「十個」の「方法」その②
陸海空のことは尊も知っており「若いのに凄いなぁ」と感心していた。しかし彼が開発していた「究極の十連撃」には気が付いていなかった。空は自らの人生を「型」として書き残そうとしていた。今のところ6つまでは出来上がったのだが残りの4つがどうも決まらず悩んでいた。放課後。誰もいなくなった道場には静寂が漂っていた。空は一人中央に立っていた。「……六つ」小さく呟く。床に並べられたノート。そこには、異様なほど整った字で書かれている。「究極の十連撃」それは技ではない。人生そのものを型に落とし込むという常軌を逸した発想。「一の型『起』」踏み込み。すべての始まり。「二の型『流』」相手の動きを読む。流れに乗る。「三の型『断』」迷いを断つ一撃。「四の型『圧』」力でねじ伏せる。「五の型『空』」何もない状態。無の境地。「六の型『貫』」すべてを貫く、意思。そこまで書かれている。だが「……ここからが、足りない」空は拳を握る。強さだけならすでに完成している。勝つだけならもう十分だ。だが勝った後がない。あの日の炎の男が泣きながら問いかけた言葉。『俺はどうすればいいんだよ』あの問いに完全に答えられてはいない。「……七つ目が決まらない理由か」ただ倒すだけでは、足りない。ただ勝つだけでも足りない。残す型が必要だ。その時「悩んでるね」不意に声。空の視線がゆっくりと後ろへ向く。そこに立っていたのは尊。いつの間にかそこにいた。「……誰だ」「通りすがりの観察者、みたいなものだよ」軽い口調。だがその存在感は明らかに異質。空は構えない。ただ、見ている。「若いのに凄いなぁ」尊はノートを覗き込み素直に感心したように笑う。「人生を型にするか。普通は思いつかない」「……勝つためだ」即答。「いや、違うね」尊は首を振る。「それはもう終わってる顔だ」空の眉がわずかに動く。「君は今、その先を見てる」沈黙。「……続きはどうすればいいと思う」初めて空が問う。尊は少しだけ考えそして答えた。「簡単だよ」にやりと笑う。「他人を入れろ」「他人を……?」「今の六つは全部自分で完結してる」指でノートを軽く叩く。「でも人生ってさ、自分だけじゃ完成しないだろ?」空は黙る。「だから七つ目は」一歩、前に出る。「繋だ」「……繋ぐ、か」「そう。強さと意思を他人へ」静かに言い切る。「それが出来た時その型は完成に近づくんじゃないかな」空は目を閉じる。(繋ぐ……)部員。仲間。あの炎の男。すべてが一本の線になる。「……七の型『繋』」ゆっくりと呟くと空気が変わる。その瞬間「お、いい顔になった」尊が満足そうに笑う。「じゃあ残り三つも、いずれ見えるさ」「待て」空が呼び止める。「お前は何者だ」尊は少しだけ振り返り「その型、完成したら教えてね」軽く手を振る。「ちょっと楽しみだからさ」そのまま気配が消えた。「……」静寂。だが空の中には確かな変化があった。ノートを手に取り書き加える。「……残り、三つ」空は静かに構える「まだ、強くなる」その拳には。自分だけではない強さが宿り始めていた。「……七の型『繋』」空はゆっくりと動く。踏み込み。止まらない流れ。だが。「……違うな」動きを止める。(繋ぐだけじゃ、足りない)目を閉じる。浮かぶのは部員たちの顔。あの炎の男。観客席で見ていた人間たち。(あいつらは、俺に何を見ていた)強さか。勝利か。違う。(託していたんだな)その瞬間「……そういうことか」目を開く拳を握る。「七の型は『繋』でいい。だが」一歩踏み出す。「八の型『想』」空気を変える。ただの動きではない。そこに「誰かの意志」が重なる。(これは……俺だけの力じゃない)胸の奥がわずかに熱を帯びる。「……人の想いを、乗せる型」さらに動く。「九の型『響』」踏み込みと同時に。ドンッ!!空気が震える。まるで目に見えない衝撃が広がるように。(繋がった想いが、広がる)誰か一人ではない。重なった想いが力になる。空はゆっくりと息を吐く。「……なら」最後の一つ。「十の型――」動きが止まる。静寂。(これは……まだ早い)拳がわずかに震える。(人の想いを使うってことは)背負うということ。軽い覚悟では成立しない。「……未完成でいい」ノートを開く。書き込む。十の型「???」その下に一行だけ。「人々の想いをその身に受け未来へ放つ。これが最後だ」翌日「部長今日の練習なんですけど」「変える」部員たちが一斉に顔を上げる。「これからは一人で強くなる練習はやめる」ざわつき。「全員で強くなる」静かにだが断言する。「お前らの一撃は、お前らだけのものじゃない」一歩前へ。「仲間の分も背負え」部員たちの目が変わる。「その代わり俺もお前らの分を背負う」「押忍ッ!!!!!」その声はこれまでで一番強かった。放課後。空は一人空を見上げる。(十の型……)まだ見えないが自分一人では完成しない型だと感じ始めた。その時ふと思い出す。「……完成したら教えてくれ、か」わずかに笑う。「まだ先だな」だが確実にその型は近づいていた。人の想いが集まる場所で空は目を閉じながら正の感情も負の感情も全てを飲み込み己に取り込んだ。三年生最後の大会後。三年生引退の日、道場には全員が揃っていた。静まり返った空間だがその奥には確かな熱がある。「……今日で、俺は引退する」陸海空は中央に立ち静かに言う。誰も声を出さない。そして次期部長が前へ出た「最後に」一歩前へ。「全員で百回の正拳突きをやりませんか」ざわりと空気が揺れる。ただの基礎。だが空はそれに応える。「お前ら一発一発に全部乗せろ」その言葉に、全員の背筋が伸びる。「今までの練習、試合、悔しさ、誇り」拳を構える。「全部だ!いくぞぉー!!!」「押忍ッ!!」その声は震えていた。一回目。「――ッ!」全員の拳が同時に突き出される。空気が震える。二回。三回。回数を重ねるごとに呼吸が乱れ腕が重くなる。だが止まらない。(これが……)空は感じていた。(想いか)部員たちの息遣い。歯を食いしばる音。それぞれの過去。負けた日。泣いた夜。支え合った時間。すべてが拳に乗っている。「五十ッ!!」誰かが叫ぶ。声が重なる。「六十!!」「七十!!」道場が揺れているようだった。(繋がっている)七の型『繋』(乗っている)八の型『想』(広がっている)九の型『響』そして「九十……九十七……!」限界で腕が上がらない者もいる。膝をつく者もいる。それでも誰も拳を止めない。「九十八ッ!!」涙が落ちる。「九十九ッ!!」叫びが混ざる。そして「百ッ!!!!」ドンッッッ!!!!!その瞬間空の中で何かが繋がった。(……これか)拳をゆっくりと下ろす。全員がその場に崩れ落ちる。だがその顔は笑っていた。泣きながら。「……部長」誰かが呼ぶ。空は静かにノートを開く。震える手で書き込む。一瞬止まる。(これは……俺の型じゃない)全員を見る。(俺たちの型だ)そして。筆が走る。十の型『継』その下に言葉を刻む。「人の想いを受け継ぎ未来へ繋ぐ一撃」空は静かに目を閉じる。(完成したな)その瞬間これまでのすべてが一本の線になる。起、流、断、圧、空、貫、繋、想、響そして、継。十連撃が一つになる。「……終わりだ」そう言うと空は振り返る。「いい顔してるな」部員たちは何も言えない。ただ頷く。「お前らは強くなった」静かな言葉。だがそれで十分だった。「これからは自分で進め」一歩道場の外へ。「迷ったら…!」少しだけ振り返る。「繋ぐんだ」それだけ言って。陸海 空は道場を後にした。「ありがとうございましたァ!!!!!!!!!!!」夕焼けにその背中はもう個ではなかった。人の想いを背負い未来へ渡す者。そしてどこかで空の尊が現れた。「……完成したんだね」満足そうに呟く。「はい…なんとか。見せたかったんですけど」「いいんだよ」軽い調子で隣に並ぶ。「で?完成した感想は?」「…別に」「嘘だね」「……ちょっとだけ、スッキリしました」尊はくすっと笑う。「いいね、そのちょっとが大事なんだよ」しばらく無言で歩く二人。部活帰りの生徒たちが通り過ぎどこかの家から夕飯の匂いが流れてくる。完全にいつもの日常だった。「なあ」「ん?」空が少しだけ横目で見る。「お前俺をどうするつもりだ」尊は一瞬だけ空を見て、それから空を見上げた。「スカウト」あっさりと言い切る。「生憎自分はもう他の大学の推薦をもらってるんで」「うち来ない?」あまりにも軽い言い方に空は眉をひそめる。「どこなんですか」「まあ色々やってるとこ」曖昧すぎる答え。「興味ないです」「即答かぁ」だが尊は全く気にしていない。「でもさ」一歩前に出て振り返る。「君みたいなのが一人いるだけで世界ってちょっと面白くなるんだよね」空はそのまま歩き続ける。「今はいいよ」尊もまた歩き出す。「君はまだ日常の中にいるべきだ」「……」「その方が、型も鈍らないしね。じゃあ今日はここまで」尊はひらひらと手を振る。「少し考えさせてください」「気が向いたら」少しだけ間を置いて。「完成おめでとう」その一言だけ残して尊の気配は消えた。「……ほんと何なんだあいつ」空は小さく息を吐く。そのままコンビニに入り適当におにぎりと飲み物を買う。レジで「ありがとうございましたー」と言われる。外に出てベンチに座る。パリッと袋を開けて一口。「……うま」それだけ。誰かの想いも究極の型も世界の話も。今この瞬間には関係ない。ただの高校生の放課後。スマホを見ると、部員から大量のメッセージ。『部長マジでありがとうございました!』『泣きました!』『明日からどうすればいいですか!?』空は少しだけ考えてから短く打つ。『とりあえず走れ』送信。すぐに「押忍!!!」のスタンプが連打される。「……バカばっかだな」そう言いながら、ほんの少しだけ笑った。空は立ち上がる。夕焼けはもう消えかけていた。「……帰るか」その背中はもう特別じゃない。どこにでもいるただの高校生。でもその一歩の中には確かに「十の型」が生きていた。「今日はカツ丼だったな」




