第55話 亀裂
「無条件での戦争終結?何を寝ぼけたことを言うてはるんや」
ふんぞり返っていたナンドが、ゆっくりと体を起こし、クリスを睨み付ける。
「こちらから仕掛けた戦争や。当然賠償金は必要やろ。それも相手さんが納得するだけの莫大な額や」
ナンドの視線が鋭くクリスを射ぬく。
先ほどまで嫌味を言っていた口調からガラリと雰囲気が変わり、その目には本気でクリスを問いただすような色が宿っていた。
しかし、睨まれたクリスは怯むどころかナンドに余裕の笑みを返す。
「えぇ、ナンド様のおっしゃる通りです。無条件での戦争終結は不可能でしょう。ですから、ナンド様にご協力いただきたいのです。『ルメンヴァル経済界のドン』であらせられる、ナンド様に」
ナンドは上目遣いでクリスを見据えたまま、ニヤリと口角を上げた。
「小僧、この俺にカマかけおったな。腐ってもサリバンの男というわけや。……せやけど、そう都合よくはいかんよ」
そう言うと、ナンドはテーブルに手をつき、ゆっくりその場に立ち上がった。
「クーデターには賛同する。このまま戦争が長引けばルメンヴァル経済もしまいやからな……」
「では!――」
間髪いれずにクリスがその先の言葉を促す。
「賛同することと金を出すことはまた別の話や。そもそもヴァイスハルトのお嬢ちゃんにこの国の命運を託して本当に大丈夫なんか?そこのお嬢ちゃんしかおらんというのは理解しとるよ。せやけどな、国を治める力のない者が王になっても、その国に未来はあるんか?」
「それは……」
これまで余裕の表情だったクリスが言葉を詰まらせる。
それと同時に、クーデターを首謀するために集まったこの同盟関係に亀裂が入る音が聞こえた。
少しの沈黙の後、ナンドが妙案でも思いついたように両手を胸の前で合わせた。
「ほんならこうしましょ。アグストリア王の件はヴァイスハルトのお嬢ちゃん、サリバン、ドルガスはんで何とかする。それができたら、お嬢ちゃんが王の資格ありと認めまひょう」
「なんだと?!」
ナンドの提案にいち早く反応したのはドルガスだ。
「てめぇ、そんなことを言って、ただ金を出したくねぇだけじゃねぇか!」
ドルガスは大きな拳でテーブルを叩く。
しかし、ナンドはそんなことなど全く意に介さない。
「心外やなぁ、うちは何も間違ったことは言うてないと思うんやけど……そう言うなら、ドルガスはんもこちら側で一緒にアグストリア王との交渉成功を見守りまひょう。そうや、それがええ」
ドルガスは、これでもかと殺意のこもった視線でナンドを睨み付けた。
「この、クソ野郎……」
ナンドはドルガスからの視線を皮肉混じりの笑顔でかわすと、椅子を丁寧にテーブルに収めた。
「他にご意見はないようですさかい、これにて失礼させていただきます。フィルベールはん、行きまひょ」
そう言うと、ナンドは部屋の出口に向かって歩き出す。
俺はルシアン・ヴァン・フィルベールが何か反論してくれることを期待したが、その期待は全く無意味だった。
ルシアンはリヴェラに対して一礼すると、静かに立ち上がり、ナンドに付き従うように部屋の出口に向かう。
――その時、勢いよく椅子を引く音が部屋に響いた。
「ナンド様!」
部屋の中央に鎮座していたリヴェラが立ち上がり、静かに、しかし力強い口調でナンドを呼び止めた。
ナンドは、その予想外の行動に驚いたように振り返る。
「分かりました。アグストリア王との交渉の件はお任せください。交渉成功の暁には改めてお声がけさせていただきますわ」
ヴァレリア扮するリヴェラは、ナンドに対して微笑むと、覚悟を決めたように前を向いた。
「……ほぅ、それは楽しみや」
そう言うと、ナンドとルシアンは颯爽と部屋を後にしたのだった。
つづく




