第64話 いざ、アグストリアへ(二)
ガタンッ!
「――んっ」
背中に感じる硬い板の感触。
カタカタと規則的なリズムを刻む車輪の音。
ゆっくりと目を開けると、視界に映るのは建物の天井でも、外の風景でもなく、天井を覆う白い布だった。
「ここは……どこだ?――痛つっ!?」
起き上がろうと体に力を入れるが、全身に走る激痛でうまく動けない。
そうだ、俺はアグストリアへ向かう途中で、得体の知れない者たちから攻撃を受け、谷に落ちたのだった。
改めて全身を確認すると、川に落ちたからであろう、衣服は濡れ、生乾きの不快な肌触りを感じた。
……しまった!封書とルメン・ライムは……!?
覚醒した頭で真っ先に思い浮かんだのは、アグストリアへの命綱であるあの荷物だった。
慌てて胸元に手を伸ばしかけたが、身に付けていた胸当てや、そこに忍ばせていた荷物が綺麗に外され、脇に整然と置かれているのに気づく。
浸水を防ぐために革袋に固く密封し、胸の内側に入れておいたのが幸いしたようだ。
オスカーの頑丈な肉体がクッションとなり、激流の衝撃からも守られたらしい。
封書は一滴の水も吸っておらず、ルメン・ライムに至っては傷ひとつ見当たらなかった。
ひと安心した俺は、改めて状況を確認しようと周りを見渡す。
この小刻みな揺れと、カタカタという車輪の音から察するに、どうやらここは馬車の荷台のようだ。
荷台には他にも大小様々な荷物がところ狭しに積んであり、俺が横になるスペースをわざわざ作ってくれたような印象だった。
――すると突然、前方から声がした。
「あら?お目覚めかしら」
荷台の前方に掛かる布の隙間から、誰かがこちらを覗き込む。
その顔を見た俺は一瞬目を疑った。
「……さ、沙耶?!」
こちらを覗き込んだその女性の顔は、かつて元の世界で、俺が心の底から愛し、その手を離してしまった女性、岩槻沙耶と瓜二つだったのだ。
その女性は首をかしげて、こちらに優しい笑みを浮かべた。
「残念ながら私は『サヤ』ではないわ。私の名前は『レオナ』。ルメンヴァルの商人よ」
「……レオナ?……痛ッ!」
俺はレオナの姿をよく見ようと体を起こそうとするが、体の痛みにうまく起き上がることができない。
「まだ動かない方がいいわ。あなた、キヌア・ローグ川の河川敷で倒れていたのよ」
「……助けてくれたのか?……なぜ?」
俺の問いかけにレオナは改めて微笑む。
「あなたルメンヴァルの軍人さんでしょ?だったら助けるのは当然よ。今はこんなご時世だし、どこで何があってもおかしくないもの」
レオナは裏表のない真っ直ぐな表情でそう言った。
「あ、ありがとう……」
そんなレオナの様子に、俺はまた沙耶を重ねてしまい、少し照れてしまう。
とにかく、俺は何とか命拾いしたようだ。
追手によって谷に落とされ、河川敷に倒れていたところを、このレオナが助けてくれた。
そして、今まさに荷物を運ぶ馬車の荷台に乗せられているわけか。
服の乾き具合から察するに、助けられてからまだ長い時間は経過していない。
はぐれてしまったマイキーとチャーミーのことも気になるが、まずは期日までにアグストリアに荷物を届けられるかどうかが問題だ。
「レオナ……さん、この馬車はどこに向かっているの?」
「目的地はアグストリアだけど……。安心して。途中の救護施設で降ろしてあげる」
「アグストリア?!」
助けてもらった荷馬車の行き先がアグストリアだなんて、何て幸運なんだ。
仲間とはぐれ、馬を失い、体が痛みで思うように動かないこの状況で、アグストリア行きの荷馬車はまさに渡りに船だ。
「あの!もしご迷惑でなければ、このままアグストリアまで乗せてもらえないかな。アグストリアに届けなくてはならないものがあって」
レオナは少し訝しむような表情を見せたが、怪我をした俺の必死の嘆願に、呆れ顔で笑った。
「……分かった。あ!でも後でちゃんと運賃はいただくわよ」
そう言っていたずらっぽく笑った。
「ほんとに?!ありがとう!今は無理だけど、着いたら必ず払うよ!」
レオナは進行方向に向き直りながら、「はいはい」と言わんばかりに手を挙げて応えた。
俺はその様子を確認すると、ひとまずアグストリアまでの見通しがたったことで気が抜けたのか、急に瞼が重くなり、深い眠りについた。
つづく




