第59話 オスカーと鉱山の男たち(三)
『ルメノ・ストーンが底を突きかけている』
ルークのその言葉が本当なら、アグストリア王との交渉は成立しない。
社長室での会議が終った後、俺は居ても立ってもいられず、発言の真偽を確認すべく、ルークの元を訪れた。
ルークは作業員たちに忙しく指示を出していたが、俺の顔を見ると呆れたような笑顔を見せ、二人で話す時間を作ってくれた。
「オスカー、久しぶりだな。まさか、また会うことになるとは思わなかった」
「えぇ、あの……ご無沙汰してます」
オスカーがここで働いていた時、ルークとどんな関係だったか分からない。
俺はひとまず無難に挨拶することにした。
俺の発言に、ルークは目を丸くして驚いたかと思うと、吹き出すように豪快に笑った。
「あははっ!!クソ生意気なオスカーがそんな口の聞き方をするなんて、一体どうしちまったんだ?ヴァイスハルト家ってのは礼儀も教えてくれるのか」
皮肉混じりに発せられたその言葉には、不思議とどこか優しさが感じられた。
ルークの年齢はおそらく三十代前半だろう。
だとすると、二十代後半のオスカーからすると先輩にあたる。
きっとここで働いていた頃のオスカーは、ルークに可愛がられていたのだろうと思った。
「まぁ、それなりに大人になりました……。それより、あの、ルークさんがさっき言ってた『ルメノ・ストーンが底をつきかけている』っていうのは本当なんですか?」
久しぶりの再開に積もる話もあるだろうが、俺にその話ができるはずもない。
少し不躾になってしまうが、俺はルークの元に来た目的を果たすことにした。
「そうか、お前がいた頃はまだ問題になっていたかったか……。あぁ、言った通りだよ。ここ数年でルメノ・ストーンの採掘量はぱったり減っちまってな。俺たちドルガス鉱業幹部は必死で打開策を模索しているが、未だに有効な策は見つかっていない」
「そんな……。じゃあ、親方は当てのないルメノ・ストーンを交渉材料にしようとしてるってことですか?」
「フッ……、そういうことだ」
ルークは半ば諦めたように笑う。
「どうせ国のお偉いさん方にいい顔をしたかったんだろう。それで問題はこっちに押し付けられたんじゃたまったもんじゃないよ」
「……まさかそんな」
信じられないといった表情の俺をよそに、ルークの口からは溜まっていたドルガスの愚痴が堰を切ったように溢れだす。
「そもそも親方はいつもそうだ!重要なことを相談も無しに勝手に決めて、俺たち幹部に無理難題を押し付ける!しかも、俺たちの意見なんか一切聞いちゃくれない。お前だって、そんな親方を見限ったから出ていったんだろ?あの頃から親方は何も変わっちゃいないよ」
親方を見限った?
オスカーはドルガスに反発して鉱山を出ていったのか。
「あの時はお前のことを『なんて馬鹿なことをする奴だ』と思ったけど、今考えれば早い段階で見切りをつけたお前の判断は正しかったかもな」
そう言いながら、ルークは少し寂しそうに笑った。
そして、改めて俺の顔を覗き込む。
「……やっぱりお前少し変わったな。昔は夜な夜な一緒に酒を飲みながら親方の愚痴を言い合ったのに」
そう言った時、遠くでルークを呼ぶ声がした。
「ルークさん!例の奇妙な鉱石のことなんですが……」
「おぅ!今行く。オスカー、すまない。また後でゆっくり話そう」
そう言うと、ルークは呼びかけられた声の方に足早に駆けていった。
ルメノ・ストーンが底を突きかけているという話は、やはり本当のようだ。
そして、ドルガスはそれを知りながら、自らアグストリア王との交渉材料にと進言した。
これは、一体どういうことだろう。
いずれにしても、直接ドルガスに話を聞くしかなさそうだ。
そんなことを考えながら、それと同時に、俺は不思議な感覚を抱いていた。
『トップダウンで部下の意見を聞かない』そんなドルガスのリーダー像に、ルークが愚痴を言いたくなるのはよく分かる。
実際、さっきの会議でのドルガスからルークに対する言いようには目に余るものがあった。
……でもなぜだろう。
今俺は、ただやみくもにドルガスを批判する気にはなれなかった。
そんな、どこかモヤモヤした気持ちを抱えながら、俺はヴァイスハルト家護衛騎士団に用意された待機所に一度戻ることにした。
◇
待機所に戻ると、聞き慣れた野太い声が俺を迎えてくれた。
「――団長、お帰りなさい」
声の主は、ヴァイスハルトの屋敷で目覚めた時に俺を迎えに来てくれた男だ。
坊主頭でこわもて、身長が高く体格がいい、まさに不動明王のような男。
初めて会った時にはその迫力と威圧感に圧倒されたが、ヴァイスハルト家護衛騎士団として一緒に任務を遂行する仲間としてはこれほど頼もしい者はいない。
さらに、この見た目に反して『チャーミー』という愛称で呼ばれているこの男に、なんだか親近感が湧いていた。
待機所にいたのはチャーミー一人で、もう一人の団員の姿はない。
俺が待機所を見渡していると、その様子を見たチャーミーが行き先を教えてくれた。
「マイキーは外出しています。情報収集してくると……」
団長が何も指示していないのに、自主的に動いてくれるなんて、何とできた部下だろう。
それから程なくして、『マイキー』と呼ばれる団員が待機所に戻ってきた。
「たっだいまー!……って団長!お戻りでしたか!」
マイキーは赤毛と八重歯が特徴的な小柄の男だ。
彼の武器は弓矢で、茜色に輝く弓を肌身離さず携行している。
落ち着いた雰囲気のチャーミーに対して、マイキーからはとても陽気な印象を受ける。
「お……おかえり、マイキー。情報収集してくれていたんだって?」
「……えぇ。勝手に動くのもどうかとは思ったんですが、何せ時間がないようですので」
「いや!助かるよ。早速共有してくれ」
マイキーは、はにかんだように笑うと、集めた情報を共有してくれた。
俺がルークから聞いた通り、ルメノ・ストーンの採掘量は年々減少しており、新たな採掘ポイントが見つからなければ近いうちに底を突くだろうことは、ドルガス鉱業内では共通認識だった。
新たなポイントの最有力候補として、北西にある山が挙がっているが、そもそも石質が硬いこと、さらに入り口となるポイントに奇妙な鉱石があり、調査が難航しているとのことだった。
――北西にある山……か。
なお、二日後の朝までに用意しなければならないルメノ・ストーンは、ルークの的確な指示と夜を徹した作業で、なんとか間に合わせる目途が立っているようだった。
「団長、ある幹部の話ではアグストリア王は鉱山事情に精通している人物だそうで、もしかしたら、ルメノ・ストーン枯渇の情報は既に耳に入っているかもしれないと」
「……えっ?!それじゃルメノ・ストーンを持って行ったところで交渉は成立しないじゃないか」
マイキーは眉間にしわを寄せ、重々しくうなずいた。
このことをドルガスは知っているのだろうか。
とにかく、一刻も早くドルガスと話をしなければならない。
その時、誰かが待機所のドアをノックする音が聞こえた。
――コンッ、コンッ
「オスカー、いるか?親方がお呼びだ」
つづく




