第61話 オスカーと鉱山の男たち(五)
次の日の早朝。
アグストリアへの出発を翌日に控えたその日、俺たちヴァイスハルト家護衛騎士団と、ドルガス、ルークをはじめとしたドルガス鉱業の精鋭五十名がある山の絶壁の前に集結していた。
その山にはまだ名前がない。
ただその硬い石質から、その山は太古の昔よりこう呼ばれていた。
『ヘヴィロック』と。
◇
「ヘヴィロックを掘るですって?!親方、それは無茶だ。あそこは硬すぎて採算がとれない」
ドルガス鉱業の幹部の中でも、年配の男が訴えた。
俺とドルガスが盃を交わした直後、早速ドルガス鉱業の幹部が集められた。
そう、俺はドルガスにヘヴィロックを採掘することを進言したのだ。
目的はもちろん、ヘヴィロックに眠る『ルメン・ライム』だ。
ドルガスは当初、俺の進言に難色を示した。
その理由は、ヘヴィロックの硬い石質にあった。
ドリルなどの電動機器ではなく、ツルハシを使い人力で採掘するこの時代の採掘手法では、硬い石質であるヘヴィロックを採掘するのはどうしても採算が合わないのだ。
それゆえ、これまでヘヴィロックの採掘は行われてこなかった。
「あぁ、お前さんの言う通りだ。……だがもし、ヘヴィロックから出てくるのがルメノ・ストーンではなく、さらに上質な鉱石だったらどうだ?」
ドルガスがその幹部に向けて自信に満ちた表情で言う。
採掘するのがルメノ・ストーンでは採算がとれないかもしれない。
しかし、さらに上質で高値で取引できる鉱石であれば、多少人件費がかかっても採掘する価値があるのではないだろうか。
これが俺が思い描いたシナリオだ。
「ルメノ・ストーンより上質な鉱石?!それは確かな情報ですか?」
「あぁ。なんせ『知恵の民』である、ヴァイスハルト家の情報だ。間違いねぇ。……そうだろ!オスカー」
ドルガスがそう言い放つと、参加者全員の視線が俺の元に集まる。
ドルガス鉱業幹部の強い視線を受けながら、俺はふと、ヴァレリアのことを思い出していた。
彼女はヘヴィロック大採掘場で、『二十メートル掘ればルメノ・ストーンにたどり着く』という根拠のない発言を堂々と言い放った。
――そうか、だからヴァレリアは
俺はヴァレリアに背中を押されるような気持ちで彼女に負けないくらい堂々と、そして自信に満ちた笑顔を作る。
「えぇ!間違いありません。みなさん、ヘヴィロックに眠る希望をこの手で呼び起こしましょう!」
――キマった!
俺はこれでもかというドヤ顔で呼び掛けた。
「……うーん」
??……あれ?
呼び掛けに対して気持ちのいい同意が返ってくると期待していた俺だったが、幹部たちの反応はどうも思わしくない。
「……オスカー、盛り上がっているところ申し訳ないが、ヴァイスハルトと鉱山に何の関係があると言うんだ?」
「えっと……それは」
「いくら『知恵の民』とはいえ、これに関しては我々の専門領域だ。しかも本当に採掘するとなるとかなり大がかりな仕事になる。中途半端な情報を鵜呑みにはできないよ」
「あの、しかしですね……」
まずい。
元々、情報源は未来の俺の経験しかない。
『知恵の民』であるヴァイスハルトの情報だともっともらしくドルガスに説明したが、それを証明する術はない。
幹部たちからの追及に対して、どう理由をつけて説得すべきか頭を巡らせていると、思わぬところから声が上がった。
「ヘヴィロックから上質な鉱石……やはり間違いなかったんだ!」
幹部が並ぶ中、そう呟いたのはルークだ。
「……ルーク、何か考えがあるのか?」
ドルガスが静かに問い掛ける。
「実は、ヘヴィロックで気になる拍動が検知されたため、以前から独自に調査を行っていました。ただ、確証がなかったことと、入り口にある妙な鉱石が邪魔をして採掘に踏み切れずにいました」
「妙な鉱石?」
「……えぇ。石灰色をした一枚岩で、一見簡単に砕けそうなんですが、いくらツルハシを打ち付けても傷ひとつつきません」
石灰色の鉱石?!
俺はその鉱石に心当たりがあった。
「ルークさん。もしかして、その鉱石は表面全体に透明な筋が張り巡らさせていませんでしたか?」
俺はその心当たりを確認するようにルークに問い掛ける。
「あぁ!その通りだ。オスカー、この鉱石について何か知っているのか?」
思った通りだ。
俺はこのチャンスを逃さぬように畳み掛けた。
「えぇ。それもヴァイスハルト家に保管された古い文献に記されていました。その鉱石は『レゾナンス・グリッド』。別名、『共鳴の石』とも呼ばれています。鉱石の表面に張り巡らされた筋をつなぐ節を同時に叩けば砕くことができるはずです」
「レゾナンス・グリッド?!」
『ヴァイスハルト家の古い文献』という部分はもちろん口からでまかせだ。
しかし、初めて聞く鉱石の名前とその対処法を聞かされたドルガス鉱業の幹部たちはざわついている。
その様子を見ていたドルガスが、年配の幹部たちに問いかける。
「どうだい、お前ら。ヴァイスハルトの情報も信用できそうだ。それに加えてルークのデータもある。長年手出しできなかったヘヴィロックを、今こそ打ち砕こうじゃねぇか!」
年配の幹部たちは、それぞれの意思を確認するように顔を見合せると、大きくうなずいた。
「よぉし!そうと決まれば早速取りかかるぞ。決行は明日の早朝だ。ルーク、採掘には何人必要だ?」
「オスカーの話だと、レゾナンス・グリッド攻略には節を同時に叩かなければなりません」
そうだ。
以前、レゾナンス・グリッドを打ち砕いた時は、ヒラさんを中心に七人のベテランの神業とも呼べる技術が必要だった。
そんな神業を持つベテラン職人が最低でも七人必要になるだろう。
「節の数はざっと五十箇所。五十名は必要でしょう」
「――五十箇所?!」
俺は思わず吹き出してしまった。
レゾナンス・グリッドの節は七箇所と決まっているのではないのか?!
それに五十名で同時に節を叩くなんて、現実的に可能なのか?!
「分かった。腕自慢どもを集めろ!」
俺の心配をよそに、ドルガスは勢いよく指示を出したのだった。
◇
イチ!ニッ!サン!!
総勢五十名の掛け声とツルハシを鉱石に叩きつける音がヘヴィロックに響き渡る。
それは周りの山々に共鳴し、地を鳴らし、空気を震わせる。
一斉に節を叩かれたレゾナンス・グリッドはなす術もない。
節に受けた衝撃を周りに電波しようと、筋を伝って真紅の光線を発信するが、それが隣の節に届く前に次の一撃が打ち込まれる。
レゾナンス・グリッドには少しずつヒビが刻まれ、全体が崩壊するのにそれほど時間はかからなかった。
すると、レゾナンス・グリッドが崩れたその隙間から、目映い琥珀色の閃光が射し込み、現場が歓声に包まれる。
ドルガスが荒く削り出されたその琥珀色の鉱石を手に取ると、思わず唸る。
「なるほど、これはまさにルメノ・ストーンを超える鉱石だ。ルーク、でかしたぞ!!」
親方からの言葉に、ルークは少しバツが悪そうに笑った。
それを見ていた俺も、無事にルメン・ライムがでてきたことに安堵し、胸を撫で下ろす。
「よぉぉし!アグストリアにはルメノ・ストーンと共にこの新しい鉱石も持っていく。サンプルでいい。急いで研磨してくれ!」
ドルガスが号令をかけると、研磨を専門とするメンバーがすぐさま作業に取りかかる。
レゾナンス・グリッドの急所となる節が五十箇所と聞いたときはどうなることかと思った。
しかしそこは、普段から肉体ひとつで採掘作業を行う作業員たちだ。
皆、洗練された技術と鍛え上げられた肉体を持ち、不可能とも思える仕事をいとも簡単にやってのけた。
これがルメンヴァルの鉱山で働く、誇り高き男たちなのだ。
俺はまた、この場に立ち会えたことを誇らしく思った。
これでアグストリア王との交渉もなんとかなりそうだ。
アグストリアに向けて、出発は明日の早朝。
俺は込み上げる充実感を胸に、交渉に向けて決意を新たにするのだった。
◇
「――団長ッ!!起きてください」
チャーミーの切羽詰まった声が寝ぼけた頭に響き、俺は重い目蓋をやっとの思いで開ける。
……なんだ?!出発の時間はまだのはずだけど。
「大変なことになりました!!ガサ入れです」
つづく




