第56話 ルメノ・ストーン
「だぁぁぁぁぁっ!あのクソ野郎がいなくなって清々したぜ」
ドルガスが雄叫びを上げると、部屋に漂っていた緊張が一気に弛んだ。
ナンドとルシアンという心強い協力者が去り、みな意気消沈しているかと思ったが、俺の心配は全くの杞憂だった。
むしろ二人がいなくなったことで、部屋の雰囲気は一気に和やかになったようにすら感じる。
そんな中、不意にドルガスから声をかけられた。
「オスカー、さっきはすまなかったな。でもお前さんもお前さんだ。こんな高度に政治的な場で『親方』なんて気の抜けた呼び方しやがって」
驚いたことに、ナンドとルシアンが退室した途端、ドルガスの俺への態度は一変した。
その親し気な態度に、俺は一気に拍子抜けしてしまった。
先ほどまで俺に向けられていた敵意は建前で、実はオスカーとドルガスはとても親しい間柄なのかもしれない。
俺はどう返答したものか迷ったが、無難に「申し訳ない」とだけ応えた。
すると、ドルガスは急に遠くを見つめるような目で俺に語りかけた。
「まぁ……なんだ、久しぶりにお前さんに『親方』なんて呼ばれると、いろいろ思い出しちまうな……」
過去、オスカーとドルガスの間に何があったのかは分からない。
しかし、俺が『親方』と慕うバルカスと見た目が似ていることもあり、ドルガスは信用できる人物なのではないかと直感的に思った。
そんなやり取りをしていると、クリスが立ち上がり、この場をまとめるように参加者全員に呼びかけた。
「ナンド様とルシアン様が退席されたのは残念ですが、まずは私たちでアグストリア王との交渉に向けて作戦を立てましょう」
「そうね……だけど賠償金の件、何か他に方法はあるのかしら」
リヴェラが考え込むように腕を組み、クリスに問いかけた。
先ほどは「お任せください」などと自信満々の表情でナンドに言い放っていたが、何か具体的に考えがあるわけではなさそうだ。
ヘヴィロック大採掘場での『二十メートル』発言といい、ヴァレリアの度胸には驚きを超えて感心させられる。
すると、そのやり取りを聞いていたドルガスが、大きなため息をついた。
「……しょうがねぇなぁ、どうせ俺に期待してるんだろ」
半ば諦めたように言い放たれたその言葉に、クリスがニヤリと口角を上げた。
「ドルガス殿、申し訳ありません。資金のあてがない以上、モノに頼るしか方法はありません。ルメンヴァル採掘協会で管理する『ルメノ・ストーン』の優先輸出権および大幅な価格優遇。これならアグストリア王との交渉もうまく行くでしょう」
クリスのその発言に、リヴェラが大きくうなずいた。
「なるほど。戦火からの復興には大量の建築資材がいる。そこでルメンヴァルが誇る建築石材、『ルメノ・ストーン』を安く優先的に手に入れられるとなれば、アグストリア王にとって悪い話でないはずね」
ルメノ・ストーン?初めて聞く名前だ。
400年前はこの『ルメノ・ストーン』が主要な建築石材だったのか。
「でもな、リヴェラさん。価格優遇した分は国から補助をもらえねぇと困るぜ。この案件は採掘協会だけで何とかできるレベルの問題じゃねぇからな」
「もちろんですわ。クーデターが無事成功したら……という話にはなりますが。この件については、国と採掘協会が一丸となって対応しましょう」
ドルガスはその言葉に納得したように、腕を組んで大きくうなずいた。
「では、早急に行動を起こしましょう。こうしている間にも、最前線では多くの犠牲が出ています。事態は一刻を争うのです」
クリスが言うと、場の空気が引き締まる。
「ここからはふた手に別れて行動しましょう。まず、リヴェラ様は私が率いるサリバン家騎士団と共に先にアグストリアへ向かいます。ドルガス殿は手付けとしてアグストリア王に上納するルメノ・ストーンをご用意いただいた後、アグストリアへ向かってください。後程、アグストリアで合流しましょう」
リヴェラとドルガスがうなずく。
試練開始からここまでは成り行きに任せるかたちで進んでいるが、俺に何かアイデアがあるわけもない。
ヴァレリアも同意しているし、ここはクリスの作戦に従って様子をみるしかなさそうだ。
「よし、俺は早速鉱山に戻ってルメノ・ストーンの準備に取りかかるとするか」
ドルガスがゆっくりと立ち上がる。
「ドルガス殿、貴殿の護衛には我がサリバン家騎士団の半分を向かわせましょう」
アグストリアに向かうということは、即ち危険と隣り合わせの戦場に飛び込んでいくということだ。
それがどれほどのことか、まだ想像もできない。
俺もヴァイスハルト家護衛騎士団として、その危険な場所に赴くのかと考えると、思わず足がすくむ。
なんせ「この世界で命を落とした場合、それは現実の死となる」らしいからな……
でも、今回はサリバン家騎士団が一緒のようだし、それは心の底からありがたい。
そんなことを考えていた俺だったが、リヴェラの唐突な発言に、目論見が完全に外れることになる。
「――クリス、それには及ばないわ」
「……へ?」
その突然の発言に虚をつかれた俺は、瞬間的にリヴェラの方に向き直る。
「ドルガス様の護衛は、我がヴァイスハルト家護衛騎士団が務めます」
「……えぇぇぇぇぇぇ!!」
俺は一瞬リヴェラが、いやヴァレリアが何を言っているのか分からなかった。
だってオスカーは俺で、俺は戦いの経験が全くない。
正直、サリバン家騎士団がいなければ無事にアグストリアにたどり着けるか非常に怪しい。
だが俺の不安とは裏腹に、リヴェラの提案を聞いたドルガスはとても嬉しそうに顔をほころばせた。
「そうかい!そうかい!リヴェラさん、助かるぜ。ヴァイスハルト家護衛騎士団がついてりゃ俺も心強い」
その反応から、誇張や建前などではなく、ドルガスが本気でそう思っていることが伝わってくる。
「オスカー、よろしくね!」
俺の不安を知ってか知らずか、リヴェラは俺に向かって笑顔で念を押すのだった。
――ちょ、ちょっと待ってくれよ
思わぬ話の展開に戸惑い、咄嗟に発言の撤回を求めようとした俺だったが、リヴェラの瞳を見て思わずハッと目が覚める思いがした。
リヴェラの……いや、ヴァレリアのその瞳の奥には、何かとても重要な使命を俺に託すような、そんな意志が宿っていたのだ。
つづく




