第62話 警鐘
草木も眠る丑三つ時。
日中の熱気が嘘のように、辺りは静まり返っていた。
鉱山の入口では、やぐらの上で見張りの男が眠い目を擦る。
――と、その時。
はるか遠くでひとつ、灯りがともるのが見えた。
「ん?……なんだ」
そこは広大な草原地帯で、民家などはない。
男がもう一度目を擦ると、その灯りの数がみるみるうちに増え、視界の先に一気に広がる。
「な、な、何なんだ?!」
灯りの正体が人であることは明らかだ。
それも数人ではない。
数十……いや、数百人規模の集団だ。
敵か味方か分からない。
とにかく、すぐにみんなに伝えなければ。
男の眠気はすっかり覚め、震える手で慌てて警鐘を鳴らした。
「――大変だ!!みんな!起きてくれーッ!!」
◇
「――団長ッ!!起きてください」
チャーミーの切羽詰まった声が寝ぼけた頭に響き、俺は重い目蓋をやっとの思いで開ける。
……なんだ?!出発の時間はまだのはずだけど。
気がつけば、深夜だというのに部屋の外が騒がしい。
「チャーミー、これは……何かあったのか?」
「……分かりません。今マイキーが外の様子を見に行っています」
この状況に、俺は一抹の恐怖を感じ、何か行動しなくてはならないはずなのに、その場から動くことができなかった。
すると、程なくしてマイキーが戻ってきた。
マイキーはとても焦った様子で、いつもの陽気さは見る影もない。
「団長、まずいことになりました。ガサ入れです」
「……ガサ入れ?」
俺はそれを聞いた瞬間、警察が容疑者の拠点に踏み込むような、そんなシーンが頭に浮かんだが、その言葉の意味するところを真には理解できなかった。
そんな俺の様子を見たマイキーが続ける。
「ルメンヴァル王国直轄の治安維持軍が来ているようです。彼らの仕事は反体制活動を行う者の取り締まりです」
――ザルドレッド王による市民の弾圧。
王の手足となって実際に取り締まりを行うのが治安維持軍だ。
「治安維持軍?!なんでまた、そんなやつらが来るんだ?」
「ここに来た目的は分かりません。でも、これはかなりまずい状況ですよ」
俺は少しずつではあるが、ようやく状況が見えてきた。
マイキーが言うように、状況は最悪だ。
なんせ、俺たちは今まさに反体制活動の真っ最中なのだ。
ここで俺たちが捕まるようなことがあれば、クーデターの計画が水の泡になってしまう。
とにかく、まずは一刻も早くドルガス親方と接触して計画を練り直さなければ。
そう思ったまさにその時、入り口のドアがわずかに開き、その隙間から俺を呼ぶ声がした。
「オスカー、緊急事態だ。ここを出る。すぐに支度してくれ」
突然の呼び掛けに驚き、恐る恐るドアを開けると、そこにいたのはルークだった。
ルークは低い姿勢で周囲を警戒し、その表情は、今の状況が言葉どおりの『緊急事態』であることをありありと物語っていた。
「ここを出る?!」
「親方の指示だ。時間がない。すぐに支度を」
俺たち三人は、言われた通り手早く支度を済ませ、ルークと共に部屋を出た。
部屋を出ると、辺りは騒然としていた。
作業員は全員集合するように治安維持軍から指示がでており、皆一様に鉱山入口の広場に向かっていた。
その流れに逆らうように、ルークは鉱山の奥へと進んでいく。
俺たち三人はルークを見失わないよう、必死についていく。
人目につかないようにするためか、細い路地を抜け、普段人が通らないような、建物の隙間を進んでいく。
すると二十分程で、ある坑道の入口に到着した。
この坑道は今は使われていないようで、立ち入り禁止の表示と共にバリケードがはられていた。
「ルークさん、ここは?」
「ここは古い採掘場だ。今は使われていないが、この坑道を抜けると、鉱山地帯の東側に出られる」
「出られる……ってまさか!?」
「そうだ。お前たち三人はここから鉱山を出てアグストリアを目指すんだ」
「俺たちだけでアグストリアに?!そんな……親方は行かないんですか?」
「親方は行けない。治安維持軍の対応をしなければならないし、ここで不審な動きをすれば取り返しのつかないことになる」
そもそも交渉の主役はドルガス親方と鉱石であって、俺たちの役目はあくまでその護衛だ。
それなのに、俺たちだけでアグストリアに行っても目的は達成されないのではないか。
戸惑う俺に対して、ルークは一通の封書を差し出した。
封書には蝋でしっかり封がされており、俺は一目見てこの封書が持つ意味の重さを感じた。
「これはルメンヴァル採掘協会会長であるドルガス親方からアグストリア王に向けた正式な書類だ。『ルメノ・ストーン』の優先輸出権と大幅な価格優遇を約束する旨が記載されている」
さらに続けて、綺麗なシルクの布に包まれた拳くらいの大きさの物体を差し出した。
「そしてこれは、昨日採掘した『新しい鉱石』だ。うちの研磨チームが急ピッチで磨き上げてくれた」
布をめくると、目映い琥珀色に輝くルメン・ライムがその姿を現した。
建材として使用されるこの鉱石は、ドルガス鉱業研磨チームの手によって、宝石と見間違うほどの輝きを発していた。
「――ルメンヴァルの未来を頼む」
ルメン・ライムに気を取られていた俺は、ルークから放たれた唐突なその言葉に驚き、顔を上げた。
「え?!」
「……親方からの伝言だ」
ルークはここ数日で見せた中でも一番穏やかな笑顔で俺にそう語りかけた。
『ルメンヴァルの危機を救うのが俺たちの使命だ』と、そう言った時のドルガス親方の表情が頭に浮かぶ。
その使命は、今まさに俺に託されたのだ。
カァァァァンッ!!カァァァァンッ!!
その時、鉱山の警鐘がけたたましい音を鳴らす。
作業員の集合を急かす合図だ。
「おっと、もう行かなきゃならねぇ」
ルークが遠く後方の空を見上げて言った。
そして、改めてこちらに向き直る。
「短い間だったが、久しぶりに顔を見れて嬉しかったよ。次会う時はゆっくり酒でも飲もう」
そして、少し照れたように、俺から視線反らして続けた。
「――今度は、俺たちの未来の話でもしながら……な」
ルークはそう言うと踵を返し、急いで集合場所である広場に向かって駆けていった。
後に残された俺たち三人に、もはや選択肢はひとつしかない。
古い坑道の入口に向き直ると、暗く先が見えないその穴は、まるでこの先の厳しい試練を暗示しているかのようで、俺をひどく不安にさせた。
でも、俺にはルメン・ライムという光がある。
そして、親方から、鉱山のみんなから託された思いがある。
「――マイキー、チャーミー、行こう」
決意を確認するように、二人とそれぞれ顔を見合せ、俺たち三人は坑道の入口に足を踏み入れた。
◇
鉱山の入口にある広場には、鉱山で働くすべての者が集められていた。
そして、その周りを一人の逃亡も許すまいと、ルメンヴァル治安維持軍がぐるりと囲む。
その広場を一望できる高台に、二人の男が鎮座し、静かにその様子を見守っていた。
「――報告します!鉱山作業員、関係者、全員の集合が完了しました」
治安維持軍の隊員が二人の男の元に駆け寄り、軍隊特有の洗練された歯切れのいい口調で報告する。
「ご苦労。承知した」
報告を受け、男の一人が応える。
男は『ルメンヴァル治安維持軍第二師団長 オグリー』。
直立不動で腕を組み、厳しい顔で広場を監視する。
上背はないが、鍛え上げられた肉体と髭を蓄えた武骨な顔立ちから、静かな迫力を感じさせ、軍服をきっちり着こなす姿から、規律を重んじる姿勢がうかがえる。
「フフッ、相変わらず固いわねぇ。オグリーちゃん」
傍らに立つもう一人の男が不気味な笑みを浮かべる。
この男は『ルメンヴァル治安維持軍第七師団長 レイフィル』。
シャープな顔立ちと切れ長の目をしており、長く伸ばした髪を後頭部辺りでまとめている。
さらに、軍服の上着を花魁のように肩下まではだけさせる独特の着こなしと、粘っこく甘い口調が相まって、男性でありながら妖艶で女性的な雰囲気を漂わせている。
「それにしても、この人手不足の折に二個師団が出動とはどういうことだ?」
オグリーが目を細めて訝しむ。
「どこからか垂れ込みがあったみたいだけど……まぁ、相手が採掘協会だからねぇ。しょうがないんじゃなぁい?」
すると、また別の隊員が二人に駆け寄る。
「――報告します!只今、事務所などを捜索しておりますが、まだ疑わしいモノは出ておりません」
オグリーは静かに目蓋を閉じ、「そうだろうな」と言わんばかりに静かに息を吐く。
「ただ、一つ気になる報告がありまして。馬繋ぎ場にたいそう毛並みのいい馬が二頭、繋がれていたと……」
それを聞いた瞬間、レイフィルの左の眉が動く。
そして、間髪入れずに報告に口を挟んだ。
「はぁ?毛並みのいい馬?あんたねぇ、採掘場にもそのくらいの馬はいるわよ」
「……は!申し訳ありません」
「まぁいいわ。私が直々に確認して差し上げましょう。ここの監視はオグリーちゃんにお願いしてもいいかしら?」
オグリーは一瞬何か考えるような間を置いた後、「わかった」と応えた。
「じゃあ早速、そのお馬さんのとこに案内してちょうだい」
「……は!分かりました」
レイフィルはその隊員に案内され、コツコツと足音を鳴らしながら馬繋ぎ場へと向う。
その一瞬、不気味な表情で上唇をなめ上げた。
「――さぁて、どんな賢いお馬さんかしらねぇ?」
つづく




