第60話 オスカーと鉱山の男たち(四)
社長室を訪れた時、辺りはすっかり暗くなっていた。
オスカーとして目覚めて始まった長い1日が、ようやく終ろうとしていた。
ドルガスに促され、部屋の中央にあるソファーに腰掛ける。
そしてテーブルを挟んで向かいのソファーにドルガスも腰掛けた。
「久しぶりの古巣はどうだ?」
こちらの緊張を和らげるように、ドルガスが穏やかに問いかける。
オスカーがここで働いていた時のことなど、俺はもちろん知らない。
しかし、奇しくもここに来たのは二度目であり、俺はここで感じたことを、素直に伝えようと思った。
「えぇ、まぁ……懐かしいですかね」
ドルガスは自ら用意したグラスに酒を注ぎながら、俺の話を聞いている。
「あとは……やっぱりここに来ると熱くなるかな。みんなの姿を誇りに思うと言うか。これがルメンヴァルを支える男たちなんだ!って」
「……ほぅ」
俺の言葉を聞いたドルガスは、少し嬉しそうにグラスの酒をグイッと勢いよく飲み干した。
「オスカー、お前がここを出てから四年だ。この四年で何か心境の変化はあったか?」
オスカーが元々どんな人間かも分からないのに、心境の変化なんて分かるわけがない。
ただ、俺もこの世界で生活するようになって、考えさせられたことがいくつもあった。
ドルガスが何を求めて俺に問い掛けているのかは分からない。
だが、ドルガスが俺に向ける眼差しは、表面のオスカーに対してだけでなく、深く俺の内面に問いかけるような雰囲気を纏っていて、俺はそれに正面から応えなければと思った。
「どうでしょう、『変化』かどうか分かりませんが……『仲間に入れてもらう』ってすごく難しいんだなって、それはすごく実感しました」
俺は自嘲の笑みを浮かべながら言った。
「今まで俺は、環境が変われば、それだけで自分の人生が良くなるんじゃないかって。多分そんな風に考えていたんだと思います。……でも、実際そんな簡単にいくはずもなくて。何度も失敗して、何度も環境を変えました。そして、やっと最近、環境だけじゃなくて、自分自身が変わらなければ何も変わらないって分かったんです」
そう言いながら、俺は転職活動に失敗し続けた過去を振り返っていた。
「自分自身がその環境を受け入れて適応する。そしてそこで人の役に立つ。そうして初めてそこが自分の『居場所』になりました」
転生した最初の村で学んだ、受け入れること、そして価値を提供すること。
これを基盤に目の前の課題に立ち向かうことで、ルメンヴァル公邸、バルカス鉱業で認められ、それが徐々にルメンヴァル全域に広がっている実感がある。
「そして、自分の居場所ができることで、本気でこの居場所を守ろうとしている人たちの気持ちが、少しずつ分かるようになってきた気がして……今は俺も、自分の居場所のために、自分ができることを全力でやろうと思ってます」
十五歳という若さで国を背負おうとしているヴァレリアの力になりたい。
そのために、この知恵の試練を何としてもクリアする。
これは、いつしか俺の心の底からの願いとなっていた。
「だからこそ、親方に聞きたいことがあります」
俺は強い眼差しをドルガスに向ける。
「なぜ、ルメノ・ストーンが底を突きかけているにもかかわらず、アグストリアとの交渉材料として提案したんですか?」
ドルガスは俺の質問に一瞬動きを止めたが、次の瞬間ニヤリと口角を上げるとゆっくり立ち上がる。
そして、後方の棚からグラスをもう一つ取り出すと、俺の目の前に置き酒を注いだ。
トクトクッ、と心地よい音を立てて透き通った琥珀色の液体がグラスを満たす。
傾けられたボトルから放たれたその輝きは、まるで切り出されたばかりの美しい鉱石のようだった。
「まぁ、まずは乾杯しよう」
ドルガスが自分のグラスを掲げる。
俺は、想定外のドルガスの行動に一瞬困惑したが、グラスを掲げるドルガスと目が合うと、ドルガスが何を考えているのかが分かった気がした。
俺もドルガスに倣いグラスを掲げ、軽くグラスを重ね合わせると、二人のグラスはキンッ、という心地よい音を鳴らした。
ドルガスはグラスの酒をグイッと飲み干すと、腕で口元を拭った。
「……ルメンヴァルの歴史は採掘業と共にある。ルメンヴァルはルメノ・ストーンを採掘し他国と取引することによって国を繁栄させてきた。逆に、採掘業に問題が生じた時、国は大金を投じてそれを救ってきた。国と俺たちは、謂わば運命共同体なんだ。俺たちはこの手でルメンヴァルを繁栄させてきた自負があるし、それを誇りに思ってる」
ドルガスは空いたグラスに酒を注ぐ。
そして、それをまたグイッと一気に飲み干した。
「今、ルメンヴァルは建国以来最大の危機を迎えている。この危機から国を救うことは俺たちの使命なんだよ。……たとえ、頼みの綱のルメノ・ストーンが底を突きかけていたとしても、だ」
俺はドルガスのその発言に言葉を返すことができなかった。
それはきっと、ドルガスが国という大きな視点で、責任を全うしようとする姿勢が見えたからだ。
またそれと同時に、ルークとの会話で感じたモヤモヤの正体が分かったような気がした。
ルークのドルガスに対する不満はとてもよく理解できる。
おそらく、元の世界にいた頃の俺だったら、何も疑うことなく同意し、一緒になって愚痴をこぼしていただろう。
しかし、今の俺はあの頃とは少し違う。
国のために責任を全うしようとする人たちと直に関わり、一緒に問題を解決するうちに、その人たちの立場やその立場ゆえに背負う責任の重さを感じた。
そして今、俺も『知恵の試練』という国の一大事に関わっている。
……だからかもしれない。
今はドルガスの気持ちがよく分かるような気がしたのだ。
「ただな、オスカー。ルメノ・ストーンが枯渇しかけているのは事実だ。そしてそれに対して有効な策は未だ見つかっていない……」
すると、ドルガスはこちらに身を乗り出し、改めて真剣な眼差しを向ける。
「そこで、お前さんの知恵を借りたい。鉱山の事情も知っていて、外の世界の知見もあるお前さんなら、何か俺たちにはない考え方があるんじゃねぇかと思ってる。オスカー、お前さんの力を貸してくれ」
「えっ?!」
俺は突然の申し出に困惑しながらも、不思議と胸に熱い思いが込み上げてくるのを感じた。
ドルガスが頼りにしたのは、オスカーだ。
しかし、今この時ドルガスと対峙し、ドルガスと心を通わせたのは、紛れもない俺自身だ。
俺はまた、人から信頼され、頼られることの喜びを噛み締めた。
そして、ドルガスの真剣な眼差しに応えるべく、うなずいた。
「分かりました。一緒にルメンヴァルの危機を乗り越えましょう」
そう言うと、ドルガスは表情をほころばせ、改めてこちらにグラスを向けた。
俺もそれに応えるようにグラスを掲げる。
二つのグラスが接触すると、グラスを通じて心が通いあうような、そんな不思議な感覚を覚えた。
グラスの中の酒を一気に飲み干すと、ドルガスは勢いよく膝を叩く。
「よぉし!時間がない、早速作戦会議といくか」
俺はうなずくと、ニヤリと広角を上げた。
そう、今回俺はドルガスの依頼を闇雲に引き受けたわけではない。
鉱山を訪れた時から、ある可能性が頭に浮かんでいた。
「親方、俺に考えがあります」
つづく




