。北リバルゲンタ空軍基地への緊急着陸が許可されています。ここより西や南にズレないよう針路と高度を厳守。トランスポンダ7700に設定し応答願います」

「こちら513便。了解です。針路と高度の維持、西と南に寄らないことの注意を厳守し、トランスポンダ7700へ設定します」

 リチャードは機械のように事務的だ。

 彼の投げやりな声色に、ミネルバも自分が代わってやれば良かったとも思った。

「地上判断により以後の護衛は不要とされました。空軍基地まではリバルゲンタタワーの指示に従い飛行を継続してください。我々からの追尾は行いません。118.20MHzにてタワーと交信してください。無事な着陸を祈ります」

「513便、了解しました。飛行を継続します。ありがとうございました」

「ウダーチ(幸運を)」

「グラティアス(ありがとう)! リバルゲンタの友よ!」

 そうして513便は、北リバルゲンタ空軍基地への緊急着陸のため、航空管制に従って大きく旋回した。

 リチャード機は先を旋回している隊長機へアフターバーナーを焚いて横付けすると、民間機の侵入経路を確認してから帰投することとした。

 ……ミネルバが40km先に識別不明の機影が1万で飛ぶのをレーダーで確認すると、リチャードへ反射で叫ぶ前に交信が入った。

 リバルゲンタの軍用チャンネルだが、リバルゲンタのどの僚機でも、当然さっきの民間機でもない。

「101飛行隊のリチャード・G.A.S少佐、連邦人民に対する貴官の丁寧な対応とリバルゲンタ国の寛大に、魔界を代表して感謝する」

 ミネルバの大きなプラチナ瞳が他人の排泄物を見る目に変わり、リチャードは瞬間に爆発した。

「てめえはさっさと引き返せ!! オーラ語もろくに喋れねえトロール以下の気まぐれぼんくらが!!」

 そう相手に怒鳴ると、舞台役者のように高らか笑うラテン男の声をブチ切る。

 国際チャンネルでも、このアドルフォ・デゥアルテ中佐に加えてクルー全員が、魔界語で冒険譚という名の、自分達や仲間による周辺各国への迷惑行為を明かしながら、とても愉快に笑っている。

 こっちの飛行隊長が「自分のとこの民間機を見習え」と諫めてもやめないので、以後すべての交信をミネルバに任せ、リチャードはスピーカーを切ったのだった。

 隕石必中の教国絶対防空網圏内になるアルカドラクとの西境界ぎりぎりに領空侵犯している魔界空軍のTu-95MSが、4発のターボプロップエンジンと二重反転プロペラの羽音を響かせながら、大きく左旋回していく。

 ミネルバがアッカンベーで見届けると、リチャードはぶつけ損ねた憤慨をため息にまとめて、酸素マスクへぶすーと吐いたのだった。

「まったく……任務って言ったって。アドルフォのクソ野郎、なんであそこまで恥知らずなんだか」

 ミネルバのアドルフォに抱く疑問に適切な答えを、リチャードはもう知っていた。

「自分の国を信じているからだ。実際、あれを守りきれるだけ魔界は頑丈なんだろう」

 リチャードはマスクの中で大きくため息をついた。

「迷惑だね」

 ミネルバも同調する。

「魔界は確かに下品だが、普通の国の意識はそんなもんだ。ラングもアルカドラクも、追放エルフと亡命ドワーフで統一されたノヴァも変わりやしねえ」

 速力と残燃料の目盛を確認しながら、リチャードは操縦桿をゆっくり傾けていく。

「リバルゲンタは違うのか? いくらごった煮たって、あたしらだって信じてるでしょ」

「どんなに強く俺らが信じたって、国の頑強は伝統ありきだ。で、根無し草の俺達にそれがあるか? 花束ばっか置いていく片思いだろう」

「あー、確かにね」

 リチャードの喩えに、ミネルバは納得した。

「そうだ。ミネルバ」

 思い出したように、リチャードは声色を高くした。

「滑走路の工事から昔の棺が出てきた時のお前の疑問だがな。ちゃんとした答えになってないとは思うが……、俺なりに言わせてもらうよ」

 ミネルバはレーダーを見張りつつも、尖った耳だけは機内通話へ注した。

「文明やら社会を持つ以前の原始人ってのは、大なり小なり今の俺達みたいだったんじゃないか? で、群れが大きくなっていくにつれて、明文の共通項が必要になるから、伝統が作られて国や民族という形で従わせる。リバルゲンタはその過程にあるんだろう」

 ミネルバは静かに聞いている。

「だから、こうやって飛べるのは、無の中に『何か』が生まれかけてるって、俺達がどこかで感じてるからだろうさ」

「感じている? 生まれようとしている何かって?」

 その何かの正体をミネルバは聞きたかったのだが、リチャードはただ、

「でなきゃ、誰が俺らに管制許可を出すんだよ」

 と、これが答えだとばかりに、ミネルバの質問をふっ飛ばした。

「で、そうやって慌てているから。苛立ちがあるからどうにかなってんだと思う」

 ――感じている何かの正体は、苛立ちなのだろうか。

 ミネルバは心中の自分に深く問う。

 でも、何に苛立っているのだろうか。

 それはわからないが、確かに苛立っている。自分も慌てているのがわかった。

「歴史あるラングやアルガドラクからしてみれば馬鹿だろうがな。それでも、俺達が大真面目にリバルゲンタを守る限り、その何かは必ず生まれる。だから俺達は、あの呑気な銀龍に対して、ファントムの燃料がある限り敬礼するんだ」

 リチャードは三度ため息をマスクに吹きかけた。

 警報が鳴ったが、こんな馬鹿でかい影はアルカドラク山の古代銀龍に違いなかった。

 レーダー上の銀龍に対し、ミネルバは静かに祈り、マスクの中で唱える。

「忘れられた銀龍よ、それであってもこの地を見守り給え。リバルゲンタに栄光あれ」

 ミネルバの決意に対して、閉じ損ねた国際チャンネルに、あちこちから応答があった。

「我らは現代のリバルゲンタ人、血脈に偽りあれども、それでも銀龍と共にあれ」

「我らが空白に銀龍あれ! リバルゲンタ万歳!」

 ついには隊長機が下令した。

「各機、編隊を整えろ。銀龍に対して敬礼用意!」

 4機のファントムは射線陣を組むと、隊長機の合図でエルロンロールをかけるのだった。


 その様子を遠巻きに、イヤリング型の魔道具で無線傍受をしていたミュミラ姫が微笑する。

 何をしでかすかわからないとドギマギする歴戦の騎士長に早速命じて、展開していく飛竜騎兵に呼集をかける。

「おいおいおい、アルカドラクさん何をする気だ?」

 散開を崩して行われるミュミラ姫を中核にした飛竜騎兵の集合を、ファントム機の誰もが肉眼かレーダーで捉えている。

 グァンユーがうろたえるのも無理はない。

 雷撃魔法という必中の誘導兵器を搭載したステルス複葉機とも言える飛竜騎兵相手に、単純火力と速力以外でF-4Eファントムは勝っていない。

「全機、そのまま。……どうも敵意はなさそうだが」

 飛行隊長もバイザーの下で怪訝な顔をしている。

 ミュミラ姫とは表舞台に出た12歳の頃から10年近くスクランブルの度に対応させられていたが、今日の姫は特別に予測不能だった。

 姫が僅かに先んじた。ほとんど同時に20騎もの飛竜騎兵が姫の白い飛竜を中心にして横列に並び始める。

「うわ……」

 ミネルバとビラールの感嘆の重なりが無線越しに聞こえる。

 グァンユーだろうか。それともラング人のペアか。編隊の誰かがコンパクトカメラを連写しているようだ。

 ミュミラ姫が携えた魔導槍に翻る自身の紋章旗を捧げると、飛竜を揃えて加速してから一糸と乱れない反転降下旋回――スプリットSを決めたのだった。

 そしてミュミラ姫が白飛竜をバンクさせながら単独でファントム編隊の端に並ぶと、白銀のプレートアーマーの胸に右手を当てた。

 アルカドラクにおける騎士の敬礼だ。

 返すべきかわからないリチャード達だったが、飛行隊長が代表してバンクで返すと、ミュミラ姫は可愛く手を振って飛竜騎兵ごと帰投していった。


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