「完全」なる「勇者」
お詫び
「コーンフリーク」の作者である角野ですが、諸事情により継続的な執筆活動が難しい状況となりました。そのため今後は私「カンナキ」が角野の脚本を尊重し代筆を務めさせていただきます。なお角野の体調が回復次第、角野本人が執筆する回もございますので引き続きよろしくお願いいたします。
「勇者」という概念はどういうものなのだろう。
ゲームや小説では「勇者」は「勇者の剣」や「特別な力」を持った者の事を言う。
ならば「能力」が蔓延した世の中では誰が「勇者」なのだろう。
「暁の尊」のことなのか。はたまた能力を持たずに強く生きる者のことなのか。
この答えを探す一人の人間がいた。
名を「水野 剣聖」職業は教員。
彼の能力は「聖剣」
地面から聖なる光で形成された剣を出現させることができる。
しかし彼自身この剣を引き抜けた事は一度も無い。
幼少期からこの能力には気が付いており何度も抜こうとした。
心身共に鍛え上げ剣を引き抜こうとした。
しかし剣はその懸命な努力に答えることはなかった。
20代前半にもう全力の力を込め抜こうとしたが一切抜けない。
そこで剣を引き抜くことを完全に諦め普通の人間として生活を送ることにした。
教員になった今でも時折能力を持つ生徒に悩みを相談されることがある。
そういう生徒には自身の境遇を話し静かにこう続けるのだった。
「能力があることが強さじゃない。使えるかどうかでもない。
大事なのは己の能力とどう向き合い使うかだ」
水野の言葉は決して派手ではない。
だが不思議と能力に悩む生徒たちの胸に残る。
誰よりも「使えない能力」を抱え続けてきた男の言葉だからこその重みがあった。
放課後の職員室。
窓から差し込む夕陽が机の上に長い影を落とす。
ふと水野は思い出す。
幼い頃、何度も何度も剣を引き抜こうとしたあの日々。
手のひらが裂け血が滲んでも諦めなかったあの執念。
苦笑しながら小さく呟く。
だがその時、微かに違和感が走った。
胸の奥が異様にざわついたのだ。
まるで何かが呼んでいるようなそんな感覚に襲われる。
水野は無意識に立ち上がり誰もいない校庭へと足を向けた。
夕焼けに染まる地面に手をかざす。
長年繰り返してきた動作。
意味などないと分かっているただの癖。
ぽつりと呟き能力を発動させる。
地面が淡く輝きいつものように聖なる光が集まり剣の形を成す。
何も変わらないはずだった。
しかし剣の光がかすかに脈打った。
初めて見る反応だった。
風が止み世界が息を潜める。
水野はゆっくりと剣の柄に手をかける。
今まで何百回と繰り返してきた行為。
どうせ抜けないと思っていた。
だが今回はなぜか違った。
「……俺の能力なんだ…一生に一度でいいから来てくれ」
その言葉に呼応するように剣の輝きが一層強くなる。
そして、わずかにほんのわずかにだが。
剣が微かに動いたのだ。
それは奇跡と呼ぶにはあまりにも小さな変化。
だが水野にとっては世界が覆るほどの一歩だった。
しかしなぜ今なのか。そしてなぜ今まで抜けなかったのか。
答えはまだ分からなかった。
ただ一つ確かなことがわかった。
「勇者」という答えに、ほんの少しだけだが近づいた気がした。
翌日
先日の校庭での様子を見ていた多くの生徒から質問攻めにあった。
能力を見せて欲しいとせがむ生徒で溢れかえり混乱した。
期待の眼差しを向ける生徒に能力の事情を説明し見せられないと伝える。
その言葉を聞いて多くの生徒はがっかりしたように席に戻る。
しかし一人の生徒だけは違った。
その生徒は以前自身の能力で相談してきた生徒だった。
彼女の名前は「マキア ヒロ」
能力は「深淵」という闇や影などの暗い物を操る能力だ。
しかしヒロは生まれつきこの能力の暴走に悩まされていた。
小学校では能力暴走により校舎破壊し多数の負傷者を出してしまう。
このことがトラウマとなり人と関わることをやめていた。
だが水野の言葉によって自身の能力に再び向き合う事を決めたのだった。
ヒロは水野の能力について質問をする。
他の生徒とは違い詳細な情報を聞いた。
そして自身の能力を使えばその剣を引き抜けると言う。
しかしその提案を水野は断った。
まず水野はその剣で何かをするつもりもない。
抜いたところで特に何もすることはない。
力を振るうつもりもないし剣でヒーローになるつもりもない。
もうすでに「剣」に対しては無気力に近かった。
先日の行動も暇つぶし程度に過ぎなかった。
そんな水野の言葉にヒロは引かなかった。
放課後校庭に呼び出されると剣を出せと迫られる。
かなりの強い押しに根負けし渋々剣を出現させた。
ヒロは腕に夕暮れが生み出す影を纏わせ剣に触れる。
剣はそれを拒絶するかのようにヒロを弾き飛ばした。
水野は剣を消しヒロに諦めるよう伝えた。
その日はヒロを帰らせて職員室へ戻り作業をすぐに終わらせ家へ帰る。
家に帰っても、水野の頭からあの光景は離れなかった。
ヒロが剣に触れた時まるで拒絶するように弾き飛ばされたあの反応。
あれはただの「使えない能力」ではない。
何か明確な「選別の意思」のようなものを感じた。
誰を。何を。何のために。
考えれば考えるほど分からなくなる。
だからこそ水野は思考を止めた。
「もう深入りするつもりはない」そう決めていたはずだった。
翌日。
異変は突然訪れた。
授業中に窓の外がざわつく。
生徒たちの視線が一斉に校庭へと向いた。
「先生……あれ……」
一人の生徒が震える声で指差す。
校庭の中央。
そこに黒い何かが渦巻いていた。
光を飲み込むような闇。
地面から滲み出るように広がり形を持ち始める。
「あれは……ヒロ……?」
水野は思わず呟いた。
あの闇は見覚えがあった。
マキア・ヒロの能力「深淵」と酷似していた。
だが規模が違う。
教室の窓ガラスがビリビリと震える。
空気が重くなり息が詰まるような圧迫感が広がる。
「全員、教室から出ないように!あと窓から離れて!」
そう言い残し水野は一人で校庭へと駆け出した。
校庭に出た瞬間、全身に圧がかかる。
足が重いがそれでも前に進む。
闇の中心には一人の少女がいた。
「おい……ヒロ!!」
叫ぶが反応はない。
ヒロの目は虚ろで身体の周囲には制御を失った影が暴れていた。
まるで感情そのものが具現化したかのように闇は荒れ狂っている。
「……うが…ぁ…」
かすれた声が闇の中から漏れる。
「先生…私は……」
その言葉に水野は足を止めた。
これはただの暴走じゃない。
「能力の……拒絶か」
自分自身を能力ごと拒絶している。
だから制御できないし能力が暴れる。
昔の自分と同じだ。
水野は静かに手をかざした。
「……ヒロ。よく聞け」
届くかどうかも分からない。
それでも言葉を投げる。
「自分の能力を見つめるんだ」
一歩、踏み出す。
闇が唸り地面が抉れる。
それでも止まらない。
「頑張れ…!飲まれるな!」
さらに一歩。
影が腕に絡みつき皮膚が裂ける。
それでも水野は目を逸らさない。
「お前はもう逃げてないだろ」
ヒロの瞳がわずかに揺れる。
「助けて……」
水野はその場で能力を発動した。
地面が光りあの剣が現れる。
荒れ狂う闇の中でただ一つの揺るがない光。
「今俺がその闇から出してやる…!」
水野の前に剣が現れる。
「待ってろよ!!」
ヒロは震える手をゆっくりと伸ばした。
闇が唸り拒絶するように暴れ狂う。
それでも手は止まらない。
「……私……」
涙が頬を伝う。
「もう……逃げたくない……!」
闇と光が衝突した。
轟音が響き視界が白と黒に染まる。
水野の手が剣に触れると剣が唸る。
いつもとは違い少し軽い。
そして剣が一気に引き抜かれたのだった。
「……え……?」
水野の目が見開かれる。
それは今までの自分では成し得なかった偉業。
剣が自らを拒まなかった。
自分の中で考えている勇者論は年々拗れていく。
答えもゴールも定まらない。
だが一つだけ確かなことがあった。
「勇者」とは選ばれる者であり「勇者」を選ぶ者は「光」だと。
その答えが今まさに目の前で起こっているのかもしれない。
水野は太陽よりも光り輝くその剣で闇を斬りつける。
闇は悲鳴のような音を上げてヒロの中へ入っていったのだった。
「先生……」
ヒロは倒れ水野をボーっと見つめると気絶してしまった。
すぐさま救急車で搬送され適切な治療を受けたという。
その日からヒロは学校へ来なくなった。
中学3年生という大事な時期だが無理強いは出来なかった。
水野の剣は抜けなくなった。
一時的な感情の高ぶりに反応したのだと今は納得させている。
半年後ヒロは卒業した。
今は聖フィーリス女子学園という名門にいるのだという。
時折手紙が送られてくる。
授業は難しいが友達と楽しくやっているとのこと。
生徒会にも入っていて美化委員として頑張っている。
私は教師として最後まで寄り添えなかったことに強い後悔を感じている。
今もずっと後悔している。
今はただ「マキア・ヒロ」という人生の栄光を祈るばかりだ。
今日も変わらない一日が始まる。
私自身は「勇者」ではない。
しかし「勇者」にすることは出来るのかもしれない。
その思いを胸に今日も教壇に立つ。
いつか目覚める「勇者達」の前に立つ。




