第52話 革命の聖女(四)
ヴァイスハルト家の応接室。
そこにリヴェラ、グレア、オスカー、そしてサリバン家からの使者、クリス・ヴァン・サリバンが相対していた。
「クリス、久しぶりね」
「リヴェラ様もお元気そうで何よりです」
クリスはサラリとした金髪をなびかせる。
ルメンヴァルでも軍事を担当するサリバン家は、当主オルレアンを筆頭に屈強揃いだが、このクリスだけは少し違っていた。
小柄で細身のクリスは、兄弟と並ぶとまるで『醜いアヒルの子』だ。
おまけに体が弱く、それゆえ今回の侵攻でも戦地には赴かず、サリバン家に残り、家を守る役割を命じられていた。
サリバン家とヴァイスハルト家はルメンヴァル王国の貴族として古くから親交があり、リヴェラも幼い頃から度々サリバン家の屋敷に赴く機会があった。
屈強で自信に満ちた表情を見せるサリバン家の男たちを見ると、リヴェラは気後れしてしまい、積極的に関わろうなどとはとても思えなかった。
そんな中、小柄で柔和なクリスにリヴェラは親しみを感じ、かわいい弟のように思っていたのだ。
年下のクリスと関わりを持つようになってから、気が重かったサリバン家への訪問が楽しみになるほどであった。
そんなクリスの突然の来訪に、久しぶりの再会を嬉しく思う気持ちと、不安な気持ちがリヴェラの中で交錯していた。
「クリス様、『勅令を絶対に受け入れてはいけない』とはどういうことでしょうか」
グレアが急かすように問う。
すると、クリスは懐から一通の封書を取り出した。
封書はクリスの整った服装とは似つかわしくないほどに汚れており、それが激戦の戦地から届いたものであることが窺えた。
「昨日、戦地で指揮をとる父、オルレアンから一通の封書が届きました」
クリスはそう言うとその封書をリヴェラに渡した。
リヴェラは受け取った封書を恐る恐る開く。
すると、そこに書かれていたのは目を覆いたくなるような戦地の状況と、そして――
『リヴェラ・ヴァイスハルト様を担ぎ上げ、クーデターを起こすしか、ルメンヴァルに残された道はない』
という記述だった。
「リヴェラ様、これが父、オルレアンの下した結論です。この戦いを終わらせるためには、これしか方法がないのです」
クリスの表情には鬼気迫るものがあった。
「クーデターだなんて……穏やかじゃないわね」
リヴェラが呟く。
「えぇ……こちらから仕掛けた戦いを終わらせるためには、もはやザルドレッド王が謝罪するだけでは足りません。新たな指導者がザルドレッドに代わってルメンヴァル王となる。そして、ザルドレッド王政の終わりを高らかに宣言する。そうでなければ連合軍は納得しないでしょう」
「……それは理解できるわ。でも、なぜ私なの?ルメンヴァルには他にも貴族がいるし、こんな何もできない若い娘を担ぎ上げたってみんな納得しないわよ」
「いいえ、リヴェラ様でなければなりません」
クリスはリヴェラの問いかけを真っ向から否定した。
「新たな王には二つの資格が必要です。まず一つは、ルメンヴァル市民たちを納得させられる血すじであること。そしてもう一つは、今回の侵攻に一切関わっていないことです。それを満たすのは、ルメンヴァル中でヴァイスハルト家しかありません」
『勅令を絶対に受け入れてはいけない』その意味がやっと分かった。
いくら王が新しくなっても、今回の侵攻に加担している者では連合軍が納得してくれない。
クーデターを経て王になる者は今回の侵攻に対して潔白でなければならないのだ。
もし、ヴァイスハルト家護衛騎士団が戦地に赴いてしまったら、ヴァイスハルト家が侵攻に加担したと見なされてしまう。
それはどうしても避けなければならない。
ルメンヴァル王国の有力貴族は、例外なく政府の要職に就いている。
政府の要職に就かず、政治から一線を引いているのは、唯一、ヴァイスハルト家のみであった。
――そう、ヴァイスハルト家はこの作戦において、唯一無二の希望なのだ。
「……」
リヴェラはうつむき、唇を噛み締める。
クーデターの首謀者となることを受け入れるしか、ルメンヴァルを救う道は残されていない。
でも、なぜ『今』なのか。
なぜ、たまたま私が当主である今この時に、ザルドレッド王が泥沼の戦争を行い、その尻拭いをしなければならないのか。
リヴェラは自分の運命を呪うしかなかった。
……カタッ……カタカタッ
気がつくと、膝の上に組んだ両手が小刻みに震え、その振動でテーブルが音を立てていた。
――怖いッ
この震える両手にルメンヴァルの未来がかかっている。
そう思うと、どうしようもなく怖くて、今にもどこかに逃げ出したくなる。
そのとき不意に、震える両手に暖かな温もりを感じた。
リヴェラの両手を優しく包み込んでくれたのは、幼馴染みの見慣れた大きな手だった。
「なっ……!?オスカー……」
右隣に座るオスカーは、優しく頼もしい表情でリヴェラを見る。
「リヴェラ、大丈夫だ。お前だけに辛い思いはさせない」
するとまた、左肩にも温もりを感じる。
振り返ると、グレアが慈愛に満ちた表情でうなずいた。
「お嬢様、グレアはどこまでもお嬢様に付いて行きます」
「グレア……」
それを微笑ましく見ていたクリスも、身を乗り出してリヴェラに進言する。
「もちろんサリバン家も、全面的にご支援いたします。リヴェラ様、この国をどうかお救いください」
クリスはそう言うと、深々と頭を下げた。
「……」
――お母様、市民たちはなぜ私たちのことを『知恵の民』と呼ぶの?
ふと、幼い頃の記憶が蘇る。
「リヴェラのおばちゃんのおばちゃんの、もっともっと昔のおばあちゃんがね、知恵を使ってたくさんの人たちを助けたからよ」
「……ふぅん」
「リヴェラ、あなたもそのおばあちゃんの遠い遠い孫なんだから、きっと多くの人々を助ける知恵を授かっているはずよ。その時が来たら、一生懸命考えて、人々の力になりなさい」
幼い頃、お母様に言われた言葉。
――きっと今が、『その時』なのね。
リヴェラはオスカーとグレアの手を握り返す。
そして、前を向く。
「分かったわ、クリス。その役目、お受けします」
その言葉を聞いたクリスは一瞬表情が明るくなった。
しかし、決意を新たにしたようにすぐに顔が引き締まる。
「リヴェラ様、ありがとうございます!」
リヴェラは静かにうなずく。
『泣き虫ヘタレ』の私に国を動かせるかどうかは分からない。
失敗すればきっとただでは済まない。
でも……私はひとりじゃない。
きっとなんとかなる。
「グレア、信頼できる諸侯に声をかけて。明日の早朝、作戦会議を開きます」
つづく




