第58話 オスカーと鉱山の男たち(二)
ドルガスが指示を出してからほどなくして、鉱山入り口の広場にドルガス鉱業の作業員たちが集結した。
広場は採掘作業さながらの熱気に溢れ、体感でもこの場所の温度が上がったように感じる。
そんな熱気を正面から浴びるように、集結した作業員たちの前にドルガスとドルガス鉱業の幹部数名が並んでいた。
俺たちヴァイスハルト家護衛騎士団三名は、その後方に控え、その様子を見守る。
幹部の一人がドルガスの元に駆け寄り、集会の準備ができたことを報告する。
するとドルガスは、周囲より一段高い場所に上がった。
そして広場を見渡すと大きく息を吸い込み、集まった作業員たちに向けて力強く呼び掛けた。
「採掘作業ご苦労!お前らのおかげで厳しい状況の中でも利益が出せている。この場を借りて礼を言う」
ドルガスの言葉に呼応するように、集まった作業員たちからは歓声が上がる。
「お前らも知っての通り、この国は今大変な状況にある。人が戦場に駆り出され、物資は制限されている……このままいくと、俺たちの仕事に影響がでる日もそう遠くはないだろう」
その言葉に、広場全体に緊張感が走るのを感じた。
おそらく、ここに集まる全員が戦争の足音を身近に感じているのだろう。
「俺は今朝、国の重要人物が集まる会議に行ってきた。そこではこれから国がどうなるか、この戦争をどう終らせるかが話し合われた。……その結果、ルメノ・ストーンを交渉材料に、アグストリアと停戦協議をすることになった。お前ら、よく聞け!俺たちが毎日汗水流して掘っているルメノ・ストーンが、この国を救うんだ!!」
おぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
ドルガスの発言の瞬間、集まった作業員たちは雄叫びをあげ、それは地鳴りのように広場全体に鳴り響く。
何という凄まじいエネルギーだろうか。
俺は作業員たちの熱気を直に感じ、ヘヴィロック大採掘場でルメン・ライムを掘り当てた時の記憶がよみがえった。
これ程の熱気、これ程の熱量。
これこそがルメンヴァルの鉱山で生きる男たちである。
しかし、その時不意に聞こえた言葉に、俺の浮き足だった気持ちは、強引に現実に引き戻された。
「そんな……無茶だ」
それはドルガスと共に作業員たちの前に並ぶ、ドルガス鉱業の幹部の一人が発したものだった。
よく見ると、ドルガスの言葉に歓声を上げる作業員たちとは対照的に、幹部たちの顔は血の気が引いたように青ざめ、みな困惑の表情を浮かべていた。
◇
「親方っ!どういうつもりですか?」
ドルガス鉱業の幹部の一人が、勢いよくドルガスに詰め寄る。
広場での集会が終わり、ドルガスとドルガス鉱業の幹部たち、そして俺が扮するオスカーはドルガス鉱業の社長室に集まっていた。
「ルーク……どういうつもりも何も、話した通りだ。ドルガス鉱業で採掘したルメノ・ストーンを交渉材料にアグストリアと停戦協定を結ぶ」
「交渉材料って……具体的にどうするおつもりですか?」
「ルメノ・ストーンのアグストリアへの優先輸出権と大幅な価格優遇だ。この条件ならアグストリアも文句言わねぇだろうって見立てだ」
「……」
ドルガスの発言に、ルークという幹部は言葉を失う。
ルークは他の幹部よりもずば抜けて若い。
歳はおそらく三十代前半で体格がよく、広場に集まっていた作業員たちに負けず劣らずのエネルギーを感じる。
しかし今、ドルガスと対峙した彼の表情は凍りついたように青ざめ、その瞳の奥には怒りの色がかすかに揺れている。
「……親方、今ドルガス鉱業がどんな状況かお分かりですよね?ルメノ・ストーンはもう底を突きかけているんだ。交渉材料になんてなり得ない!」
ルークは瞳の奥の怒りを必死で押し殺すように、硬く握った拳を振るわせ、ドルガスに訴える。
それを聞いていたドルガスは大きく息を吐くと、上目遣いで鋭い視線をルークに向ける。
「これはもう決まったことだ。今さらお前がどうこう言う話じゃない。それに、何か問題があるなら……ルーク。それをどうするか考えるのがお前の仕事だろ。違うか?」
ドルガスのその言葉に、ルークの表情はみるみる怒りに染まっていく。
そしてその怒りを隠すことなく、ドルガスを睨み付けた。
ドルガスはそれを意に介さず、さらに捲し立てた。
「アグストリアへの出発は二日後の早朝だ!それまでにアグストリア王に上納するルメノ・ストーンを用意してくれ」
「二日後の早朝?!そんな無茶だ!三日……いや、四日はいただかなければ用意できません!」
「国の一大事だ。なんとかしろ」
ルークは目を見開き、一瞬何かを言いかけたが、諦めたように天を仰いだ。
「……分かりました」
ルークは踵をかえし出口に向かうと、やり場のない怒りをぶつけるように、勢いよくドアを閉め、社長室を後にした。
ルークが退出した社長室には、彼が残した怒りの熱と、深い沈黙が重く横たわっていた。
つづく




