「現在」の「原罪」その①
カンナキ
「前進し続ける者に石を投げる者も前進し続ける者と同じく前進している。ならば一歩も進まぬ者は誰なのか。それはこの話を聞いている我々だけなのだ」
命ある限り全ての者は前進し続ける。
昨日も今日も自分の意思と関係なく進み続ける。
中には道を間違え引き返す者や恐怖で立ち尽くす者もいるだろう。
そのような立ち尽くす者達を進み続ける者達は目を向けない。
その様子を見て立ち尽くす者達は進み続ける者を恨む。
そのことに気が付かない進み続ける者達は罪人なのだろうか。
進み続ける者達を裁くのは「罪」なのだろうか。
午後16時部屋の扉が叩かれる。
そして一人の少年が部屋へと恐る恐る入った。
「あの…今日はよろしくお願いします」
その少年の名は「大野 麒麟」
彼は生まれつき強力な能力を持っている。
そのため今は政府の特別監視下に置かれているのだった。
「時間通りに来れたね。じゃあそこの椅子に座って」
今彼は週3回あるカウンセリングを受けている。
彼の精神の状態を詳しく管理するためだ。
「最近はどうだい?急に寒くなっただろう?」
「今のところは大丈夫です……」
麒麟の話す内容を一言一句紙に書き起こしていく。
「それはよかった。じゃあ今日も始めようか」
麒麟のカウンセリングは2分の会話から始まる。
そこから知能検査をしまた雑談を挟む。
彼の能力は「暴食」で様々な物を食らい己の養分とする。
麒麟が空腹を感じたらカウンセラーはビスケットを渡す。
空腹を我慢できなくなり能力を使用すれば「死」を意味する。
麒麟は6歳の時に自宅一軒家で発見された。
両親の姿は無く部屋には多くの嚙み痕が残されていた。
そして麒麟の自室に置かれていたクローゼットからは両親のものと思われるバラバラになった遺体が見つかった。
当初強盗による殺人事件だと思われていたが不審に思った捜査員が麒麟に事件のことを尋ねると、多くの不審点が見つかり麒麟の糞便を検査すると両親の血液や骨が見つかり、麒麟が遺体を食べていたことがわかった。
そして「暴食」の能力が確認され特別監察措置を取られたのだった。
カウンセリングが終わると十分な食事と栄養補給剤が送られる。
ここ特別特殊能力者強制監察収容所「デビルズストマック」では多くの強力な能力者が収容されている。
皆が集まって食事をすることなど無く個室の部屋で一日のほとんどを過ごす。
麒麟も個室に戻ると食事を食べ栄養補給剤を冷蔵庫にしまう。
現在彼は10歳になる。
最近は外の世界に想いを馳せており密かに脱走計画を立てていた。
麒麟はスプーンを止める。
無機質な白い皿の上に盛られた栄養食。
その味は毎日同じで飽きるという感覚すら薄れていた。
だが今日は違った。
外という概念が妙に現実味を帯びて頭の中に居座っている。
(このままずっと、ここで生きるのか……)
天井の監視カメラが静かにこちらを見下ろしている。
瞬き一つしないそのレンズに麒麟はゆっくりと視線を向けた。
そしてほんの一瞬だけ笑った。
その表情は不気味に記録されていた。
翌日。
「じゃあ、いつも通り始めようか」
カウンセラーは変わらず穏やかな声で言った。
だが麒麟は知っている。
この人間もまた自分を観察する側の人間だということを。
「はい」
椅子に座りながら麒麟はわずかに足を揺らした。
「最近、何か考えていることはある?」
「……外って、どんな感じですか」
ペンが止まった。
ほんのわずかな間だが麒麟はそれを見逃さなかった。
「どうしてそんなことを?」
「テレビで見ました。空とか、海とか……」
嘘ではない。だが全部でもない。
カウンセラーは少し考えたあとゆっくりと答えた。
「広いよ。ここよりずっと。自由に動ける場所も多い」
「自由……」
その言葉を、麒麟は口の中で転がすように繰り返した。
「でもね」
カウンセラーは続ける。
「自由には責任が伴う。君の力はその……強すぎる」
麒麟は頷き理解しているふりをした。
その夜。
麒麟はベッドに横になりながら天井を見つめていた。
カメラの死角は存在しないはずだった。
だが彼は気づいてしまった。
毎日同じ時間ほんの数秒だけ監視カメラの動きが微かにブレる。
原因は不明だが確実に穴がある。
(前進し続ける者は、止まらない……)
毎日夢で聞くあの言葉が頭をよぎる。
進み続ける者と立ち尽くす者。
そしてそれを見ているだけの者。
(僕は、どれだ?)
ゆっくりと体を起こす。
空腹はないが別の渇きがあった。
知りたい。外を。世界を。
そして自分の人生が誰のものなのかを。
麒麟はベッドから降りると壁に手を当てた。
冷たいコンクリート。
その向こうにあるものを想像する。
(進むしかない)
小さく息を吐く。
そして彼は初めて自分の能力を制御するために意識を集中させた。
「……少しだけなら」
口を開き壁の表面をかじった。
音はほとんどしなかった。
だが確かに壁は削れている。
ほんの数ミリだがそれでも十分だった。
麒麟の目がはっきりとした意志を宿す。
(進んでる……)
彼はもう立ち尽くす者ではなかった。
壁を削ったその夜から三日後。
麒麟はいつも通りカウンセリング室に座っていた。
「最近、変わったことはないかい?」
「……特には」
嘘だ。
壁の削れはすでに指一本分ほどに広がっている。
だがそれ以上に聞こえるようになっていた。
最初は夢だと思っていた。
だが違う。
それは確かに声だった。
「食べろもっと喰らえお前はまだ足りない」
「大野くん?」
呼びかけに麒麟ははっと顔を上げる。
「今、何か考えていたね」
「……すみません」
カウンセラーはじっと麒麟を見つめる。
そしてゆっくりとペンを置いた。
「ねえもし自分と同じような存在が他にもいるとしたら、どう思う?」
その言葉に麒麟の心臓が強く跳ねた。
(知ってる……?)
「……わかりません」
「怖い?それとも、会ってみたい?」
麒麟は視線を落としそして小さく答えた。
「……会ってみたい、です」
カウンセラーは微笑んだ。
だがその目はどこか冷たかった。
「そうか」
その夜。
声ははっきりと形を持ち始めていた。
暗闇の中で麒麟はベッドの上で目を開けている。
(やっと気づいたか)
「……誰だ」
(お前だよ)
「違う」
(違わない)
沈黙のあと声はゆっくりと続ける。
(お前は暴食だ)
その言葉に胸の奥がざわついた。
(そしてお前だけじゃない)
まるで見えない何かに囲まれているような感覚。
(七つある。お前を含めて、七つ)
麒麟の呼吸が浅くなる。
「……七つ?」
(傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、色欲そして、暴食)
一つ一つの言葉が頭の中に焼き付いていく。
(それぞれが人の形を持っている。お前のようにな)
麒麟は無意識に自分の手を見た。
「……他の奴らも、ここにいるのか」
(いるかもな。そしてお前たちはいずれ出会う)
「……は?」
心臓の音がうるさいほど響き理解が追いつかなくなる。
進み続ける者たちと止まらない者たち。
(俺たちは……)
麒麟はゆっくりと立ち上がる。
壁の削れた部分に手を当てる。
麒麟は小さく笑った。
それは今までの彼にはなかったどこか歪んだ笑みだった。
「……じゃあ」
壁をさらに深く喰らう。
「進むしかないじゃないか」
コンクリートが静かに削れていく。
その向こうにあるのが自由か地獄かはわからない。
しかし彼はもう立ち尽くす者ではない。
他の子供達もそれに呼応するかのように動き出していた。




