「異次元」の「旅行者」その③
カンナキ
中目の視線が記事の一文に釘付けになる。
「被害者・女子生徒の交友関係——特筆すべきは恋人であった星宮希来里の証言。事件当日精神的ショックにより一時的な記憶障害が確認された——」
「……記憶障害?」
中目は即座に別ウィンドウを開き星宮の過去の医療記録へアクセスする。
制限付きのデータだったが先程の承認により閲覧が可能になっていた。
スクロールする指が止まる。
「解離性同一性障害——通称『多重人格』」
中目は小さく息を吐いた。
「やっぱりな……」
だがそれだけでは終わらない。
さらに読み進めると異常な記述があった。
「副人格発現時、身体能力および認知機能に顕著な変化あり。被験者本人の認識と乖離した行動を取る傾向——」
「被験者……?」
医療記録ではなくまるで実験報告のような書き方だった。
中目の背筋に冷たいものが走る。
星宮希来里はただの患者じゃない。
点と点が一気に繋がる。
・未登録の能力者
・痕跡のない殺害方法
・星型の焼け跡
・証言の一致
・そして、多重人格
翌日
中目は単独で星宮の元へ向かった。
正式な手続きを踏めば上層部に止められる可能性がある。
何より「殺害許可」が出ている以上他の部隊が動けば終わりだ。
場所は廃ビルの一室。
三人の中で唯一星宮だけが拘束を逃れていた。
いや正確には逃がされていた。
扉を開けた先には星宮が佇んでいる。
「……来ると思ってたよ、中目さん」
部屋の奥。
窓際に立つ星宮がゆっくりと振り返る。
その表情は穏やかだった。
「全部、分かったんでしょ?」
「ある程度はね…」
中目は銃に手をかけながら一定の距離を保つ。
「お前は能力者じゃない。登録もされてない」
「うん」
あっさりと肯定する星宮。
「そう『お前』はな。だがお前の中にいる『もう一人』は違う」
数秒の沈黙。
「そうよ『あの子』がやったの」
星宮の声色がわずかに変わる。
視界の端で壁が溶けるように崩れる。
「ワープなんかじゃないよ」
星宮ではない「別の誰か」が笑う。
床に置かれていた空き缶が音もなく壁の中へと沈み込んだ。
抵抗も破壊もなく。
ただ存在位置が書き換えられたかのように。
「こうやってやるともうわかったでしょ?」
「空間転移能力ではなく、物を一時的に干渉させなくする能力か」
「そうよ正解」
少女は微笑む。
「でもね」
その顔がゆっくりと歪む。
「これは『私』の力じゃない。あの子の力よ。
「その力で何人も壁の中に埋め込んだのか」
「そうよ…全部あいつらが悪いのよ」
声が重なる。
複数の人格が同時に喋っているような不快な響き。
「あんたも壊して、埋めて、消してやる」
星宮の背後の壁にあの星型が浮かび上がる。
焼け跡ではなく裂け目だ。
中目は引き金に指をかける。
だが撃てない。
目の前にいるのは犯人であり同時に被害者でもある。
「……お前はそうか…!お前はあの…!女子生徒か!」
星宮が一歩ずつ歩み始める。
中目は決断を迫られ中目の指が引き金から離れる。
「……だがやるしかない」
小さく呟くと同時に胸ポケットから細い筒を取り出した。
スイッチを押した瞬間、白い煙が一気に噴き出す。
「ここでお前を始末する‼星宮希来里‼」
煙は床を這い壁を舐め瞬く間に室内を覆い尽くす。
これはただ煙を撒いたのではない。
中目の能力は以前よりも進化した。
これは「煙霧操作」である。
今までは自らが放った煙しか操作できなかった。
しかし今の中目は付近にある煙をも操作できる。
視界遮、断位置偽装、そして干渉をも妨害するのだ。
「ちっ……邪魔」
星宮の声が複数に分裂する。
次の瞬間、床が歪む。
煙の一部が壁の中へと引きずり込まれた。
中目は冷静に立て直す。
煙は物体でありながら流動。
一部を削り取られてもすぐに再構成される。
煙の揺らぎ異常点を浮かび上がらせる。
見えない歪み。
空間が重なっている箇所だけ煙の流れが不自然に途切れる。
中目はそこへ向かって踏み込む。
「ッ——!」
星宮の腕が振られる。
空間が裂けるように歪み中目の身体を壁へと埋め込もうとする。
だが中目の方が一手速かった。
煙が中目の身体を包み込み中目の輪郭が崩れた。
ズブリと壁に沈んだのは煙だけ。
「煙のスーツ……!」
星宮の声が揺れる。
「違うな」
背後から声すると煙が収束し中目の姿が再構成される。
「俺はどこにもいない」
中目はそのまま手を伸ばし星宮の首元へと煙を絡ませる。
「ぐっ……もしかして始めから分身!」
煙が一気に濃度を増す。
ただの煙ではなく意識を奪うために調整された極微量の神経抑制粒子を含んだ煙霧。
「終わりだ、星宮」
「……まだ、だよ」
星宮は笑みを浮かべると一気に煙が消えた。
「なっ——!?」
室内に満ちていたはずの煙が一瞬でどこかへズレた。
「言ったでしょ?」
星宮の瞳が完全に別の色に変わる。
「干渉させなくするって」
次の瞬間中目の足元の床が消える。
重力の感覚が狂う。
「くっ……!」
咄嗟に煙を展開し床を掴むが干渉できない。
なので空中に煙を凝縮し足場として踏む。
「……やるな」
中目は下の階に降りると星宮もすぐに降りてくる。
空間の歪みの中で中目は体勢を立て直す。
だが状況は最悪だ。
相手は干渉を操作する。
しかも無意識下の別人格故に制御不能。
「このままじゃ……建物に埋められちまう」
煙を再び広げながら中目は判断する。
すると煙の一部が奇妙な反応を示した。
「……?」
星宮の周囲、そこだけ煙が弾かれている。
まるで核のように。
「そうか…星宮の間合いに入れば…」
中目は静かに構えを変える。
「狙うのは能力発動時に発生するセーフティゾーン…」
煙が一点に収束し中目は踏み込む。
再び空間が裂け煙が唸る。中目は一気に間合いを詰め星宮へと掴みかかる。
「遅いよ」
星宮ではない「あの子」が微笑んだ瞬間。
中目の身体がそのまま壁の中へと引き込まれた。
「ッ……!!」
視界が暗転する。
圧迫感と全身を押し潰すような重み。
呼吸ができない。
(やられた。恐らく星宮にも能力がある)
「……まだだ」
中目の身体が悲鳴をあげ始める。
痛みの輪郭がほどけ粒子のように分散していく。
壁の内部は完全な密閉ではない。
コンクリートには無数の微細な隙間が存在する。
中目はそこへ煙を入りこませた。
「大丈夫だ……むしろこれでいい」
外で星宮の表情が初めて揺れる。
「なんか壁が……?」
星宮は壁に顔を近付ける
すると煙が星宮の顔めがけて一気に放出される。
「きゃあ!」
そして壁が揺れ始め一気に崩壊する。
星宮の首元に煙が収束する。
一気に濃度を上げ形を持つ。
刃のように鋭く圧縮された煙が振り抜かれる。
「ぐっ……!」
浅いが確実に捉えた。
星宮の身体がよろめく。
「……俺はいちいち感情移入しないんでね」
「勝ってたのに……」
その声にはわずかな驚きが混じっていた。
息を整えながら言う。
「俺を閉じ込めるなら…完全な密閉空間にしとくんだったな」
煙が再び中目の周囲を巡る。
「お前の負けだ」
星宮の瞳が細くなる。
「……面白いね」
空間の歪みがさらに強くなる。
壁、床、天井。
全てが同時にズレ始め建物がどんどん沈んでいく。
「全部干渉をなくしたらどうなるのかな?」
建物全体が軋み煙の流れが乱れる。
「くっ……!」
中目は歯を食いしばる。
「……どこまでも自分勝手なやつめ」
中目の目が鋭くなる。
煙が一点に収束し槍のようになる
星宮を煙の槍で突き刺すと星宮は壁に貼り付けられる。
「ぐぁ…ぁ!」
「沈むなら…一人で地獄に沈んでろ」
中目は地面に埋まる寸前で建物から脱出し沈む建物を見守る。
この判断が正しかったのかはわからないが今はこれがベストだ。
本部へ戻ると中目はこの一件をまとめた。




